Initiative

 

 夢にまで見た、そしてその度に独り寝の褥を汚した裸身だった。鎖骨に纏わりつく金糸はしっとりと濡れて美しい。そのまま視線を下ろしていけば、存在を主張するのは二つの丘陵。盛り上がった柔肉を水滴が伝わって降りて、薄桃の乳輪に引っかかった。

 

「セオドア?」

 

「あ、そのっ、なんでもないんですカインさん! 僕っ、」

 

寝台にしどけなく横たわった想い人が今、眼前に全てを晒しているというのに。彼女に近づくことすら躊躇われて、セオドアはバスローブの前をしっかりと押さえた。腿を伝う温みが気持ち悪くて無意識に膝を擦り合わせる。頭が熱くてくらくらした。

 

「……私ならまずは顔を拭くな」

 

「え? あ……!」

 

吹き出されたのも無理はない。咄嗟に顔にやった手にはべっとりと赤いものがついて、セオドアをますます焦らせた。慌てて袖口に拭っても、情欲の証はなかなか止まってくれない。寝台を降りたカインにゆっくりと歩み寄られ、いたたまれなくてセオドアは俯いた。情けなくて涙さえ零れそうになる。

 

「……セオドア」

 

それなのに降ってきたのはどこまでも優しい呼びかけで、おずおずと顔を上げたところにそのまま唇が落とされる。絡め合う舌が錆び臭い唾液を交換する。これほど深い口づけは初めてだった。

 

「ひゃっ!」

 

不意に冷たい手が内股に触れて、思わずセオドアはか細い声を上げた。そのことに恥じ入る間もなく掲げられたのはカインの左手だ。白濁が絡み付いた指が彼女の口内に迎え入れられてセオドアの精を舐る様は、この上もなくいやらしかった。

 

「カイン、さん……」

 

「ん……お前の味がする……」

 

 その一言が、最後の藁だった。褥までの数歩を惜しんで床に押し倒されたというのにカインは笑う。見上げたセオドアが確かに雄の貌をしていたから。

 

「っ……ん、」

 

 二度目の口づけはセオドアからだった。歯列を舐め上げられ舌を強く吸われると、身体の奥を疼かせる多幸感がカインの全身に染み渡っていく。応えるように腕を回せば、セオドアの右手がそろりと降りた。重力に逆らい乳房を持ち上げては揺すり、柔らかく揉みしだく。痛みはない。興奮に張り詰めた乳腺を宥めるように愛撫されると心地よさに溜息が零れた。口内に響いた確かな吐息にセオドアは気づいたのだろうか。

 

「っあ……んむぅ……!」

 

 穏やかな手つきに身体が慣れ、徐々に焦れ始めた頃だった。もどかしさに膨れた乳輪ごと乳首を捻り上げられて、駆け抜けた快感にカインは仰け反った。悦楽の声を漏らした恥ずかしさを自覚するよりも早く、だらしなく緩んだ唇には再び口枷がはめられる。いつしか飲み下すことを忘れられた唾液が零れ、毛足の長い絨毯を濡らしていた。

 

「ん、うぅ……んっ、」

 

 しこり切った先端が震えている。キスの最中に息をするには、そもそも長すぎるそれを終わらせるにはどうしたらよかっただろう。必死に考えても思考は空転して、結局は享受させられている快楽に意識が浚われる。口づけの角度が変わるたび酸素を取り込もうと試みるのに、その都度乳首が捻られる快感にカインは悶えさせられ、気づいたときにはもうセオドアの舌がのたくりこんで思うがままに振る舞っている。尖り切った先端の僅かな窪みを指先で抉られると、どうしようもない心地よさに視界がぼやけて滲んでいった。

 

 やがて激感に頭をくらくらさせているのも、恥知らずにも股間を濡らし内股を擦り合わせているのもカインになっていた。

 

「……カインさん」

 

「っは……なん、だ……?」

 

 それから更にもう片方の胸も全く同じように弄くり回されて。執拗さにいよいよ涙が零れそうになってようやくカインは一旦解放された。一発この色ボケ童貞の頭を小突いて叱り飛ばしてやりたいのに、負けを認めるようで躊躇われる。涙目で睨み上げても、素知らぬ顔でセオドアは笑った。そうしてとんでもないことをカインに尋ねる。

 

「もしかして、おしっこ我慢してます?」

 

「……は?」

 

 あまりの問いかけに一瞬思考が停止した。まじまじと見返したセオドアの視線をつい追ってしまって、今度こそカインは泣きたくなった。耐え難い肉欲に腿を閉じ合わせ腰を揺する様は、確かに小用を堪える仕草そのものだ。おまけに股間の翳りは溢れた愛液でじっとりと濡れている。羞恥を隠そうとしてかいきなり怒り出したカインを真っ直ぐにセオドアは見下ろした。

 

「ああ、違うんですか。じゃあ……このまま続けていいですね」

 

「あひィっ! や、やめっ、セオドアっ……!」

 

 散々嬲られた胸の頂きに、今度は唇が落とされた。ちろちろ根元を辿られて、勃ち上がった場所に歯を立てられる。身体を狂わせる甘い感覚から逃れたくてカインはセオドアの肩を強く押した。

 

「いやっ、なんで……ひッ!?」

 

 渾身の力で行われたはずの抵抗はあっさりセオドアの右手に抑え付けられて終わった。仕置きとばかりにしこる乳首を噛み締められ、もう片方にも思い切り爪を立てられる。僅かにでも痛みを感じられたのは一瞬だった。きゅうう、と侵略者を待ち焦がれる膣が引き絞られて、背中が勝手に弓なりになる。

 

「い、やぁっ……! も、イクうぅッ!」

 

 淫らな宣言。それはカインが行為の主導権を失ったことを意味していた。

 

「あ、はぁっ……あ、」

 

 久方ぶりの絶頂は狂おしいほどに甘美で、カインは知らず至福の吐息を漏らす。呆然と天井を見上げていたのをセオドアのキスで正気づかされた。僅かな痛みと共に首筋に、鎖骨に、胸元に所有の赤が刻まれていく。耳元に囁かれる声は低く、情欲の火を灯していた。

 

「……挿れますよ」

 

「はっ……女の穴など知らんだろうに、いッ!」

 

 こんな年下の子どもにいいように啼かされたのが悔しくて精一杯の悪態をつく。眼下で息を切らし余裕のないカインを見て、吐息だけでセオドアは笑った。剣技に明け暮れる傷だらけの指が、あっさりと濡れそぼる膣穴を探り当てる。

 

「ひぁっ!」

 

「わからない、なんて……そんな訳ないじゃないですか」

 

 愛液を垂れ流してヒクつく場所を、まだ幼さの残る指が遠慮なく掻き回していく。

 

「あっあ、やぁ……ナカっ、やめ、」

 

「こんなに濡れて、ぐちゃぐちゃにして……僕を欲しがってるくせに……!」

 

「んぁッ、あ! ひィっ!」

 

 思い切り突き立てられたセオドアの指先が媚肉を掻き乱す。自分の意思に依らないモノが内壁を捏ねる快感に我を忘れてカインは善がっていた。それは、涙が零れそうなほどに懐かしい感覚だった。

 

 もっと欲しい。セオドア自身でカインの全てを埋めてほしい。

 

 過去を過去にするために。

 

 薄っすらとかかる水の膜越しでも、淡い紫の瞳は美しかった。媚びる言葉の代わりにカインは幾度も頷いた。唇に触れるだけのキスを捧げたセオドアが、若い剛直をゆっくりといやらしい鞘に収める。

 

「あぁ、んッ……あ」

 

「っく、う……」

 

 待ちわびた硬さに蕩けた肉がむしゃぶりついてくる。悦びの声を漏らすカインから目を逸らして、セオドアは低く呻いた。結合が齎す初めての快楽は目を剥きそうなほどすさまじく、素晴らしく、歯を食い縛ってでもいなければ直ぐにでも弾けてしまいそうだった。全身に力をいれてやり過ごそうとするセオドアに、だがそれとは知らずカインが擦り寄った。白い背中に手を回し、深く息を吐く胸に柔らかい乳房を押し当てる。

 

「は、ひッ! カインさんっ……!!」

 

 火照った肌が甘ったれて吸い付く。愛おしげに頬に唇を押し当てられてはもう、若い体に我慢など効かなかった。腰が砕けそうな身体には意志や意地の力は及ばず、熱い精がびゅるびゅる迸って膣内を散々に叩いた。快感故にというよりは予想外のことに対する驚きとか反射とかそう言った諸々故にカインがひゅっと息を飲んだのが聞こえて、セオドアはいっそ死にたくなる。射精時の悦びが過ぎ去れば、勢いが去ったセオドア自身がカインの中で所在無げに縮こまっていた。

 

「あ、あー……」

 

 例えば呆れられたり、笑われたりするならまだよかった。この際詰られたっていい。先ほどまでの媚態はどこへやら、気の毒げに視線をうろつかせ言葉を探すカインに、セオドアは最早半泣きで声を張り上げていた。

 

「だって! カインさんの中が気持ちよすぎるのが悪いんじゃないですか!!」

 

「は?」

 

 一瞬話が読めなくてカインが呆けるのも気にせずに叫び続ける。

 

「ナカ、すごく熱くてとろとろでっ……僕に喰らい付いて、ぎゅうって締め付けて……! 必死に我慢してるのにそんなに柔らかいおっぱい擦り付けられたら我慢できるわけないじゃないですか!!」

 

 カインさんがいけないんでしょう!と涙目で言い募るセオドアを呆然と見上げていたのは一瞬で、白痴極まる告白を聞かされたカインは衝動的に目の前の少年に頭突きをかましていた。舌を噛んで悶える姿にも羞恥から来る怒りが募る。今度はカインが喚き立てる番だった。

 

「黙れこの痴れ者ッ! よくもそんな恥知らずなことが、言っ、え……」

 

 耳まで赤く染めてカインが腹の底から怒鳴る度、セオドアを受け入れた場所がきゅうきゅう締まって萎えた肉棒を揉み込んだ。立腹しているとは言え気迫というものがおよそ感じられないカインの姿と、精を放って敏感になったものに絶えず与えられる愛撫。

 

 劣情に再び頭を擡げていく雄を身体の中で感じて、カインは言葉をなくしてしまった。セオドアを一睨みした後、熱っぽく潤んだ瞳が伏せられる。

 

「えっと……その……好きです、カインさん」

 

「……何を今更」

 

 唇を寄せてセオドアが耳元で囁けば、拗ねたようにカインが答えた。その特別な大人げのなさが、セオドアは嬉しくて愛おしい。汗の伝った鼻梁に口付ける。

 

「続き、してもいいですか……?」

 

 威丈高な返答の代わりに、もう一度背中に腕が回された。最奥まで捻じ込んで腰を揺らせば、汗ばんだ首筋にカインの鼻声が媚を売る。唇で優しく声を吸い上げ、セオドアはゆっくりと抽送を始めた。絡みつく肉がうねって熱い。肩胛骨に触れたカインの指先がどこか怯えたようにそこを掻いた。思いがけずお預けを食らっていた身体が恐ろしいほどに疼いていた。

 

「んっ、むぅ……んうぅっ!」

 

 唇はセオドアのそれに覆われて、ぽってりと潤む膣は剛直で押し塞がれる。行き場をなくして荒れ狂う激情が涙腺を打ち壊したかのように、涙ばかりがカインの頬を伝っていった。徐々に遠慮を忘れていく指先が傷ひとつない背に爪痕を刻む。

 

「んっ……!」

 

 唾液に濡れた顎から細い首、形のいい鎖骨へと滑り降りていった左手に乳首を抓られて、駆け抜けた快感にカインは仰け反った。そのまま背中に回されたセオドアの腕が尻を撫で、そうして情けなく震える腿を持ち上げる。解放された唇からは切羽詰まった喘ぎが垂れ流されて部屋に響いた。

 

「や、ああぁっ! あぁ、んッ……んひぃッ……!」

 

 身体を半分浮かせたまま、内壁を抉られる感覚に背中がざわつく。力の抜けた右脚を肩に担がれて、どれほどはしたない格好で穿たれているかカインにはもう想像もつかなかった。下半身がどろどろに溶けてセオドアと混ざり合っている気さえしてくる。乱れ切った呼吸はどうやっても整いそうにない。

 

「あんッ、あっ! い、や……くるっ……!」

 

「カインさんっ……!」

 

「やぁっ、ダメ……だ……! く、るぅ……くる、っも、」

 

 熱情が背筋を駆け上る。激しすぎるそれに頭の中まで掻き乱されてカインはめちゃくちゃに身を捩った。絨毯に頬を擦り付ければ、泣き濡れた場所に毛足が纏わり付く。濡れそぼる下生えが絡み合うほどに、セオドアが腰を押し当てた。

 

「ふぁ、んッ……!」

 

「ひぁっ、あひッ、ひゃああああッ……!!」

 

 脈打つ雄が最奥まで潜り込んで果てる。深い交接の悦びに咽び啼くカインの痩身を、セオドアは強く抱き寄せた。碧落の気高さを持つ瞳が緩やかに瞬いて雫を降らす。

 

 そっと目尻にキスをして。赤く染まったそこに舌を這わせていく。首を竦めたカインが穏やかに微笑んで、纏う空気がたまらなく柔らかいものなった。息も整い切らないというのに、慈母の優しさでセオドアを抱き髪を撫ぜる。

 

 その仕草の一つ一つ、僅かな吐息さえもが、「愛している」と告げていた。

 

 

 

 

 

 

 

「セオドア?」

 

「は、い……カインさん……」

 

 目も眩む幸福に酔いしれながら、年上の恋人を抱き直す。腕の中の彼女は随分と冷んやりしていて起伏がなくて……奇妙なさらさらとした手触りに目を閉じたままセオドアは眉を顰めた。肢体を撫で回しているところにもう一度、訝しげな声が降ってくる。

 

「……おい、セオドア?」

 

「はひっ……!?」

 

 真上から耳腔を擽る聞き慣れた声に、今度こそセオドアは飛び起きた。寝台の片隅で寝ていたらしい身体が弾みで床に叩きつけられる。しっかりと枕を抱いたまま顔を身を起こせば、呆れ顔の上官が見下ろしていた。

 

「だから先に入れと言ったんだ……寝こけるほど疲れているくせに意地を張ってどうする」

 

 毛先から水滴を落とす美しい金糸が目の前で乱雑に掻き上げられる。適当にそれを梳り始めた想い人を、セオドアは愕然と見上げた。少しずつ記憶が蘇ってくる。

 

 任務に赴いた先で、思いがけず悪天候に見舞われたこと。急遽宿を取ったはいいが、警護の関係でカインとまさかの相部屋になってしまったこと。爆発しそうな心臓をなんとか宥めカインに湯浴みの順を譲ったこと。漏れ聞こえる水音に居た堪れなくなってベッドに潜り込み毛布を被ったこと。

 

「ああ……あ、」

 

 つまりは、夢だった。何もかも。茫然自失のセオドアの気も知らず、へたり込む彼を一瞥もせず、何も知らず鏡台に向かうカインの言葉が突き刺さる。

 

「疲れているんだろう? さっさと身体を清めて休め」

 

 どこまでもつれない声に、それでもセオドアはどうにか立ち上がった。入り口横の浴室までよろよろ歩き出す。戸口に手をかけたところで、呼び止めるカインの声がした。

 

「忘れ物だ」

 

「う、わっ……!」

 

 ふわりと視界を覆う白。

 

 受け取ったのはあのバスローブだった。

 

 

 

初出:2013/11/18(旧サイト)