Night Lessons!

 

 手間暇をかけて想いを伝え、信じてもらうまでに半年。受け入れてもらうまでに更に一年。ようやく口説き落とした年上の恋人を夜の私室に――同性だからか或いは年下だからか? その意味は量りかねていたようだけれど――誘い、何とかおびき寄せて寝台に腰掛けさせたら、最後の理性はあっさりと打ち毀された。

 

「カインさん……?」 その瞬間、セオドア殿下は迂闊にも酷く困惑した。上質なシーツの上に押し倒した身体は細やかに震え、見下ろした男は気の毒なほどうろたえている。毅然とした青い光はどこかへと飛び去り、おろおろと彷徨う視線はセオドアを直視しかねて行ったり来たり忙しない。

 

「あの……もしかして、こういうのは……はじめて、ですか?」

 

 びくりと跳ね上がった身体。白磁の面に見る間に朱が走り、それからややあって躊躇いがちの頷き。乳白色の海に広がった蜜の波が眩しくて、セオドアは目を眇めて微笑した。青年へと成長しつつある肉体も面差しも、まだまだ少年の日の面影を大きく残している。あどけない笑顔に緊張が解けてカインもようやくうっすらと微笑んだ……のだけれど。

 

――大丈夫です。僕、優しくしますからっ!

 

 ちょっとばかりズレたセオドアの答えに抗議する間もなく、あっさりと唇を奪われた。

 

 

 

***

 

 

 

 女体に全く興味がなかったのかと問われればそうではない。正気を失わせこの身を引き裂かれるほどに一人の女性に焦がれた若き日々を思えば、そのようなことは決して言えない。

 

 けれど己を兄と慕う想い人を力づくで奪える由もなく、かといって他の女を掻き抱き劣情を晴らすことはどうしてもできず。今ようやく手に入れた穏やかな安寧の中で生涯誰とも肌を合わせずに生きていくのだと、そんな人生も悪くはないと心の底から思い始めていたのに。「ふ、うっ……! んむぅ、」 荒々しくカインの舌を絡め取るのはその彼女と親友の息子で、まだ少年の域すら出切らない騎士見習いで、それなのにその手管に絆されそうで……怯えた痩身が無意識に捩られた。

 

 小さな身体を弾き飛ばそうとしては舌先に上顎を舐られ、寝台から逃れようとしては奥歯から歯列を舐め上げられる。ぞくぞくと背筋を這い上る感覚に、抵抗の気概を少しずつ剥ぎ取られていく。薄い肩を押し返そうとした傷だらけの掌がおずおずとそこに縋りつき、震える指が媚びるように着衣に皺を寄せる。一際強く舌を吸い上げられてから解放されてカインは小さく喘いだ。拙い呼吸を繰り返す濡れた唇が懸命に酸素を貪る。

 

「……カインさん」 セオドアの顔が寄せられて、頬から眦を舐め上げる。「ごめんなさい、泣かせちゃって……」

 

 こめかみに軽いキスを落とされくすぐったさに肩を竦めた。口づけられて涙を零して、それをこうやって啜られる。恥ずかしいのに、愛されているという確かな実感が温かくて心地よくてカインは拒む理由を失くしてしまった。自分から求めるように目を閉じると二度目のキス。

 

「う、っふ……」 遠慮がちに舌を伸ばすとセオドアのそれが擦り寄る。下に横たわるカインの側に唾液が流れ込むのは必然だから、慣れぬ口づけの合間に飲み下すのに必死になる。自分に覆いかぶさるセオドアは殆ど息一つ乱していないようなのに、また呼吸が荒くなっていった。んくっ、ん、と喉が鳴る音がどこか人ごとのように聞こえる。「ん……んむぅっ……!」

 

 カインさん……と熱っぽい囁きが聞こえた気がしたけれど、気のせいかもしれない。いつの間に腰紐を解かれたかもわからないのにセオドアの右手は下着の中に潜り込んでいてそれどころではなかった。強張ったカインの身体を気に掛けることもなく、肉刺だらけの少年の手が頭を擡げ始めたものをやんわりと握り込んだ。「あ、っひ……!」 身悶えするカインの抵抗をセオドアは許さない。

 

 くちくち小さな水音が耳に届く。零れた蜜をとば口に塗りたくられて柔らかい皮を引き下ろされる。先端を直接捏ね繰り回されるとがくりと腰から力が抜け、そのくせ鮮烈な快感に引き攣れた。強靭な筋肉に守られた脚が、無為にシーツを蹴り乱す。手淫――それだって昔からほとんどしなかった――とは違い、敏感な場所を遠慮なく扱き立てられてどこか焦燥感にも似た感覚に全身が追い立てられた。

 

「や、やめっ……あ、あぁっ……!」

 

「こうやって、誰かに気持ち良くしてもらうのも初めてですよね……?」

 

 肯定も否定もできなかった。それどころか、菫色の瞳が悦楽に啼くカインの惨状を具に観察しているのに、涙を止めることも喘ぎを堪えることもできない。濡れた掌が張りつめた双球を宥めるように摩り、そこからつつ、と肉茎を這い上っていく。爪を丁寧に削られた指先で熱い先走りを垂れ流す場所を穿られて、頭を振ってカインは叫んだ。

 

「い、やだっ……! あ、ああぁーッ!」

 

 背筋を震わす感覚に勝手に身体が仰け反った。久しい逐情の快感と、酷い倦怠感。どろりと白濁に塗れた下穿きが気持ち悪い。居た堪れなくて顔を逸らしたカインの頬、その涙の跡をセオドアの舌がまた辿った。……かわいい。つい漏らしてしまった感のある呟きにカインが思わず向き直ると、ぽってりと腫れた唇同士を軽く合わされた。直ぐに離されたセオドアの唇が平然と言葉を紡いだ。

 

「今度から、イクって教えてくださいね」

 

「い、く……?」 首を傾げる仕草が存外あどけなくて、セオドアは目を細めた。

 

「精液が出るとき、そう言うんですよ」

 

 それが普通ですから。その優しい微笑に何か釈然としないものを感じながらも、この少年よりも経験不足であると思われるカインには何も言えなかった。奇妙な沈黙。その隙を見逃さず、セオドアは萎えたものを再び掴んだ。「っあ……!」 射精後の敏感な場所を再び捏ねられて立て続けに快楽を流し込まれる。初めての経験だ――どうしても身体が疼いて自身を慰める夜にも、一度熱を吐き出した後はもうそこを弄ったりはしなかったから。身体を駆け巡る感覚から先程以上の激感を予測し、カインは怯えて身を捩らせた。

 

「ひぁっ…… やっ、め……!」 精液をたっぷり纏わせた掌で先端を包まれて擦られる。溢れる先走りも加わったせいで、硬い皮膚ではなく何か得体のしれないものに愛撫されている錯覚に陥ってカインは震えた。摺り上がって逃げるには力を奪われ過ぎていた。

 

「ほら、やめろじゃなくて……?」 あどけないボーイソプラノはもうない。変声期の真っ最中にある掠れた声に耳殻を擽られていやいやと首を振った。聞き分けのない子供のような仕草に思わずセオドアは吹き出して、泣き顔のカインに睨まれてまた笑う。羞恥と怒りに理知的な光を取り戻した瞳が、再びの愛撫で直ぐに蕩ける。「ね、カインさん……?」 セオドアが耳朶を甘く食めばそれだけで身が竦む。

 

 誰が言うか、とばかりに唇を噛み締めて目を伏せたカインにどうにも欲が煽られてセオドアも意地になる。じたばたと弱々しくもがく身体を抑え込んで、勃ち上がったものに唇を寄せていく。熱い吐息に亀頭を撫でられたカインが目を見開いて抵抗しかけたけれど、もう遅かった。

 

 唾液をたっぷりと含んだ口内に、勃起を飲み込まれる。「いっ……やああぁッ!」 裏筋を舌でぐにぐにと押され、切っ先は上顎を刮ぐように押し付けさせられる。引きはがそうとした手が白銀の髪を徒に掻き回して緩い癖っ毛を更に乱した。剥き出しの場所を磨り潰さんと吸い上げられて、知らず指に力が籠る。いひゃいです……ともごもご呟いたセオドアの声にすら追い詰められて下腹が引き攣れ苦しい。濡れそぼった双球を柔く解される淫靡な心地よさに懇願が漏れそうで、カインは咄嗟に傍らの枕を噛み締めていた。

 

「ん、むっ……!」

 

有らん限りの力で歯を立てると、食い込んだ犬歯が布地を引き裂く。女性の悲鳴を形容するに相応しい甲高い断末魔の叫びに反射的にセオドアが顔を上げたとき、エナメル質が意図せずとば口を引っ掻いて、堪えていたものが一息に瓦壊した。

 

「ッ……んんぅーっ!!」

 

 二度目の吐精が齎した快感も凄まじくて、いやらしい声を殺せたのは奇跡に近かった。カバーが裂けてしまった枕に顔を埋めて、カインはとにかく呼吸を整えることに必死になる。努めて深く息を吸って、ゆっくりと吐いて……ようやく少し息が楽になり薄い膜を張っていた視界が晴れて、今更のように愕然とした。「あっ、な……な、」

 

「だから、イクときは教えて下さいって言ったのに」 呆れたように笑ったセオドアが顔面にぶちまけられた精液を掬った指を舐るのに、涙が零れるのも厭わずカインは瞬きを繰り返した。言葉を忘れた唇がはくはくと慄くのを、セオドアは心底面白そうに眺めていた。「じゃあもう一回。やり直しですね」

 

「やあっ、も、むり……だっ……!」 三度目の逐情を強いられて、今度こそカインは悲鳴を上げた。どうしたって逃げられやしないのだから、無我夢中で王子殿下の慈悲を乞う。「おねがっ、ひ、あっ……あぁっ!」

 

「“達成するまで挑戦する”んです。“絶対にできないことは初めからやらせない”、そうでしょう、カインさん?」

 

 自身の――それも清廉な鎧に身を包んでの演習中の言葉をこれ見よがしに引用したセオドアが肉茎を舐め下ろし双球に口づけた。淫猥に色付いた唇が片割れを口中に引き込んで唾液をたっぷりと塗り付ける。交互に強く吸われては外の空気に冷やされ、ぐちょぐちょと擦り合わされた場所が酷く疼いてカインの身を灼いた。「あ、っあ……!」

 

 口を噤む余裕さえ完全に失くしたカインをまじまじと観察したセオドアだが、どうあっても言われた言葉を口にする気はないと知って苦笑した。落胆にではない――そんなこと頼まれたってできない。「あんまり虐めたくはないんですけど……」 頑なな恋人をこれから堕とすことを考えると、全身が滾って歯止めが利かなくなりそうで、そんな自分に思わず呆れる。

 

 怒張の根元から蜜の源泉に向けて舌を這わせる。辿りついた場所、先走りを垂れ流す小さな孔を拡げるかのように、そこに舌を押し当てた。尖らせた舌先でとば口をぐりぐり抉る。「ヒッ……あぁあっ! あー……っ!」 びくんと跳ね上がりかけた身体を右手で抑え込み、左手で双球の下――いずれセオドアを受け入れてもらう場所との間――の柔らかい筋肉を思い切り内側に押し込んだ。「え、えっ……なん、でぇ……!?」 解放の望みを果たせないと悟ったカインが荒れ狂う熱を恐れて半狂乱になって喚く。汗と淫気を吸った金糸が、誰にも見られることなく煌めいた。

 

「ほらカインさん、言えるでしょう……?」 皮膚の厚い指の腹で、双球をたぷたぷと揺すり上げる。「言わないとこのままですよ、ね……?」

 

 駄目押しのように裏筋に甘く、じゃれつく様に歯を立てられて、遂にカインの喉から哀願が迸った。

 

「イクっ、イクぅ……も、イカせてえぇええッ! ……あぁあああーっ!!」

 

 セオドアの望み通りの淫らな宣言をさせられて。無理矢理耐えさせられた吐精を果たした直後には、カインの意識は完全に落ちていた。

 

 

 

***

 

 

 

「カインさん……」

 

 四肢を投げ出して眠るカインはどうしようもなく煽情的で、一度も吐き出していない欲が体内で燃え盛っている。流石にこれ以上はかわいそうだから叩き起こして相手をさせるような真似はしないけれど。サイドボードの上の懐紙を水差しの水で湿らせ、眦から頬、口元にかけてそうっと拭いていく。べたべたのズボンと下穿きを脱がせて濡れた下肢も拭ってやると、カインが何事か呟いた。

 

「セ、オ……」 初めて聞くような甘い声で名を呼ばれた挙句、ふにゃりと幸せそうに微笑んで枕に顔を擦り寄せたりするのだから堪らない。

 

「ちょ、と……あ、たま……冷やして、こよ、う」

 

 ぎこちなく寝台を離れ頭と下半身で存在を主張するものに冷や水を浴びせんと湯殿に向かう中で、セオドアは埒もないことを考えていた。

 

――いまどき、いるんだ……あんな初心なひと。

 

――父さんも伯父さんも。みんな手を出さなかったってことだから……。

 

――父さんはともかく、もしかして、伯父さんって。

 

――不能、なのかな。

 

 当人が月に眠っているのをいいことに好き放題下世話な想像を繰り広げているセオドアだが、明朝から部隊長による地獄のシゴキが待っていることは予想だにできず夜明けを迎えようとしていた。

 

 

 

初出:2013/04/27(旧サイト)