愛が呼ぶほうへ

 

 フースーヤは激怒した。必ず、かの絶倫と傾国のふたりを除かねば(断じて“覗かねば”ではない)ならぬと決意した。フースーヤには青き星がわからぬ。フースーヤは、月の民である。銀河を眺め、星々の安寧を祈りながら暮らして来た。けれども淫らな気配には人一倍敏感であった。きょう未明彼らふたりは故郷を捨て、山越え星をも越え、何万里も離れた此の月の宮殿にやってきた。

 

 

 

***

 

 

 

「いやだっ……こんなところで……!」

 

 限界まで顰めた、けれど明確な拒絶と怒りを孕んだ声がひんやりとした床に落ちる。黒甲冑を捨て柔らかいローブに身を包まれた背後の男と違い、カインはいまだ竜騎士の武装で自らを縛めていた。己を抱きすくめた魔道士の腕を押し返すべく奮闘している。

 

「ならぬ……今、ここで。お前を抱きたいのだ」

 

 青き星を一望できる大広間。月から見る故郷は、あちらから仰ぐこの地よりもずっと大きくカインたちを見下ろしている。こんな開かれた場所、誰もが眠りについているとは言えいつ人が来るかもわからない――それだけではない、月を去りゆく親友たちをここから見送ったばかりだというのに。

 

 カインが暴れる理由が解るから、ゴルべーザも意固地になった。

 

 帰りたかったのではないのか。静かな声で問われた一瞬、抵抗が止む。その隙を掻い潜るようにして、厚ぼったい舌が無防備な首筋を舐め上げた。

 

「っひ! な、にを……!?」

 

「あのような目で追い縋っておいて……白々しい……」

 

 疑念と嫉妬と、それから焦り。冷酷さを保とうとした声に隠されたものを一つ一つ暴けるほどにはカインは元主君について知っていて、求められる幸福と優越感にうっかり絆されそうになる。

 

 だがそれとこれとは話が別だ。頭を振って執拗な舌を振り払うと、今一度逞しい腕を引きはがそうとして――顎を掬い上げられた。無理やり振り向かせられた唇に、濃厚なキスが捧げられる。

 

「んっ……! う、むぅ……ん……」

 

 先の戦闘で傷だらけの装備もそのまま、竜を模した兜すら落とすことなく、蕩けるような快楽を受け取ったカインの身体が細やかに震えた。どうしようもない背徳的な喜びに。せめて湯浴みを、そう求めようとする言葉さえ舌を吸われては口にできるわけもないではないか。口の端から零れた熱い唾液に首筋を摩られて、意地も抵抗も溶けていく。

 

 ようやく唇を解放されたときには、ただ背後の身体に全身を預けるばかりだった。強靭な筋肉に守られた脚さえ萎え、自重を支える役には立たない。つい、と顔を逸らしたゴルべーザが脱力した左腕に手を伸ばすのを、カインはただぼんやり眺めた。

 

「え……あ、ん……!」

 

 長槍を振るっては敵を屠る手が先程あっさりと矜持を打ち崩した口内に引き寄せられて、初めて困惑の声が小さく上がる。掌を優しく揉みしだかれ爪と皮膚の隙間に舌を少しばかり押し入れられ、寒気にも似た快感が立ち上ってくる。ちゅうちゅうと健気に指先を吸われ、引き込まれたそこを上顎と舌で磨り潰されてやっと、カインはゴルべーザがやっていることに気付いた。

 

「こっの、やろ……っ!」

 

 だるい右腕を持ち上げて癖のある銀糸を引っ張る。自身の左肩の上に落ち着いた利き手が、奇妙なほど淫媚に見えた。閨での口淫の真似事。武具を操る商売道具をこんな風に愛されては堪らない。振り解きたいけれど、見た目の通りの力はカインもよく知っていた。跡が残りそうなほどに掴まれた手首は僅かにも動いてはくれなかった。

 

「いや、っだ……あ、」

 

 くるりと裏返された手の、今度は甲をしゃぶられる。指の股に舌を挿し入れられては血管を辿るように舌先にからかわれる。大きな傷跡の上、皮膚の薄いところを下からぞろりと舐め上げられて、遂に脚から力が抜けた。

 

「っや、ああッ!?」

 

「どうしたのだカインよ。はしたないぞ」

 

 人を白々しいと詰った舌の根も乾かぬうちに――左手を一旦解放したゴルべーザの言葉に、カインは眦を吊り上げた。片頬の頬笑みもそのままにゴルべーザが右膝を軽く揺すっている。そこに浅く腰かけてしまった身体に、焦れったい心地よさが伝わるように。

 

「やあッ、やめろっ! いや……だ……!」

 

 飛竜騎乗と跳躍のため竜騎士たちは一種独特の鎧を身につける。決して関節の動きを妨げぬよう細かく分解できる装備は、特に脚と腰回りにその特徴が見られるものだ。薄い守りの下の昂りを咎められ、カインはただ悶えるしかない。頭を擡げた場所に直接の刺激は届かないのに、微弱な快感は余すところなく流し込まれ続けた。

 

「は、ふ……ふぁ、あぁっ」

 

 抵抗もままならぬと悟った右手で声を殺したくても、それすらゴルべーザは許してくれない。一足先に雷撃や火炎を意のままにする指先に口内を占拠されて舌を摘まみ上げられた。愛槍を携えれば直ぐにでも戦地に赴ける姿のまま、掌と舌先への愛撫だけで溶かされていく。か弱く捩られる身体から騎士の勇壮は消え失せて、片割れの月光の、その怜悧なひかりの下でも赤らんだ頬が見て取れた。

 

 どこにも逃がせないのに、ささやかな快感をとろとろと注がれていく。もどかしい。けれどそれが気持ちいい。

 

「カイン……」

 

 だから、呆れた笑い混じりの声に首筋を擽られるまで本気で気がつかなかった。無理やり咥えさせられた筈の口枷に、媚びるように奉仕していたことに。快楽にか恥辱にか――不思議といまや怒りは湧かなかった――かぁっと視界が赤くなって、兜を被っているのすら難儀になる。思わず払い落そうと上がりかけた右腕が、躊躇いに空を彷徨った。

 

 これを手放してしまったら、もう。どこにも戻れなくなる気がして。

 

――馬鹿馬鹿しい。自分の甘えた考えを鼻で笑って、カインは厳めしい兜を放り捨てた。がらんがらがらん……。響き渡る騒音にも竦むことなく、緩められた拘束を振り解いてゴルべーザに向き直る。エーテルの海を越える術など既にない、よしんばあったとして罪人に安住の故国が在るものか。

 

 倒れこむ前に逞しい体躯に縋って、自ら唇に縛めを乞うて。舌を絡ませては流し込まれた唾液を嚥下していく腕の中の青年を見て、ゴルべーザはうっそりと笑った。

 

「それでいい……カイン。此処こそが、お前が囚われるべき檻なのだ」

 

 はい、ゴルべーザ様、と。どうしたって脳裏を過ぎってしまう恭順な言葉は口にしなかった。代わりに一層胸板に擦り寄って、ローブの上から心の臓に歯を立てる。カインもまた、この男にとっての枷たらんとして。

 

 三度目の口づけ。ゴルべーザの手が肢体を這い回っては装備を落としていくのを助けるようにカインは身をくねらせる。籠手や脛当てを除き防具が失われ、アンダースーツを力強い腕に裂かれていっても抵抗一つ見せはしない。身体を支える右腕から燃え立つ情欲が伝わってきて、左手に敏感な場所を探り当てられては心地よさに身悶えした。

 

「っは……あ、う、」

 

 銀糸が数瞬ふたりを繋いで、それから音もなく切れた。ビロードのローブに媚びた昂りが色濃い布地を慎みもなく湿らせる。窘めるように先端を穿られて、カインは悦楽に啜り泣いた。先走りはすでに双球を越え、奥の窄まりさえ湿らせて脚を伝っている。

 

――欲しい。まだ淑やかに閉ざされた場所に、今すぐ熱い楔を打ち込んでほしい。とても口にできない淫猥で低俗な願いを嘲笑うように、ゴルべーザの左手は再び痩身を愛し始めた。抱き寄せる右腕は力強く僅かな抗議もままならない。

 

「も……もうっ!」

 

「なぜそうも急く。ここには“永遠”があるというのに」

 

「ふぁっ、そ……れ、いや……!」

 

 脇腹を掠めて上る不埒な手に尖り切った乳首を摘まみ上げられて、そのまま捻り潰される。すべらかな魔道士の指先を押し返す粒はこの数カ月で卑猥に膨れ上がった。夜毎にこの男に愛されたせいで。仰け反ろうとする背中を抑えつける腕に遠慮はない。乳輪ごと凝った場所を解されると、喘ぎを堪える唇がはくはくと戦慄く。

 

「……っふ、」

 

 根元に爪を立てられたまま引き上げられると、痛みすら快感に変換されていく。カインにはへたり込むことなど許さないというのに、ゴルべーザは磨き上げられた床に跪いて。しつこく弄り回されるとそれだけで弾けてしまえるほど磨かれた場所に吸い付いた。唇に伝わるのは鼓動の激しさだ。

 

「あぁっ! あ、くぅ、っく……」

 

 辛うじてカインは逐情を抑え込み、淫らにくねる腰を御さんと奮闘した。いじましい懸命さで柔らかさの欠片もない場所を揉んでは吸うゴルべーザを、壊れ物のようにそっと抱き寄せた。はしたない苦悶と同時に浮かぶのは慈母の頬笑み。武人の指が月の色をした髪を穏やかに掻き乱す。見上げた紫紺の瞳と一瞬だけ視線が絡んで、恥じらう様に蒼穹は閉ざされた。

 

「も……いく……!」

 

 掠れた呟きとともに柳眉が顰められ、火照る頬に涙が流れる。その声に答えるように、ゴルべーザは頂を強く噛み締めた。寂しげにうち震える右側も、指の腹で強く捏ね繰りまわす。

 

「いっ、あ……あぁああっ……!!」

 

 吐き出されたものの大半がローブに吸われ、それでも白濁が僅かに床に散った。ぱたた……と力ない音が、荒い息を吐くカインの耳にも届く。重力に引かれるままに腰を下ろすことを許されて、ゴルべーザの肩に額を預けた。汗の滲む熱い額に宵闇に冷えた布地が心地よい。

 

 ひやりとした床に横たえられ、滴りに濡れそぼった絞りにようやく指が伸ばされた。そこへの刺激が恋しい。敏感な入口をからかいながら潜り込めば、中は既に熱くうねっていた。節くれ立った一本で内側を拡げる。反射的に快楽の激しさを拒絶する唇とは裏腹に、肉壁はゴルべーザを歓待した。

 

「いやっ……だ……!」

 

「生娘でもあるまいし一々拒んでみせずともよい……久方ぶりの快楽だろう?」

 

 だからこそ恐ろしいのだ。命を捨てる覚悟で挑んだ最後の戦い、そこに至るまでの過酷な道半ばでさえ、不浄の窄まりの疼きに眠れぬ幾夜があった。狂おしく求めていた快感は、同時にカインの身体を裂く刃だった。

 

 二本目が体内に滑り込んだときには、慎みなく怒張は再度いきり勃っていた。ぬくみと興奮を受け取った床がうっすらと曇り始めている。カインを正気づかせる冷たさはもうない。

 

「あ、っひ……ああぁっ! え、な……?」

 

「だからそう急くなと言うのに」

 

 苦笑したゴルべーザに指先を引き上げられて、カインは悲しげに瞬いた。追い縋る内壁には頓着せず、蜜に塗れた二本が双球をやんわりと宥める。張り詰めたそこでは、滾る子種が渦巻いている。

 

「さ、わるなっ……!」

 

 焦燥が全身を駆け抜けて叫びとなった。気にも留めずゴルべーザはカインの金糸に手を伸ばす。少し緩んだ結紐を取り上げられると、陽光の色をした滝が広がって眩い。何をされるかわかった訳ではない、ただ、予感めいた怖気にカインは必死で身を起こした。震える腕の力だけで少しでも後ずさろうと試みる。ささやかな反抗を咎めるように、先走りを垂れ流すものを質に取られる。ひ、と引き攣れた声が上がるのも黙殺しゴルべーザは長い縒り紐でカインの絶頂を戒めてしまった。

 

「いっ……あぁッ!? や、いや……外せええぇっ!」

 

 ぐしょ濡れの亀頭だけを縊り上げるように。厳しく絡み付いたそれに、見えない弓弦に引かれた痩身が激しく反っては暴れた。わななく指が勃起に伸ばされるのを、ゴルべーザは別段引き留めもしなかった。哀切極まる啜り泣きと共に器用さを思い出せない指がとば口を彷徨う。それがただの自慰に変わるのにそう時間はかからなかった。裏筋を柔く摘まみ上げる手癖に、珍しいものを見た菫色の目が眇められる。

 

「お前が手淫に耽る様もなかなか興味深いのだが」

 

「や、だ……!」

 

 しみじみと呟いて肉棒から愛撫を取り上げ、いやいやと頑是なく首を振るカインの手首を捕え後ろ手に一括りにした。腰帯を失ったローブが肌蹴て厚い胸板が露わになる。霞がかった思考からは慎みという概念は飛び去ってしまったらしい。熱に蕩けた青玉が食い入るように精悍な肉体を見つめた。重みのある布地が床に滑り落とされ、知らず喉が鳴る。

 

「とは言え私も、そろそろお前を貪ってもよいだろう……?」

 

「あっ……」

 

 床面に額ずくように俯かされて、ひくつく尻穴に剛直を宛がわれる。遂に暴かれる……暴いてもらえる悦びに痛いほど胸が高鳴った。灼熱の肉楔がじわじわと体内を焼き尽くしていく。

 

「は、ひぃ……いっ、」

 

 下生えが張った尻に当たる。ちくりと肌に触れるむず痒さなど気にもならなかった。直腸の疼きのほうが余程堪えて、カインはもどかしげに腰を揺すった。締まりの悪い懐中瓶のように、括られた勃起からぽたぽたと先走りが零れている。内部の収縮と併せて、縺れた舌よりも余程雄弁だった。

 

 下腹と腰を支えたゴルべーザが律動を始めた。敏感な入口をエラが抉り、最奥を先端が抉じ開ける。暴力的とさえ言える責めに、カインは声すら出せず目を見張るしかない。引き絞られた内壁が愛おしい昂りにむしゃぶりつく。呼吸の仕方すらわからなくなった身体が、膨れた乳輪ごと頂きを縒り上げられてやっと、忘れた言葉を思い出した。

 

「いっ、やああぁッ! や、やめっ、だめ、だ……!」

 

 この期に及んで拒絶の言葉。余程この青年は本心を隠すのが好きらしい。改めて思い知らされた事実には流石のゴルべーザも笑ってしまった。魔道士の――傷もなく、繊細で柔らかい皮膚をした――指で背骨の上を辿っていくと、カインはじりじりと身を捩らせた。その背中に、逞しい胸を合わせる。深く穿ったまま顎を掴むと、泣き濡れた目が戸惑いに瞬きを繰り返した。

 

「お前は言葉に絶対の信頼を置きすぎる」

 

「ふぁっ! え……えっ……?」

 

 落ち着いた低音を耳孔に直接吹き込まれるだけで、鋭敏になりすぎた感覚が悲鳴を上げているのがわかる。咄嗟に否定の形に振られかけた頭を、ゴルべーザはしっかりと押さえつけていた。――見ろ。囁きの意味を辛うじて解し、カインはぼやけた視界の先に目を凝らした。

 

「え、あ……ちがっ、ちがぁ、うぅッ……!」

 

「ほら……また。しらばくれるな」

 

 純度の低い、言わばクリスタルの成り損ないで造られた宮殿の床面に、過ぎた快感に喘ぐ面がはっきりと映り込んでいた。情けない、淫らな泣き顔。最早引き結ぶことも出来ない唇からは唾液すら零れ落ち、赤い舌先が覗いていた。せめてこの肉欲に支配された瞳だけは何とか取り繕いたいのに、奥を捏ねるように腰を揺すられてはそれもままならない。

 

「あっ、ん……あぁ……」

 

「心ない拒絶ほど愛らしいものもないが、いい加減素直な求めも聞いてみたいものだな」

 

「ひぅ、っひ、あぁあああッ!?」

 

 解放を望む切っ先をくじられて、出すことの叶わない白濁を絞り出すように肉茎を扱き上げられて、遂に言葉まで用いてカインは媚び始めた。理性の箍が軋み、ひび割れから劣情が噴き出す。

 

「ゴルべーザさまッ! ご、後生……ですっ……カインは、もう……もっ……!」

 

 イキたいです、イカせてくださいと訴える声が、静謐な広間に響く。通りのいい声に涙を滲ませて自らの窮状を訴えるカインに、ゴルべーザは低い笑いを漏らした。どうせ見えないとわかっていて、わざとらしく眉根を寄せる。

 

「それほど逐情を請うていたのか……すまなかった、カイン。お前が節操もなく啼き悶えるまで、お前の置かれた状況に気がつかないとは」

 

 求めよと言っておいて、堪え切れず欲しがれば言質を取ってあげつらう。質の悪い責め方をする背後の男に残された理知的な思考が酷く憤って、けれどその嘲りすら心地よいカインには何も言えない。それに口を開いたところで、意味のある言葉が紡げるとも思えなかった。

 

「……どうしたものかな」

 

 思案に暮れる鷹揚な声に、何もかもかなぐり捨てて泣き喚きたくなった。それでも繋がれたままの身体を引き起こされると、その程度の抗議すら忘れてしまう。ゴルべーザの上に座り込んだカインは、これまでうつ伏せていた床を指し示された。

 

 ちょうど勃起の下だった辺りが、失禁でもしたかというほどに濡れていた。絶頂の証ではない液体は、けれど少しばかり白く濁っている。

 

「月の民のための神聖な場を、このように汚すのはいただけんな」

 

 悦楽の証拠を具に見せつけられては、いくらなんでも恥辱にうち震えるしかない。あまりの辱めに唇を噛み締めて、その度より深く中を犯すものに責め立てられて、しばらくカインは狂おしい煩悶の内を彷徨う。急かす必要はなかった。堕とし切ることもしなくていい。ただゴルべーザは、そのときを待っていた。

 

「……っめ、ま……す、」

 

「聞こえんな」

 

「あひっ! な、舐めます! い……ま、まで吐、き散らかしたモノ……も、これっ、からぁ、だ、出させていただくっモノ、も……! カインが……舐め、させて……い、ただきます……!」

 

 掴まれた細腰を引き下ろされて屈辱極まる宣言をさせられたカインを、ゴルべーザは再び床に押し付けた――言うまでもなく今度は、淫猥な水たまりの上に顔が来るようにして。腕で支えることを許されない身体が、どうにか肩と頬でバランスを取る。ぎりぎりまで伸ばされた舌が、床を汚す先走りを舐め取り始めた。

 

「くぅ……ん、ふっ、うぇっ……」

 

「なんだそれは? ご丁寧に唾液で延べているのか?」

 

「やぁ、う、」

 

 竜にも似た気高い猛々しさと、薫風の似合う蒼穹の清涼を備えた美貌を、あらゆる液体がぐちゃぐちゃに汚していく。その媚態にはゴルべーザの楔も重みを増してカインを煽り苦しめた。ひくひくと縮こまっては仕事を休もうとする舌を咎めるように、二・三度後孔を強く穿つ。

 

「そら、励め。お前の淫らな顔が映り込むまでにならねば縛めは解かんぞ」

 

「っは、ひ……」

 

 先走りの中に鼻先を埋めたカインが無我夢中で自身の体液を啜り上げた。ん、くんと小さく喉を鳴らしては青臭い液体を飲み下す。屈辱に苛まれるほど、快楽が体中に巡って眩暈さえした。

 

 徐々に、己の浅ましい姿が眼前に現れる。狂ってのたくる舌はもう止まらなかった。

 

「ゴル、べーザ……さまっ……」

 

 常の輝きを大方取り戻した床を前に、カインが哀願の意を垂れ流す。新しく溢れる涙と唾液がそこを濡らし始めていたが、それだけは目零ししてやった。

 

 労わるように髪を撫でた手で、ぎちぎちに食い込んだ紐を解く。赤黒く腫れだしていた肉棒が歓喜にびくついた。柔い壁を抉りながら悦楽の終着を暴きたてられ、カインは目を剥いて悶絶した。

 

「ひいぃーっ! あっ、あ、やああぁあッ!」

 

「また汚したな。仕様のない奴め」

 

「も、もうひ、いっ……わ……うぁ……!」

 

 すぐさま精液をぶちまけたカインを顧みることなく、ゴルべーザは我が者顔で蠢く秘所を堪能している。啼こうが喚こうが、絶頂を繰り返そうが。矜持もあって泰然を装っていた怒張が満足するまで、哀れな羊を貪り続けた。

 

 

 

***

 

 

 

 痩身に耐えうる以上の悦楽を与えられ、朦朧と微睡みを揺蕩うカインを、ゴルべーザが穏やかな瞳で見守っている。時折カインが幼子のようにぐずれば、大きな掌で背を摩ってやって。

 

 ここは連れ込みでも愛の流刑地でもない、とかなんとか言いたいことは色々とあったけれど。なんかもう、色々とどうでもいい。

 

「妨害、安眠妨害じゃ」

 

 フ―スーヤは、蒼のガウンをカインに捧げた。カインは、まごついた。良人は、気をきかせて教えてやった。

 

「カイン、お前は、まっぱだかではないか。早くそのガウンを着るがいい。この厳格な伯父上は――いや、私がだな――お前の裸体を、皆に見られるのが、たまらなく口惜しいのだ」

 

 竜騎士は、ひどく赤面した。

 

 フ―スーヤは激怒した。

 

 

 

初出:2013/04/10(旧サイト)

※太宰治先生申し訳ありません。