私は踊る

 

 ローザ。白薔薇のように透き通った肌に差す、赤薔薇の如く艶やかな紅。その微笑みは、長く厳しいバロンの冬においてすら気高く暖かい。貴く愛しい一輪の花を、ずっと胸に咲かせていた。

 

 触れはしない。愛でもしない。時折微風が運ぶ香りを、ただ感じるだけ。そしていつか手折られる日が来るまで、必要とあらば守るだけだ。ずっとそう思っていた。

 

 それでいいと、ひたすらに言い聞かせていた。

 

 

 

***

 

 

 

 殺しきれない声が唇から零れる。

 

「あっ……! くぅ、う、ん」

 

 冷酷な黒鎧の下に隠されていたのは、熱く逞しい肉体だった。肉楔で貫かれたまま、ゴルベーザの掌がカインの肢体を這い回る。濡れそぼったものの先端を摘まみ上げられ、拡げられた入り口を擽られると、抑えきれない情欲の炎がカインの身を焼いた。

 

「ひぃっ! ゴ、ル……ベーザさま、あっ、あぁ……も、や……だ、だめえぇっ!!」

 

 主を拒む言葉も、このような媚態と共にあっては愛らしいものだ。覆い被さる影の気配がふっと緩んだ気がして、知らず精悍な身体にすがり付いていた。愛撫に酩酊した思考が揺れて、どこか見知らぬ世界に放り出されたように寂寥がカインを襲った。

 

――ゴルベーザ様……ゴルベーザ様、ゴルベーザさまっ……!!

 

 言葉を忘れた震える舌が、破れかぶれに男の名を紡ぐ。応えの代わりとばかりに掻き抱かれ、灼熱の唇に小さな粒を吸い上げられて、嬌声を振り撒きながらカインは逐情していた。

 

 

 

 目覚めると、ゴルベーザの腕に強く抱かれていた。厚い胸板に頬を擦り寄せ、カインはその吐息に耳を澄ませる。穏やかな寝息と温かい肌に圧倒的支配者の人間らしさが垣間見えて、奇妙な優越感と幸福に胸が満たされる。

 

 爪先からカインを腐らせていった孤独と羨望は最早遠い。捕らわれ求められている喜びの前に、ゴルベーザに暴かれた憎しみすらゆっくりと薄れていった。セシルとローザ。今ならば二人を心穏やかに見つめることができるかもしれない。

 

「だからこそ俺は……お前を殺さなければならない……!」

 

 憎しみではなく愛ゆえに。生命と光に祝福されたかつての親友は、闇を統べる者にとって邪魔な存在だから。それは望まぬ戦いではない。主君の望みに貢献できることこそカインの至上の喜びだ。

 

 天空の塔から見れば、地上の山々すら些末な隆起にすぎない。一糸纏わぬままするりと寝台を離れ、遥か地平線をカインは見据える。

 

 約束の日、それは聖騎士セシル最期の日。その夜明けが迫っていた。

 

 

 

***

 

 

 

 試練の山の頂きからは、青き星の全土が見渡せる気がした。そのくせ俗世からは隔絶されたこの場所は人々の営みを伝えてはくれなくて、カインはどこまでも独りだった。再びの孤独はひたすらに自由で、彼をもう決して縛りつけはしない。

 

 英雄王となったセシルは善政を敷き今やオーディン以上に民草に敬愛されている。彼の子を宿したローザは麗しく強い国母となるだろう。神の祝福をその名に込められた男はあらゆる苦痛からついに解放され、長く平らかな未来への旅路を歩み始めた。

 

 セシルとローザのことは、心から嬉しくまた誇りに思う。そして長年の苛まれてきたものから自由になった男――セオドールとて最良の道を選んだとわかっている。

 

 それでも。夜闇に沈んでいく世界を眺めながら、カインは確信していた――もう二度と、この身に夜明けは来ないだろう。

 

 何もかも暴き立て灼熱の奔流を注ぎ込んだくせに、最後は口づけ一つ落とさずに彼は去っていった。柵を解くならば、二度と跳べないように脚を折って欲しかった、今でも捕らわれていると錯覚できるように。

 

 どこへでも跳べるなら、行かなくてはならない。鎖に繋がれていないなら、自由でなくてはならない。それがどれ程孤独な途であっても。

 

 いっそ壊されてしまいたかった。瞳から落ちた涙は暗がりでは見えない。宵闇はカインから目を逸らして、それでも彼を温もりで包んでいた。

 

 

 

初出:2013/02/06(pixiv)