手折られた薔薇 エピローグ

 怒号や情けない叫び声、慌ただしい足音や物音をギャリーは夢うつつで聞いていた。扉が乱暴に開けられて、部屋の明かりが点けられる。眩しいと感じるより早く、誰かの腕に抱きすくめられていた。

 

「ギャリー、ギャリー、ギャリー!!」

 

 繰り返し自分の名を呼ぶ、涙を多分に含んだ声はよく知る少女のもので、徐々にギャリーは意識を取り戻していく。一番に、何よりこの少女の身を案じていたことを思い出した。

 

「イヴ、無事だっ、た、の……」

 

 ひりひりと喉が痛み、上手く言葉を紡ぐことができない。その痛みの原因に思い至ったとき、ギャリーは一気に覚醒した。

 

「ア、 アタシっ!」

 

「ギャリーっ……!!」

 

「イヴ……」

 

 イヴの腕の中で慌てて身を捩ろうとしても、手酷く扱われた身体は言うことを聞かない。それどころか彼女に一層強く拘束されてしまう。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……私のせいでこんな、本当にごめんなさい……!!」

 

 ギャリーには肩に埋められたイヴの顔を見ることはできない。けれど眼前に広がる写真とは似ても似つかない、痛々しい表情をしていることは容易に想像できた。

 

「イヴ、お願い。泣かないで。アンタは何にも悪くないじゃない」

 

 腕は未だ後ろ手に縛られたまま動かせそうもない。全身が重くだるく、じくじくと痛んだ。それだけではない。少年はギャリーが気を失って尚、執拗に体を弄んだようだ。先程までは気付かなかったが、顔にこびり付く白濁は明らかに一度の射精の量ではない。瞼と睫毛に絡む半乾きの体液のせいで瞬きすら辛い。

 

 それでもギャリーは、イヴのために笑ってみせた。

 

「アンタが悲しんでたら、アタシだって悲しい。アンタが苦しんでたらアタシだって苦しい。アンタが無事ならアタシなんてどうでも、」

 

「よくない!!」

 

 言葉を勢いよく遮られ、ギャリーは目を丸くする。強い怒りを孕む泣き濡れた瞳に睨み据えられ息を飲んだ。流れ落ちる涙がルビーでないのが不思議な程に、イヴのそれは美しかった。

 

 そのとき、唐突にギャリーは理解してしまった。

 

 イヴが自分を思うのと同じように、自分もまたイヴを愛している、と。

 

「イヴ……」

 

「私だって、私だって、ギャリーが悲しんでたら悲しい! 苦しんでたら苦しい! だから、そんななんでもないことみたいな声して、そのくせ泣きそうな顔して、笑ったりなんかしないでよ!!」

 

 悲痛に歪められてなお美しい顔は、少年に指し示されたあの笑顔とは大分違うけれど、確かに恋をする少女のものだった。

 

「ありがと、イヴ。でも、ホントにアンタが気に病むことじゃないのよ。それだけはわかってちょうだい」

 

「でも……」

 

「さ、この話はこれで終わり。イヴ、腕だけ解いてもらえないかしら」

 

 二人、同じ気持ちを抱いている。だからこそ敢えて淡々とギャリーは言った。家柄、資産、年齢。どれを取ってもイヴと自分は釣り合わない。ましてやこの身体は今や薄汚い男に蹂躙されてしまった。思いを告げる気など、ギャリーには微塵もなかった。

 

 掛けられた言葉にイヴは慌てて身を離す。少女が離れたことで眼前に現れた身体は見るに堪えない有り様で、ギャリーは思わず目を逸らした。タンクトップは辛うじて胸元でたごまっていたものの、ズボンはいつの間にかすっかり取り払われ、ぐしょ濡れの下肢が露になっていた。乱暴に放り出されていた鞄からソーイングセットを取り出したイヴが背後に近づいて、ギャリーは身を固くする。自分の現状に頬が紅潮していくのがわかった。

 

「ギャリー、痛くない?」

 

「ええ、大丈夫よ」

 

「ここをこうして……切れた!」

 

 小さな鋏で苦心しながらも、イヴが戒めを解いていく。腕が自由になったことに安堵しながらも、ギャリーは内心舌打ちした。長い間拘束された腕は痺れと痛みが酷く、持ち上げることはおろかただ動かすことすら困難だった。その焦りを押し殺してギャリーはイヴに告げた。

 

「ありがとね。じゃあアンタはもう帰って。いつものSPの人たちと一緒に来たんでしょう? あの人たち呼んで、さっさと帰りなさい」

 

 宝石商という仕事柄、イヴの父親や家族にはある種の危険が付き纏う。幼い頃よりイヴにも二人のSPがつけられていることを、ギャリーは昔から知っていた。そう考えると自分の心配は全くの杞憂だったわけだ、とギャリーは少しおかしくなる。一人は少年を連れていったのだろうが、それでももう一人はこの辺りにいるはずだ。

 

「……それで、ギャリーはどうするの?」

 

「アタシ? そりゃ、流石にこのままじゃあ帰れないわよ。……まあ、ここにもシャワーくらいにあるでしょ? それ借りて、ちょっと気持ち悪いけどこの服着て帰るわ。だからイヴ、アンタも、」

 

「やだ」

 

「や、だ?」

 

 自分の言葉を遮って与えられた予想外の返答に、ギャリーは目を丸くした。真正面から彼の目を見据えて、もう一度はっきりとイヴは言った。

 

「うん。やだって言ったの」

 

「え、ちょっと……きゃあ!」

 

 言い終えるや否や、ギャリーの脇と膝裏に素早く手を回し、そのまま抱き上げる。イヴのいきなりの行動にギャリーは困惑した。常よりは低いが、急に高くなった視界にくらくらする。思い通りにならない身体を不安定な場所に置かれて、恐怖からイヴの肩口に顔を寄せた。

 

「イヴ、降ろしてちょうだい!」

 

「それもやだ。シャワー浴びるんでしょう?」

 

 ギャリーの懇願をさらりと無視し、イヴは歩き出した。半開きになっていた扉を行儀悪く蹴り開けて、向かう先は恐らくバスルームだろう。イヴの意図を理解し、ギャリーはいよいよ驚き慌てる。

 

「そうだけど、アンタには関係ないでしょ! お願いだから早く降ろして!」

 

「関係なくないよ。ギャリーがギャリーのやりたいようにやろうとしてるんだから、私だって私がしたいようにするよ。嫌なら……」

 

 抵抗してみてよ。耳元で囁かれた言葉に、ギャリーは身体を震わせる。くったりと力が抜け、脚をばたつかせることすら叶わなかった。腕はまだ、上がりそうにない。改めてしっかりとギャリーを抱え直すイヴの足取りが思いの外しっかりとしていて、運動嫌いの少女がラクロスを始めた理由をギャリーは思い出した。それは、彼女が中等部に進学した年の秋のことだった。

 

 

 

――アンタがラクロス、ねぇ。

 

――意外?

 

――ええ。とっても。

 

――だって……今度何かあったら、私がギャリーのこと守ってあげられるようになりたいんだもん。強くなりたい。

 

――アンタってホントお馬鹿さんなんだから。そんなことしなくたって……。

 

――しなくたって?

 

――あの時だって、アンタはアタシの薔薇も挫けそうな心も、立派に守ってくれたじゃないの。

 

 

 

 イヴが自分のために得た力が、このような形で使われている。どうしようもない羞恥心がギャリーを襲う。ゆっくりとバスルームの椅子に腰かけさせられた後で、ギャリーはおずおずとイヴに切り出した。

 

「イヴ? あのね、ここまで連れてきてくれてありがとう。だからね、」

 

「一人でできる?」

 

「え?」

 

「腕を上げて髪や顔を洗ったり、背中とか足先とか洗ったり……中に出されたの、掻き出したりできる?」

 

「なっ……!」

 

 イヴの声に、何らギャリーを辱しめようとする意図はない。それなのに羞恥と屈辱にも近い感情に顔が赤らむ。それでも、身体は動かない。後ろでギャリーを支えるイヴの腕が静かに前に伸びた。

 

「ひっ!」

 

 僅かに怯えを滲ませた声に、イヴの手がぴたりと止まる。悲しげな苦笑が一つ落ちて、するりと上げられたしなやかな手が精液まみれの髪を撫でた。

 

「聞いてギャリー。あなたを怖がらせたり傷つけたりするつもりなんてないの」

 

「イヴ……」

 

 こんな汚れた髪に触らないで。そう言いたいのに、身体は勝手にイヴに体重を預けてしまう。優しい手つきにギャリーの唇が綻んで、小さな吐息が零れた。いつの間に出したのだろうか、厚手のタオルハンカチをイヴが濡らしている。

 

「目、瞑って」

 

「ん……」

 

 温かく濡れたハンカチが、そっとギャリーの顔を拭っていく。すべらかな頬に、すっと通った鼻梁に、長い睫毛に縁取られた瞼に、形のよい薄い唇に、強すぎない力で丁寧に触れる。心地よさにひくりと喉が揺れた。

 

「そのまま閉じててね」

 

 穏やかなイヴの声に、ギャリーは頷きだけで答えた。再び背後に回ったイヴが、ギャリーの柔らかな髪を指で梳いている。ややあって微温湯が少しずつその髪に掛けられ始めた。髪全体をしっとりと湿らせ、泡立てたシャンプーを乗せる。しゃかしゃかと指の腹で髪を洗われ、今度こそギャリーの全身の力が抜けた。

 

「気持ちいい?」

 

「ん……なんだか……ほっとするわ」

 

 イヴからはただ深い慈しみの心だけが感じられて、強張った身体が落ち着きを取り戻していく。かくりと頭をイヴに凭れさせ、ギャリーは穏やかに答えた。唇はゆるい弧を描いている。髪につく泡を洗い流されて、湯と共に背中を流れ落ちていくのも心地がよかった。

 

 軽く髪の水気を切ったイヴの手が、次はタンクトップに伸ばされる。

 

「え、やっ……」

 

「身体だってべたべたして気持ち悪いでしょ」

 

 重く濡れたタンクトップは必死で身体に纏わり付くが、イヴは器用にそれを腕から抜き去る。ギャリーの小さな抵抗を封じ込めることなど容易かった。

 

 髪や顔なら未だしも、胸や下肢に触れられることなどギャリーには耐え難かった。身に纏うもの全てを失ってなお続けられる反抗は、ささやかであれイヴを焦れさせた。

 

「……そうだね。ギャリーだけ裸じゃ恥ずかしいよね。じゃあ私も脱ごうか。ちょっと待ってね」

 

「ア、アンタ何言って……!」

 

 慌てて振り返ったギャリーは、ブラウスのボタンに手をかけるイヴを肩越しに見た。下着を透けさせた薄手のそれ自体も随分と扇情的ではあったけれど。それすら脱ぎ捨てられたらと思うといてもたってもいられなかった。

 

「わかったわ、わかったから! アンタは服着てて!」

 

「うん。じゃあ身体、洗おっか」

 

 耳や首筋まで赤く染めたギャリーが必死に目を閉じているのを見て、イヴは楽しくなってしまう。ちょっとした意地悪を仕掛けたり、からかったりしたくなる。とは言え、彼を苦しめるのも怯えさせるのも本意ではないから、手付きはあくまでも優しく、事を性急に進めたりもしない。

 

 タオルハンカチを再び湿らせて、ボディーソープを泡立てる。また強張ってしまったギャリーの首筋に、柔らかいそれを滑らせた。細く見える首はそれでも男性のもので、喉仏に触れてどきりとした。そこから広がる肩だって、イヴが思っている以上にしっかりしている。

 

「……あのねえ、イヴ」

 

「な、なぁに?」

 

「あんなに嬉々として始めたクセになんでアンタそんなに照れてんのよ!」

 

 まだ赤らんだ頬のギャリーにじとりと睨まれ、イヴは自分の頬にも上る熱を実感した。実感してしまうと、恥ずかしさが身体中を駆け巡る。イヴは今初めて想い人の身体にしっかりと触れているのだ。考えれば考えるほど、心臓は早鐘を打った。

 

「し、知らないっ!」

 

 半ば投げやりに叫んで、イヴはギャリーの腕を取る。肩口から手首までハンカチを滑り下ろすと、ギャリーが小さく呻いた。

 

 その声に急いで彼の手を見ると、酷すぎる擦過傷がぐるりと手首に巻き付いていた。先程は気付けなかったそれに、イヴは一瞬言葉を失くした。

 

「こんなに、血が……」

 

 ギャリーの手首は血でてらてらと光り、体液を滲ませている。せめて腕時計をしていれば少しはましだったのだろうが、珍しく今日は身に付けていなかった。

 

 痛ましいそこに再び少年への怒りが沸き上がってくる。ギャリーの指先を握り締める手が震えた。

 

「イヴ、こっち見て」

 

 憤怒に染まる思考を遮ったのは穏やかな声だった。力を失っているはずのギャリーの指先が、微かにイヴの手を握り返していた。

 

 こちらを見つめ返す紅い瞳に、ギャリーは微笑みかける。

 

「アンタの手は、花びらを散らす手じゃないわ。萎れかけた花を花瓶に活けて、持ち主に返してやれる手よ。それを忘れないで」

 

「ギャリー……」

 

 未だ冷えきった指先は、何ら温もりをイヴには伝えてくれないけれど、イヴの心はほわりと温まった。

 

 それなのに、ギャリーはポツリと漏らしてしまった。

 

「大体、アンタが手を上げるような、そんなことする価値ないわ。あの野郎にも……アタシにも」

 

 その言葉にイヴの心は再び冷え、静かな怒りに覆われた。今度の怒りは身を焼き尽くすような激烈なものではない。その身を引き裂く悲しい痛みを伴ったそれに、イヴは翻弄された。

 

 ハンカチを放り捨て、泡だらけの手でギャリーの両頬を包み込む。互いの鼻先が触れそうな距離で彼を見据え、淡々とイヴは言った。

 

「わかってないね。ギャリーは全然わかってないよ。私がどれだけ、」

 

「待って、イヴ! アタシその先は聞きたくない!」

 

 冷たい怒りを含むイヴの声にギャリーは焦った。これからイヴが言おうとしているのは、ギャリーが最も望みそして最も望まない言葉だ。頭を振って拒もうとしても、イヴの両手がそれを許さない。孤高の蒼が、燃えあがる紅に侵食されていく。

 

「ギャリーと同じよ、私だって自分の言いたいことを言う!……好きだよ、ギャリー」

 

「イ、」

 

 その名を紡ごうとした囁きごと喰い尽くす、激しいキスだった。歯列を丹念になぞり上顎まで舌を伸ばす。ちろちろと敏感なそこを舌先でからかうと、ギャリーの身体がびくりと震えた。奥に縮こまって逃げる舌を唾液と共に啜り上げて甘く噛み締める。ガクガクと快楽を伝えるギャリーが赤子のようにむずかることすら両腕で封じ込めた。呼吸まで奪われたギャリーの抵抗や反応が徐々に小さくなっていくのを身体で感じて、漸く彼を解放した。

 

「ふぁ……あ、あぁ、は、」

 

「……ギャリーかわいい。ものすごくかわいい」

 

 最早激しく息を吸うことも出来ないギャリーを肩で支え、イヴは微笑んだ。濡れたブラウスで掌の泡を拭い、袖口でギャリーの頬も拭いてやる。それでもなお新しく頬を濡らす涙に、そっと唇を寄せた。流れ落ちるものをべろりと舐め上げていくと、その感触にギャリーが微かに身動ぎした。目尻に軽いキスを落として、再びギャリーの顔を覗き込む。

 

「ギャリー?」

 

 その爛々と輝く紅い瞳に。捕らわれてしまったことをギャリーは知った。目を逸らさなければと警鐘が鳴り響くのに、どうしてかそれができない。イヴの瞳の眩さにくらくらして、辛うじて残っていた理性が溶かされていく。

 

「ギャリー。好き。好きだよ。ギャリーだけが」

 

 蕾が綻ぶような笑顔に、べきりと何かがへし折れる音をギャリーは聞いた。

 

 その笑顔が、最後の藁だった。

 

「ア、タシ……だって」

 

「え?」

 

「好きよ……イヴの、こと……好き」

 

「ギャリ、」

 

「あい、してる」

 

 この腕に抱き締められないのを残念に思い、それでも気持ちを伝えるべく精一杯ギャリーは微笑んだ。ギャリーの動かない腕のかわりに、イヴのそれが二人を固く結びつけた。

 

 熱っぽい視線が絡み合い、唇が近づく。二度目のキスは、優しいキスだった。

 

「ギャリー」

 

「ん、イヴ……ふ、んぅ、ふぁ……」

 

 ギャリーの舌はもう逃げない。イヴの舌に自ら触れにいき、唾液を交換する。何かに浮かされたようにキスに夢中になるギャリーに、イヴは小さな悪戯を仕掛けた。

 

「はぁっ、う……むぅ……んふっ……!」

 

 左手で後頭部を押さえ付けたまま、右手で乳首を摘まみ上げる。逃げを打てない身体は快楽をそのまま受け取り、イヴの唇に喘ぎを移し込む。ふっくりと可愛らしい場所を乳輪ごとそっと捏ねると、もどかしさから声は哀しくなった。

 

 より強い刺激を求めるその声に、イヴは一旦ギャリーの唇を自由にする。濡れた薄い唇がぽってり腫れて、つやつやと光っていた。その好ましいいやらしさにイヴは目を細める。この唇で、ギャリー自身に、強請って欲しかった。

 

「イヴ、ア、アタシ……」

 

「なぁに、ギャリー?」

 

 笑顔で首を傾げるイヴの肩を、ギャリーはその頭で小突く。いじわる、と悔し紛れに呟く声すら、イヴにはどうしようもなく愛おしかった。固くなった先端をつんと爪でつつくと、声を堪えようとギャリーの喉が鳴った。んく、と飲み下される唾液に、イヴは違うものを想像してしまう。

 

「アタ、シ……っん!」

 

「うん?」

 

 イヴは左手も前に回し、寂しげな右の乳首を弾く。突然与えられた快感に、支えを失くした頭が反って、オレンジの明かりの下で柔らかな髪が艶めく。けれど、それも決定的な刺激ではない。もっと焦れて。早く求めて。甘美なジレンマの中でイヴは美しく笑う。目の前にある耳を緩く食むと、遂にギャリーは折れた。

 

「イヴ、も、と……もっと、してぇ」

 

「どこを? ここ?」

 

 親指で左側のものを押し込む。爪を立てられ強い刺激を受け、こくこくと頷きながらギャリーは鳴いた。

 

「きゃん!」

 

「ギャリー、ほんとにかわいい。おっぱい、もっと触ってほしい?」

 

「ん……うん、触って、弄りまわして……おっぱい、めちゃめちゃにしてよぉ……!」

 

 涙や唾液で顔中をべちゃべちゃにしてイヴの愛撫を欲しがるギャリーが、イヴには愛らしくて仕方がない。髪の一筋から足の爪先まで愛し尽くしたくて、けれど彼を壊したくはなくて、衝動を必死に抑え込んだ。

 

「ここ、少しだけ腫れてる。痛いのはやだよね? 舐めてあげる」

 

「い、やぁ、だめ……きたな、から……」

 

「……そう。じゃあ尚更舐めなきゃ」

 

 ギャリーの拒絶から忌々しい少年の影を感じ、それを掻き消そうとイヴは躍起になる。無理矢理拓かれて与えられた快楽を心の繋がった行為で塗り替えてしまいたくて、ギャリーの制止を聞かずに、色づいて震えるところにむしゃぶりついた。

 

「んぁっ! くぅ、あ……ん……んくっ」

 

 舌先を尖らせて、固くしこる乳首を押し上げる。ぐにぐにと上下左右に捏ね繰り回し、唇で強く揉み込む。そのまま先端だけをちろちろ舐めると、筋肉の下の器官がイヴに激しい興奮を伝えた。

 

 けれど、イヴはまだ容赦しない。ボディーソープをつけた左手を反対に回し、ぬるりと滑らせる。吐息を噛み殺すギャリーが大きく反応したのに合わせ、頭に回した右手を口内に滑り込ませた。

 

「ふぁっ……あひっ! あ、やぁ……やらぁ、」

 

「なんれ? きもひいいんでしょ? こえ、聞かせてよ」

 

「や、しゃえら、な……」

 

 イヴの話す振動と時折触れる歯すら快感に繋がってしまい、ギャリーは悶えるしかない。戸惑う舌まで摘ままれ、ゆっくりと擦られる。飲み込めなくなった唾液がとろとろと顎に伝い雫となって落ちた。イヴの手と唇がもたらす快楽に混乱しきって、ギャリーの目から生理的なものではない涙が溢れ出した。

 

「ゆぅ……ひて……ご、め、なさ、」

 

 微かに聞こえたのは許しを請う呟きで、その自虐的な哀願の響きにイヴは胸を打たれた。それは、過ぎたる快楽から逃れようとするものではない。汚された身体を愛されることを、それでいてなお感じることを、責める声だった。

 

 胸から離れ、イヴは再びギャリーと向かい合った。頬を濡らす涙をそっと拭う。長い睫毛に水滴が溜まり零れ出す様は美しいけれど、こんな泣かせ方をしたいのではない。

 

「いいんだよ、ギャリー。いっぱい気持ち良くなって、いいんだよ」

 

 未だ雫に濡れる顎から遡り、じっとりした唇を舌で優しくなぞる。ゆっくりと開かれたそこに自分の唇を合わせ、静かに食んだ。まだ遠慮がちではあるが、ギャリーが同じ反応を返してくれるのをイヴは喜んだ。軽いリップ音と共に唇を離す。

 

「私は、どんなギャリーだって大好きだから。……だから私に愛させて。ギャリーの全てを、愛することを許して下さい」

 

 一世一代の告白は、伝わっているのかいないのか。ぽろぽろ溢れる雫にも厭うことなく、ギャリーはただ瞬きを繰り返している。きょとんとしたギャリーに苦笑しながら抱き上げた。浴槽の縁、やや広い場所にもう一度座らせて、額に一つキスをする。あとは、言葉ではなく行動で示すだけだ。都合よく張り出した縁はギャリーの背の後ろに壁を持ち、これからの行為に適していた。

 

 主に忠誠を誓う騎士のように、恭しく床に片膝をつく。これまでの刺激に勃ち上がったもの、その先端の興奮に濡れる場所をくちゅりと揉んだ。

 

「あっんぁ! いや……やぁ、はな、し……きたな、っひゃああ!」

 

「また言った。ギャリーのここ、汚くなんかないよ。びくびく震えて、いっぱい泣いて、気持ちいいって言ってる」

 

「そ、な……はずかし、から、あ……ひ、んふぅ……ふぁ、」

 

「いいよ。かわいいギャリー。ギャリーの恥ずかしいところ、もっと見せて」

 

 汚い、と言いかけたギャリーに柳眉をひそめ、揉み上げる手を強くした。壁に後頭部を押し付けて悶えるギャリーが恥ずかしいと漏らすのが、イヴの機嫌を良くする。羞恥に震える姿を、更に見たくなる。

 

 ぬめる手を双球に滑らせる。解放されたそそり勃つ先端に、イヴはぱくりとしゃぶりついた。ふやけたギャリーの声が愛らしい。

 

「ふぁ、ああああっ! やら、やっ……あふぅ、くひっ、ひんっ!」

 

 亀頭を舐め回し、先走りの源を舌でほじる。一際高い喘ぎがこれまで以上に響き渡って、二人をくらくら酔わせた。縮こまる双球を擦り合わせると、吐息混じりの甲高い声が、切羽詰まって短く跳ねた。

 

 男性の象徴を含ませる行為は、彼らの征服欲を満たすものであることが多いけれど。支配による悦楽はギャリーにこれっぽっちもない。それでも美しい少女による奉仕は彼を背徳に狂わせる。そして少女――イヴこそが支配感に近い何かに背筋を震わせて、一層激しくギャリーを責めたてた。

 

「んくぅっ! あ、い、イヴっ……だめぇ、だめ、そ、れ……だ、めなの! ひっあ、あんっ、あぁ、あっ、」

 

 上顎にぴたりと沿わせる形で、亀頭をより深く咥え込んでいく。敏感な場所をやわやわ愛されて、ギャリーは背中を大きく反らせる。壁がなければ倒れ込んでいただろう。頭を強く打ち付けたことにも気づく様子はない。

 

 頬張ったペニスは大きく硬く、イヴは噎せ返りそうになるのをどうにか堪える。拒否の言葉を口にしながらも、閉じられようとするギャリーの脚がイヴの頭を抑え込む。筋肉のついた太股を撫でると、掌に肌が吸い付いた。無意識に身体中で自分を求めるギャリーに、イヴはくつくつ笑う。その喉の震えが快楽に繋がることも計算済みだった。

 

「っひゅ、うう、うぁっ……だ……めぇっ! で、ちゃ……からっ、あっあ、もっ、いやあああぁ!」

 

 是の言葉のかわりに、裏筋に舌を這わす。上顎に強く押し付けて愛撫すると、這い上る熱に浮かされてギャリーは口走った。

 

「でっ、でないのぉっ! も、でないのにでちゃう、でちゃぁ……だしちゃう、イっちゃう、イクっ……ひいっ! んっあ、あぁ、んくうぅ、あ、あぁああああッ!」

 

 全身を痙攣させギャリーは絶頂に至った。その泣き声を堪能しながらも、感じ入った顔を見られないことをイヴは惜しんだ。幾度も吐き出させられ少なく薄くなった精液を、躊躇いなく飲み下す。ごくん。細い喉が上下する様に、荒い息を吐くギャリーは羞恥を煽られた。顔を上げてこちらを見つめるイヴを直視できない。

 

「気持ちよかった?」

 

「っはぁ、はっ……うぅ……」

 

「ギャリー?」

 

「よかった、わよっ……! よかったから、もう……!」

 

「じゃあ、次はこっちだね」

 

「へ?……ひゃんっ!」

 

 イヴの細長い指が双球から後孔に降りて、窄まりを指の腹で押し上げる。溢れた少年の精液が足の間の溜まっているのを肌で感じ、ギャリーは身を捩らせた。徐々に力を取り戻し始めた腕を必死で持ち上げて、何とかイヴの手を掴む。

 

「そ、こ……は! や、だぁっ、あ、」

 

「……こんなに、ギャリーの中に…」

 

 続いて毒づく言葉は常からは信じられないほどに汚いものだったかもしれないけれど、幸いギャリーには何も聞こえてはいなかった。あっさりとギャリーの手を絡め取ったイヴが次に言った言葉だけが、しっかりギャリーの耳に届いた。

 

「このままじゃギャリーがお腹壊しちゃう。私が掻き出してあげるね」

 

「そ、ん……いやっ、な、んで、」

 

「だって、ギャリーが辛いの嫌だもん。ね、ちょっと待ってて」

 

 反論を聞き流したイヴは、駆け足で浴室を後にした。とにかく急いでいるのと、あの少年の私物であるというのとで、随分と喧しく家探しをしている。再び軽く駆けて戻ってきたイヴの小脇には、毛足が長く柔らかなラグと大きく上質なクッションが抱えられていた。

 

 ラグを浴槽の蓋の上に敷き、クッションを放る。震えるギャリーを、イヴは腕の中に優しく閉じ込めた。べたつく背中を何度も撫でると、その震えは少しずつ小さくなっていく。

 

「怖がらないで。もしかしたら気持ちよくなりすぎちゃうかもしれないけど、大丈夫。ギャリーはとっても綺麗だし、どんなギャリーも私は好きだから」

 

「ん、イヴ、イヴぅ……」

 

 猫のように喉を鳴らし、ギャリーはイヴに身を擦り寄せる。先程よりも少しだけ強まった力でブラウスを握るギャリーが落ち着くのを、イヴは根気強く待った。

 

「あのね……イヴ?」

 

「なに? ギャリー?」

 

「やっぱりアタシ、、ものすごく恥ずかしいし怖いけど……でも」

 

「でも?」

 

「イヴになら、アタシを任せてもいい……ううん、イヴ以外の誰にもこんなこと許さない」

 

「……ギャリー」

 

「イヴがいい。イヴじゃないといや」

 

 文字通り全身をイヴに委ね、ギャリーは囁く。身体中を巡る歓喜と愛情に、イヴは息が詰まった。心臓が壊れてしまいそうなほどうるさいのを悟られたくなくて、ゆっくりと息を吸い込む。同じタイミングで深く呼吸するギャリーと、思わず見つめ合う。互いの左胸に手を当てると、変わりなく激しく脈打っていた。

 

「私、ギャリーのこと大好き」

 

「知ってるわ。アタシも、イヴのこと大好き」

 

「うん、知ってる」

 

 微笑みを交わし、どちらからともなくキスをする。軽く唇を合わせるだけのそれが、どうしようもなく幸福だった。

 

 唇を離し、イヴはそっとギャリーをラグの上に押し倒す。露になった左目にキスをして、そのまま身体をうつ伏せにした。クッションに顔を押し付けるギャリーの膝をゆっくりと立てて開かせる。恥ずかしさに紅潮する耳に後ろからキスを降らせて、イヴは小さく囁いた。

 

「指、挿れるよ」

 

「んっ! ……っふ、う」

 

 言葉を掛けてから、濡れる後孔に人指し指を押し入れる。焦って事に及ぶつもりはなかったけれど、散々になぶられたそこはあっさりとイヴの指を受け入れた。吐き出された白濁をより多く掻き出すべく指を折り曲げて、急がず徐々に引き出していく。曲げられた指先が、どうしても敏感なしこりに触れてしまう。

 

「ひゃっん! そ、こ……」

 

「ギャリー、ここね、前立腺って言うんだって。男の人も中で気持ちよくなれる場所なの。でも今は、あんまり触らないようにするね」

 

 ギャリーの声は、激しい快楽への恐怖を滲ませている。イヴとしても先ずは少年の残滓を灌ぐことが目的であるため、快楽を追うことはしない。

 

 出来る限り前立腺の膨らみを避けながら精液を掻き出す。それでも、指を二本に増やすとギャリーは悶えた。指先が白くなるほどにクッションを掴んでいる。青いマニキュアを塗られた爪が艶かしくて、イヴは反射的に目を逸らした。

 

「や、だぁ……そこ、あっ、こわい、のっ! おかし、く、なるっ……んんっ、あ、ああぁっ!」

 

「ギャリー……」

 

 クッションに顔を押し付けて小さく叫ぶギャリーに、イヴは興奮を覚えずにはいられない。欲望のままにしこりを押し上げ、扱き立てたくなる。最初よりもそこを擦られる回数が増えていることに、ギャリーは気付いているだろうか。自分の浅ましさが心底嫌で、イヴは唇を強く噛んだ。

 

「イ、ヴ……?」

 

「ごめんねギャリー。少し苦しいだろうけど、我慢して」

 

「な、に……え? っ……んぐっ……かはっ! い、やぁっ! これ、いや、あっ……!」

 

 手が止まったイヴを訝しみ振り返るギャリーを、どんな顔で見つめ返したかわからない。シャワーヘッドを外し、一つになったぬるま湯を指の腹で絞る。左手で窄まりを開き、激しい奔流をギャリーの体内に叩きつけた。

 

 一瞬声もなく仰け反った姿からも、肛内を洗う流水がギャリーを苦しめていることは明らかだった。けれど、イヴはそれを止めることができない。怖くて後孔に触れることができない。少年と変わらず欲望に身を任せようとする自分自身が、己の身体が、激情が、イヴは恐ろしかった。

 

「ひっ、ふはぁ……く、るし、」

 

「うん。出していいよ」

 

 返事も待たず微かに膨らんだ腹を押す。きゅう、と愛らしく鳴いたギャリーの秘部から微温湯が吹き出した。 びちゃびちゃとギャリーとイヴの足を濡らすそれは、気のせいか先程より温まっているように思えた。

 

 勢いのよい排泄が伴う悦楽を堪えようとして、上手くいかずにギャリーは泣いた。しゃくり上げるような不規則な呼吸が痛ましくそして淫靡だった。

 

「イヴ、イ、ヴ……!」

 

「よく頑張ったね」

 

 じゃあ、あと五回。耳を疑うような言葉に、咄嗟に向き直ろうとしたギャリーはイヴの手に押さえ付けられる。拒否の言葉よりも前に再び後孔に入り込まれた。前立腺を叩きながら奥に流れていく奔流に、ギャリーは身をくねらせることも叶わない。固く閉じられた瞳から、涙が幾つもの筋になって零れ落ちた。

 

「うっ、くふっ……ひゃああ! んふぅ、はひ、あっ、」

 

 甲高い声が響くなか、更に一回。ギャリーの背に浮かぶ綺麗な背骨を舐めてやりながらもう一回。美しく色づき、ぽかりと開いた場所に湯を注ぎながらイヴは気付いた。

 

「ねぇギャリー。どうして声、我慢してるの?」

 

「んふっ、ん……ふ、んむぅ、んん!」

 

 ぐいと下腹部を押しながら尋ねると、ギャリーはほんの少し首を振った。食い千切らんばかりに噛み締めたクッションを離す気はないようだ。くぐもった呻き声が小さくけれどはっきりと快感を伝えている。

 

 力が込められた後孔は微温湯を溜め込もうと口を窄め、どうにもイヴは焦れてしまう。極め尽くしてなお緩く頭をもたげるペニスの先を、くちくちと弄りながら聞き直した。

 

「くあっ、ひぁん! イ、ヴ……やめ、」

 

「ね、どうして?」

 

「あっん、ふぁ……で、ちゃ……か、らぁ……!」

 

「え? いいじゃない。出せば」

 

「ちがっ……! ちがうっ、のがぁ、」

 

「……あぁ」

 

 時間をかけて全てを出し切ったのに不自然にぽっこりした下腹部に、イヴは漸く合点がいく。ギャリーが出すのを耐えているのは、声でも湯でも精液でもない。それがわかってしまうと、どうしても見たくなる。堪えて隠しているが故に、何がなんでも暴きたくなった。

 

 四回目、とわざと強めた水流をしこりに向けて放つ。かくりと膝が折れそうになるのを、下腹部をしっかりと支えて防いだ。

 

「ギャリーさ、ここに来てからトイレ行ってないよね?」

 

「え……? っひ、いって、あ、な、」

 

「私に会う約束の前は? 仕事の打ち合わせの後は? 前は?」

 

 全ての質問に微かに頭を振るギャリーは、襲い来る尿意と必死に戦っている。食い破られたクッションカバーからは中の布がのぞいていた。

 

「じゃあ一五時間以上、ううん、二十時間近く出してない?」

 

「くっ、うぅ……いわ、ない……で……!」

 

 イヴの言葉にますますそれを意識させられ、身体が制御できなくなる。少しでも力を抜くと全てが漏れだしそうで、ギャリーはますます懸命にクッションに食らいついた。

 

 案外に強情なギャリーがかわいくて、でもそれを崩してしまいたくて、イヴも必死になる。じゃあ、これで最後ね。優しい声に力を抜いたギャリーの中に、一番強い水流を叩きつけた。

 

「あっ、ひ、んくううう!」

 

「頑張るなぁ、ギャリー。我慢しなくていいのに」

 

「お、ねが……イヴっ! ト、トイレに……」

 

「今じゃなきゃ、ダメ?」

 

 爪を立て、歯を食い縛り堪え切ったギャリーの哀願に耳を貸さず、イヴはギャリーを床に降ろした。長い脚をばたつかせるのを自分の脚で封じ、後ろから強く抱き締める。成長途中の胸の膨らみが思い切り背に押し付けられるけれど、それに照れるような余裕はギャリーにない。

 

 倒れたまま放置されていたボディーソープのボトルにイヴは手を伸ばした。二三度プッシュして中身を指に絡めると、拘束を緩めてギャリーの中に押し入った。

 

「はふっ、ひ、んむうぅ、」

 

「やっと、これからギャリーのこと可愛がれるのに」

 

「あっふ、はぁ、ん、んんぅ……!」

 

 今度こそ、と膨らんだしこりをイヴは思いのままに擦り、押し、引っ掻く。抗議の声も上げられない程に感じているギャリーが、噛み付いているクッションを更にぎゅむと抱きすくめた。そのクッションにすらイヴは半ば嫉妬して、無理矢理にギャリーの腕を絡め取る。それでもクッションに食らい付いて離さないギャリーがおかしくて、イヴはつい吹き出した。涙目で睨み据えるギャリーに、けらけら笑いながら謝罪する。

 

「ごめんごめん。だって、必死にくわえちゃってかわいいんだもん」

 

「っふ、んふぅ……」

 

 かわいいけれど、やっぱり妬けて。中を掻き回す手はそのままに、イヴはギャリーの鼻を摘まみ上げた。

 

「ぷはっ、あっ、いやぁ! ふぅ、んん……っ!」

 

 意地悪な指に呼吸を阻まれて、ギャリーの口が大きく開かれた。唇をクッションの代わりに食い千切りかねないとわかっていたから、イヴはすぐにギャリーの唇を自分のそれで塞ぐ。舌を押し入れて柔らかい頬を内側から舐め回せば、溢れる涙は更に量を増す。快楽と尿意に追い詰めらても、決してイヴの舌には歯を立てないギャリーがいじらしくて、愛しさにイヴは目眩がした。

 

「んふぅ、ひぁっ……あひ、ん、んんっ、んぅー!」

 

 目を固く瞑り、身を捩らせながらギャリーは堪えるけれど。噛み締めるものも抱き締めるものも奪われ、それでありながら快楽はより一層激しく注がれ、ついに限界を超えてしまった。

 

 軽く爪を立てたイヴの指がごりごりと前立腺を押し潰したとき。今までよりも切羽詰まった喘ぎをイヴの口内に響かせて、這い上る尿意にギャリーは震えた。直ぐ様イヴが唇を離したため、続く放出の叫びは浴室中に響き渡った。

 

「も、だめっ! や、いやぁ……おしっこ、もれちゃ……あ、あ、ふぁ、あああああああぁっ!!」

 

 今度は声だけではなく、その表情までイヴは堪能する。見開かれた目、睫毛から涙が音もなく散って宙に消えた。

 

 ぴゅ、ぴゅく、とほんの数滴の精液が零れ、次いで違うものが溢れ始める。びしゃびしゃと床を叩くそれはほんのり温かく、二人の脚をしとどに濡らした。

 

「こんなに我慢して。苦しかったでしょう?」

 

「いっ! あ、あ、いやあっ! は、なし、てぇ……!」

 

「うん。今日はこれ以上しないよ」

 

 止まらない放尿を揶揄して首筋を甘噛みする。吐き出し続ける場所を強く握り込むと、恥ずかしさと苦しみにギャリーは激しくのたうった。我慢に我慢を重ねたギャリーを更に苛めるつもりはなく、イヴはすぐに手を緩めた。再び勢いよく流れ出したものが手を濡らすけれど、濡れるままに任せる。排尿を促すように、ゆっくりとペニスを上下に擦り上げた。

 

「ん、ふぅっ……はぁ……あ、」

 

 叩き付ける激しさをなくし、ちょろちょろと続いた放尿がようやく止まった。ふるりと身体を震わせ力を失ったギャリーをイヴは胸で受け止める。くたりと萎えたペニスを吸い上げ、残った尿を味わったらギャリーはどんな顔で恥じ入るのだろう。弾んだ声でイヴはギャリーに話しかけた。

 

「おしっこたくさん出ちゃったね……ギャリー?」

 

 ぐっしょりと涙に濡れた顔を覗き込んでようやく、イヴはギャリーが意識を飛ばしていることに気が付いた。羞恥に耐えかねてか、それとも快楽に負けてか。両方かもしれない。道理で静かな訳だ、苦笑の後に小さなキスを頬に落とし、イヴはシャワーに手を伸ばした。

 

 

 

***

 

 

 

 陶器が粉々に砕ける音に、ギャリーの意識は急速に浮上した。反射的に跳ね起きて、激しい目眩と全身のだるさにベッドに手をつく。優しく身体を受け止める感触はよく慣れたもので、ギャリーは酷く混乱した。

 

「アレ? アタシなんで自分のベッドで寝てるの? ゆ、め……ならこんなにだるくないわよね。どういうこと?」

 

 着慣れた寝巻きを着せられた身体は、少年の蹂躙やイヴとの行為を思わせるものを何一つ残していない。けれど、身体の不調がギャリーの記憶を夢にはしてくれない。物音の正体を確認すべく、ギャリーは重い身体を動かした。

 

「……イヴ?」

 

「ぎ、ギャリー」

 

 キッチンの入口に立ち尽くしていたのは可愛らしい部屋着を着たイヴだった。何やら焦りを滲ませた背中に声を掛けると、ぎくりと震えそろそろと振り返る。その青ざめた顔に、イヴの向こうに見えるきらきらとした欠片に、ギャリーは全てを理解した。半泣きでこちらを見つめるイヴは年相応の少女の顔をしていて、ギャリーはたまらなくおかしくなる。

 

「イヴ、怪我はない?」

 

「え、怒らないの……?」

 

「ティーカップ一つで腹立てたりしないわよ」

 

 粉々に割れたのは確かにギャリー気に入りのティーカップで、ある画家の抽象画が描かれていたものだ。彼の絵が好きで、わざわざ彼の故郷の美術館で購入したという話を、イヴは覚えていたのだろう。小さくなったイヴに近より、頭を撫でてやる。

 

「いい匂いがするわ。カモミール?」

 

「ん……喉、辛そうだったのに無理させちゃったから。一回、練習で淹れてみようとして」

 

「あら、ありがとうね。じゃあ、割れたの片付けちゃいましょうか?」

 

「大丈夫、私がやるから休んでて」

 

 手伝いを申し出たギャリーの肩を押し、イヴはベッドへ連れ戻す。静かだけれど有無を言わせぬ剣幕にギャリーは静かに従う。キッチンに入られたくない理由に察しがつかないでもなかったし、何より身体はまだ辛い。

 

 ごろりとベッドに横たわりつらつらと考える。イヴに聞きたいことはたくさんあった。例えばどうやって自分をここに連れ帰ったのかとか、少年はどうなったのかとか、手元のデジタル時計は水曜の午前一時を指しているが何故イヴはここにいるのかとか、そもそも昨日も学校があったのではないかとか、尽きぬ疑問にギャリーは溜め息をついた。

 

「ギャリー、寝ちゃった?」

 

「考えることばっかで寝られないわよ」

 

 そのとき、遠慮がちなイヴの声が聞こえた。ベッドから起き上がり扉を開けてやると、案の定彼女は盆を携えている。その上で湯気を立てるトマトリゾットを見て、ギャリーは顔を綻ばせた。思えば長い間水も飲んでいない。空腹と喉の乾きが急に蘇ってきた。

 

「わあ、美味しそう! アタシすっごくお腹空いた! 食べていいの?」

 

「もちろん! 座って座って」

 

 イヴに促され、ギャリーはベッドに腰掛けた。サイドテーブルに盆を置いたイヴが、まずギャリーに水を手渡す。一気にそれを飲み干し、ようやく人心地ついたギャリーはイヴに話しかけた。ベッドサイドに椅子を引き寄せて腰を下ろし、イヴは質問に一つ一つ答えていく。

 

「ね、イヴ。アタシ聞きたいことがたくさんあるんだけど」

 

「うん。今から報告していくね。食べながら聞いてて。……まず、ギャリーをここに運んだのは私。あのあと髪と身体を洗い直して、買ってきて貰った服を一旦着せて車に乗せました。服は寝苦しそうだったからまた着替えさせたけど」

 

「あら……それは大変だったでしょ、ありがとね」

 

「別に平気だよ。ギャリーのこと誰にも触らせたくなかったし。……それから、あの男のことだけど。ギャリーはどうしたい?」

 

「どう、って……」

 

「本当は考えられる限りのあらゆる制裁を加えてやりたい。でも、このことが公になってギャリーが困るなら、取りあえずは放校処分程度で済ませるけど」

 

「そんな、どうやって? 酷い醜聞になるわよ」

 

「それくらいは当たり前。あの人はこっちの社会で死んだも同然だろうけど、足りないくらい。級友が私の写真を山のように集めているのを知ってしまった。それを指摘したら危害を加えられそうになったって先生に泣きついたの」

 

「アンタねぇ……ま、あんな奴とイヴが机並べて勉強してるなんて最悪だし、それもありかしらね」

 

 相槌を打ちながらがつがつ男らしくリゾットを平らげるギャリーに、イヴはタイミングよく水を注いで渡してやる。二人前以上作ったリゾットをぺろりと食べてしまったギャリーにイヴは苦笑した。空になった皿をシンクに下げ、ティーポットとカップを二つ寝室に運ぶ。ティーポットの中身は言うまでもなくカモミールティーだ。カップを両手で包んで香りを楽しむギャリーを見つめ、話を再開する。

 

「私は“級友の自分に対する著しい執着に強いショックと恐怖を受けたため、今週いっぱい自宅療養”することにしました」

 

「アンタね……なに自主休講に体のいい理由つけてんのよ。パパさんとママさんは……そっか、今いらっしゃらないんだっけ?」

 

「うん。お父さんはアフリカに買い付けに行ってて暫く帰ってこない。お母さんは来週半ばまでお友達と旅行。両親不在の自宅ではなく、家族ぐるみの付き合いのある知人の家で過ごしますって先生には言っておいた」

 

「根回しも完璧、女ってコワイわね……療養が必要なのはアタシの方だと思うんだけど」

 

「だよね! だから五日間みっちり看病してあげる!」

 

 紅い目をきらきら輝かせるイヴに、墓穴を掘ったことをギャリーは悟った。ベッドサイドに移ったイヴがギャリーの脇に手を突き身を乗り出す。その肩をぐいと押し返してギャリーは叫んだ。

 

「ちょっと待って! アンタ何考えてるの!?」

 

「初めてはあんなアブノーマルだったけどさ。私たち晴れて恋人同士なんだし、ここは一つちゃんと夜にベッドで、」

 

「そういうのは看病って言わないわよ! 普通“あーんして”でご飯食べさせるとか、汗かいた身体拭いてあげるとか……」

 

「オーケー善処します」

 

「しなくていい!」

 

 二人ごろごろとベッドの上で揉み合って、十分の後漸くギャリーはイヴを蹴り出した。仮にも恋人でかつティーンエイジャーの少女にやることではなかったが、流石にギャリーも必死だ。肩で息をしながら、予想より体力が戻っていたことに感謝する。

 

「とにかく、今週はなし!……そんな顔してもなし! 恋人同士なんだから、焦らなくてもいいじゃない。まずは週末、デートしましょ? アタシ、買い物に行きたいわ」

 

「買い物?」

 

「これからはお客様用のカップは使わせないわよ?」

 

 ぱちくりと瞬きをしたイヴが、ギャリーの言わんとすることを理解して頬を染める。自分の首に齧り付いて、ペアカップ買って、色違いの歯ブラシも買って、ペアグラスも夫婦茶碗も買おう、とはしゃぐイヴにギャリーは笑った。子どものように喜ぶイヴを、これまでとは違い、恋人として愛しく思う。

 

「ねぇギャリー。何にもしないから一緒に寝ちゃダメ?」

 

「もちろんいいわよ。もともとベッドは一つしかないんだから。ソファーからクッション取ってきなさい」

 

「ううん、ギャリーの腕がいい」

 

 

 

 するりとベッドに潜り込んだイヴが、上目遣いでギャリーの右手を軽く引く。ちらりと放置された食器が頭をよぎって、すぐにどうでもよくなりギャリーもベッドに寝転んだ。

 

 邪魔な上掛けは蹴り飛ばして、しっかりと身を寄せあう。お互いの体温に安心して、穏やかな微睡みに降りていく。二人共に見る世界一幸せな夢だって、明日からの日々の前では色褪せてしまうことだろう。

 

 

 

初出:2012/07/27(pixiv)