地下牢にて

 

「ったく、ナメられたもんだぜ……」

 

 苦い呟きはごく小さなものであったつもりだが、冷え切った地下牢には存外響いたようだった。大事ないか、次元。静かな声が頭上から降ってきたのに次元は軽く手を振って答える。ゆるゆると視線を下ろせば殆どつま先立ちになった侍の素足が見えた。どこもかしこも傷だらけだが、中でも爪を失くした右足の親指が痛々しい。

 

「お前こそ、無理やり吊られて酷ぇ有様じゃねぇか」

 

 銃弾がまさしく雨のように降る激戦地を駆け抜けた痩身には、恐ろしいことにただの一つも銃創がなかった。仕込みの一振で鬼神のごとき戦いぶりを見せたこの優男に敵方は大層怯えたらしい。三面を石、残り一面を頑丈な鉄格子で閉ざされたこの房で既に為す術などないだろうに、彼らの不安は拭えなかった。斬鉄剣はもちろん、懐刀や懐中時計に煙管まで奪ったうえ両手首を繋ぎ止めた鎖を思い切り引き上げて。たたらを踏む両足を壁から伸びる短い鎖で固定して、どうあっても侍の動きがもはや自由にはならないことを確認して男たちはやっと去っていった。

 

 一足先にこの場所に放り込まれていた手負いの次元など、出口近くまで歩み寄れる足枷を右足首に嵌められただけだというのに。

 

「……何故。拙者を庇った」

 

 だらしなく足を延ばし座る次元の、左肩を鋭い眼光が射抜いた。闇色のジャケットがそこだけじっとりと色を変えているのを、吊られた男が何か堪えるように睨み据える。傷に響きそうなほどの視線を肩を竦めて次元は躱した。

 

「それを聞いちまうところがボーヤなんだよ、五ェ門」

 

 反駁の言葉よりも早くボルサリーノを引き下ろして目を閉じれば、悔しさにか無力感にか、五ェ門が唇を噛み締めるのが気配でわかった。

 

 

 

***

 

 

 

「じ……ん、じげん……次元!」

 

 潜められた呼び声がそれでも徐々に大きくなっていって、次元は重い瞼を持ち上げた。相変わらずそこは胸が悪くなるような牢獄で、突き放した太い格子たちが視界に飛び込んでくる。惰眠を貪っていた身体がぶるりと震え、五ェ門を睨み上げる目が恨めし気になる。いくつか文句でも言ってやろうと思ったのに、不安を押し殺した瞳に安堵が広がっていく様を見て、次元は言葉を失くしてしまった。気遣わしげな表情が少し緩んで、照れ隠しの早口で五ェ門が呟いた。

 

「その様子なら……相済まぬ。ただ、お主が寒い寒いと唸っていたのでな……」

 

 ついと逸らされたうなじは薄暗い中で仄白く艶めかしく、知らず次元も視線を外していた。気まずさに内ポケットを探って思い出す――タバコもジッポも没収されている。舌打ちを堪えた次元は努めて鷹揚に立ち上がり、部屋の片隅に歩を進めた。

 

「ションベン。寒ぃんだよこの部屋」

 

 続けて用すら足せないこの房の愚痴を独り言つ。物言いたげな五ェ門の表情が手に取るように想像できたから、問われる前に告げておいた。それで疑問は解消されたはずなのに、壁際に放り捨てられていたアルマイトの椀に用を足している間も、食い入る目が次元の背中を貫いていた。すっかり生理的欲求をかなえてやった身体が満足げに震えても、こうも熱っぽく見つめられているのではなんとなく収まりが悪い。身づくろいをすませ嫌味の一つでもと振り返れば、濡れ羽色の瞳は慌てて伏せられた。

 

――そういうことかよ。

 

 一度気づいてしまえば、五ェ門の仕草の全てが“それ”に繋がっていた。血の滲むほどに噛み締められた唇に脂汗の浮いた蒼白な面。指先は自身を縛める鎖に懸命に縋っているし、ゆったりとした袴の下で健気にも合わさった両膝が震えていた。次元がなみなみと満たされた皿を手に取り格子の外の樋にぶちまけると、五ェ門は小さく息を呑んだ。向き直った黒い男が歩み寄るの必死に拒む。

 

「次元……お主、何を考えておる……!!」

 

「人を不埒者扱いしやがって……このままガキみてぇに漏らすよりマシじゃねぇか」

 

 並び立つようにして腰に手を回す。腰ひもを解けば流石に抵抗が激しくなるだろう。そう思い身構えた次元だったが、言葉による拒絶が続くばかりで予想していたほど五ェ門は暴れなかった。それだけ下腹に溜まるものを堪えていたのかもしれない。前垂れを緩めようと褌に手を伸ばすと、罵倒とは違った言葉が零れた。

 

「じげ、ん……次元、後生だから……かようなっ、辱めは……」

 

 決壊は目前に迫っているというのに、死にもの狂いで矜持に喰らいつく五ェ門に次元は苦笑してしまった。ずきずきと痛む左手で下履きから萎えたものを取り出すと、「ひッ!」と引き攣れた声が漏れる。弱々しく震えながら腰をもじつかせる醜態が憐れみを誘っていた。

 

「いいから出しちまえ。袴も褌も小便塗れにする方がよっぽど恥ずかしいだろうが」

 

「や、あッ……くぅっ、」

 

 汗を吸った黒髪が次元の頬を擽る。右手に携えたアルマイトに照準を定めてやっても、五ェ門は一向に用を足そうとしない。視界の端に映る唇はエナメル質に食い千切られて血を溢れさせているのに、どうあっても諦める気はないようだった。紙のように白くなった肌に伝う赤が目に痛い。楽にしてやりたい、苦しみから解放してやりたいという憐憫の情と共に、どうしても屈服させたいという獣じみた劣情が沸き起こった。

 

「わーかったよ。お前さんにゃ負けるぜ」

 

 呆れ声と共に左手を少し緩めてやれば、依怙地になっていた五ェ門もあえかに息を吐いた。針の先ほどの油断を見過ごさず、次元は汗に濡れた首筋を舐め上げた。若鮎のようにびくりと跳ね上がった肢体は、唾液塗れの下で耳たぶをしゃぶられてずるずる弛緩していった。同時に聞こえ始めたはしたない水音が二人の耳を叩く。

 

「い……あっ! くふぅ……うっ……う、」

 

 屈辱と羞恥と隠しようのない恍惚を滲ませた吐息が底冷えする牢に滲みて消えた。あまりにも動物的な本能が収まってくるころには、それは殆ど啜り泣きのようになっていた。最後の一滴まで出し切った雄を、普段次元自身がやっているように軽く振っても、五ェ門はもう何も言わなかった。

 

 忍耐を強いられた身体を思ってやったことだったはずが、結局はやましい思いが先に立ってしまった。ばつの悪さを誤魔化すように器を満たしたものを樋に捨て、振り返った次元は絶句して皿を取り落し固まった。見るなと声を荒げた五ェ門から目が離せない。汗と涙が紅潮した頬を濡らし、潤んだ瞳がいじらしくも次元を睨みつけている。額やうなじに貼りついた黒髪は絹のつややかさで男を誘っていた。白い足が惜しげもなくさらされ、褌から零れたペニスが力なく垂れている。

 

「次元!? お主何をっ、」

 

「ああ……暇つぶしってとこだな」

 

 正面に立ちそっと性器を持ち上げた次元に身を強張らせながらも、あくまで乱れた衣服を整えてくれるのだと信じていた五ェ門は抗わなかった。だからこそ右手が雄に愛撫を施してきたときの驚きは尋常でなく、裏返った情けない声が地下牢中に響いて耳に残る。初めて聞く侍のそんな声に次元は声を上げて笑った。女がらみの気が乗らない仕事に物量任せの敵の群れ、肥溜め以下の牢と続いたところに久々に胸がすく思いさえした。まだ柔らかい竿を勢いよく扱き上げると五ェ門ががむしゃらに腰を振る。悪趣味な行為から逃れようとするその動きが、余計に次元を煽り立てた。

 

「こ、んな、あッ……ところ、でっ……っひぁ!」

 

「へぇ。ここじゃなきゃいいってのか」

 

「ちがっ……! だが、やぁ……やめっ、」

 

 引けていく腰を左手で抱き寄せられたから、そこに臀部を押し付ける姿勢になっている。そんなことにも気が回らずに五ェ門はひたすら拒絶を繰り返した。忙しなく動く目が何を探しているのか、次元にだってわかる。

 

「安心しな。カメラや盗聴器の類はねえ」

 

 先客が言うんだから間違いないだろ、と。吐息だけで雄臭く笑った次元を、僅かに上から五ェ門は見下ろした。黒檀の瞳はいくつもの感情でぐちゃぐちゃで、取り分け怒りのあまり苛烈なほどに輝いていた。悪口雑言のために開かれた唇が目的を果たす前にゆるゆる勃ち上がるものの先端、敏感な場所を覆う皮を一息に引き下ろした。ひゅ、と五ェ門の喉が小さくなって、喉骨を見せつけるように顎が上がる。

 

「いッ、やあぁっ! じげっ……次元、やめ、ろっ……ひいっ!」

 

「やめろでやめちゃあ、オレたちはおまんま食い上げだぜ」

 

 とろとろと先走りを垂れ流す小さな穴をくじるように指先を宛がう。小刻みに尿道口を捏ね回し、充血した亀頭を挟んだ親指と人差し指を擦り合わせるように動かせば、溢れる先走りが濁りととろみを増していく。腹につきそうなほど立派に育ったそれを辿り褌から双珠を引き出すと案の定そこもぱんぱんに張っていた。掌に乗せて揺すりあげているうちに、先ほどとは違う意味で腰が揺れ始めた。

 

「イキてぇんだろ?」

 

「な、にを……このっ、イロキチガイ、め……」

 

 色彩を持つのなら桃色に染まっていそうな吐息交じりの声で、まだ五ェ門は虚勢を張る。先ほど以上に追い詰められて見える瞳が、気丈にも正面切って次元を見返した。その瞳を快楽に染めさせて、かわいらしい強請りの一つも引出したくなるのは長らくあの男の相棒をやっていたからだろうか。若いカウパーに濡れそぼった手にも嫌悪感一つ湧いてこない。指を舐め次元は低く笑った。

 

「イロキチガイときたか……しかし堅物のお前さんだってマス掻きぐれぇするんじゃねぇか」

 

 纏わりつく先走りをじっくりと検分された挙句好き放題なことを言われて、鎖を鳴らして五ェ門は怒鳴った。解放を待ち望む屹立に目をやらなければ、次元でも冷や汗ものの怒りようだった。

 

「ふざけるな……手淫などという汚らわしい真似を拙者がするものか! やめろ、離れろっ、っくぅ!」

 

 曝け出された亀頭は淫水焼けもなく綺麗なもので、清潔に保たれているのがよくわかる。指先で剥き身の場所を辿ると、五ェ門が喘ぎを喉で殺した。

 

「じゃあ風呂の度に剥いて洗ってやってんのか? それもお前さんらしいけどよ」

 

「じげ、んっ……!」

 

 抗議は次元の唇に吸われてしまった。厚ぼったい舌がのたくり込んできても五ェ門にはどうすることもできなかった。質に取られた場所に意地の悪い愛撫が繰り返されては甘ったれた声と唾液が口の端から漏れていく。つま先立ちの足が震え、目の前の男もそうやって立っているのかと、埒もないことを五ェ門は思った。滑り落ちる唾液が鎖骨を濡らして気持ちが悪い。

 

 口づけはねちっこく執拗で、解放されたときには拘束がなければ無様に倒れ込んでいるところだった。狼藉者を斬りつける剣を持たず、殴りつけるための腕すら今は自由にはならない。あまりにも情けない顔だけは不躾な視線から隠したくて、五ェ門は引き上げられた腕に顔を寄せた。熱い吐息を誤魔化そうと袖に強く歯を立てる。次元の右手の中の雄はいまやびくびくと脈打ち、零れた蜜は双珠の袋までしとどに濡らしていた。その流れに遡るように指が竿を上っていくと這い上る快感に鳥肌さえ立った。

 

「こんなにおっ勃てちまって……出してぇよな」

 

 心地のいい低音が腰に響き、ともすれば頷きそうになるのを五ェ門は辛うじて堪えた。やましい思いを追い払うように首を横に振れば、次元は呆気にとられたようだった。なんだよ、気持ちがよくて堪んねぇってツラしてるじゃねぇか、囁かれた言葉の内容が分かっているのかいないのか。自棄になったように五ェ門は頭を振り続けた。濡れた右手で顎を掴まれれば、やはり様々な感情を湛えた目が次元を見返す。今度はすぐに伏せられたそこは少しずつ快楽交じりの苦しみに支配されつつあるようだった。滑り降りた次元の手が着物の中に忍び込み、潤んだ瞳に驚きの色が加わる。「な、何をっ……!」胸板をまさぐるぬるつく手に、嫌悪感も露わに五ェ門が身を捩った。放埓な指がささやかな乳首を探り当て捻り上げた。

 

「いッ……! どこ、を……さわって……んくぅ、っん、」

 

「男でも感じるってのは本当らしいな」

 

「よ、よせ! 気色のっ、わるい……ひぁっ!」

 

 乳輪にめり込むほどそこを押し込まれるのが殊の外感じるようだった。押し付けられた親指をぐにぐにと回しているうちに、指の下の突起がしこってくるのがありありと伝わってきた。あ、あっ、と上がる声が悩ましく濡れている。両方同時に弄り倒してやりたいけれど生憎そこまでは左腕が上がらないので、次元は汗に湿った胸に唇を寄せた。流石に続きを察した五ェ門が拒絶の言葉を口走るのを歯牙にもかけず、反対側の先端を口中にすっぽり引き込んだ。不自由な体を懸命にくねらせる五ェ門の、破れかぶれの抵抗がいじらしい。

 

「や、め……あッ! あ、あぁ……ンっ……!」

 

 押し潰しては爪を立て、摘まんで捏ね繰り回しては強く弾く。ねっとりと舐め上げたもう一方もきつく吸っては舌先で執拗につつき、乳輪まで張ってきたところで歯を立てる。決して快感に慣れさせない巧みな責め苦が、欠片ほど残された五ェ門の矜持を擂り潰して粉みじんにしていく。漲ったままのペニスがうち震え、無意識のうちに腰がもどかしげに揺すられ始めた。唇での責めはそのままに、次元は右手で昂ぶりを掴んだ。慌てて逃げをうつ腰が左手に押し当てられる。

 

「やめ、て……くれッ……あッ、ひィっ! や、やあぁ……」

 

 やめてくれ。ついにこの侍から命令でなく哀願を引き摺りだしたことで、次元はますます楽しくなった。もっと追い込んでやったら今度はどんな恥ずかしいことを口走ってくれるのだろうか。決して絶頂にやらぬよう、蛇の賢しらさと優しさで男の象徴をさすり苛めつける。乳飲み子が母にするように胸の頂を吸い上げた。喉からの叫びが牢に反響し二人を狂わせて毀していく。

 

「ひ、ああッ! 次元っ……! もう、もっ……堪忍し……くれぇ……!」

 

 褌に潜り込んだ手が蟻の門渡りをぎゅうと押したとき、とうとう五ェ門があからさまな泣き声を上げた。ぽってり腫れた乳首から顔を離して見上げれば、白磁の頬は滂沱の涙で無残な有様になっている。そこに至る過程を具に見てやれなかったことだけ、次元はちらと後悔した。

 

「“堪忍”か……五ェ門、オレはお前にどうしてやればいい?」

 

 空とぼけた問いかけに五ェ門が目を瞬く。次いで顔がくしゃりと歪んで一粒だけ涙が零れた。呆けた唇が動きかけて、結ばれる。次元は素直に感心した。拷問官にすら匙を投げさせるだろう強情さがかわいらしくて小憎たらしい。弄ばれ続けていたペニスを解放してやった。次元が手の力を抜くだけで、跳ね上がったそれが腹を叩いた。右手だけホールドアップした状態で一歩、二歩、後ろに下がる。

 

「そうだ、確か離れろってお前さんは言ってたな」

 

 これでいいか、と白々しく尋ねてくる次元に五ェ門はもはや罵倒の言葉すら見つからなかった。ストライプのハンカチに欲望の証が拭われて消えていく。すっかり綺麗になった右手を一瞥し次元が布きれを放り捨てると、ぐしゃぐしゃのそれが辿る軌跡を絶望の面持ちで五ェ門は追った。また涙が頬を伝う。。

 

「なんだよ、違ぇのか……頷いたってわかんねぇよ。じゃあ離れないでほしいのか?」

 

「っ次元……離れないで、くれ……」

 

「よくできました」

 

「ヒっ……!」

 

 乾いた手で勃起を掴まれ五ェ門がか細く呻いた。その声には歓喜の響きすらあったのに、武骨な右手はそれから一向に動こうとはしない。腰を振ろうにも回された左腕にがっちりとホールドされていた。「離れない、それだけでいいのか?」耳を掠める声が全身に染みていく。一度外された箍は嵌め直そうにも使い物にならなくなっていた。

 

「動かし……て、くれ……っあ! あ、んッ、ひあぁっ、」

 

 懇願を受けた右手に擦られ、焦らされた分の快楽に打ちのめされる。熱病に罹ったように痙攣し汗を垂れ流した身体が逐情に向けてひた走り――目に見えた、けれど決して届かない終着の前で足踏みを続けさせられた。髪を振り乱して暴れる五ェ門に、次元は最後の問いを突き付けた。

 

 それから? 五ェ門?

 

 それがただ嬲るだけの言葉だったら、舌を噛み切ってでも拒んでいたかもしれない。だが淫猥な媚を求める次元の声も、欲に溺れ余裕をなくした雄のもので。そこに燻る熱情こそが、徹底的に五ェ門を崩す最後の藁だった。

 

「滅茶苦茶に扱き上げてくれっ……お主の手で、果てたい……!」

 

 ぼろぼろ泣いてしゃくり上げながら乞われ、滾ったものを押し当てられる。怒りにさえ似ている激情に追い立てられて次元は五ェ門を責め立てた。皮ごと亀頭を擦って苛め、脈打つ先端に爪まで立てた。痛まないはずがないだろうに、それすらイイのか五ェ門は泣いて啼いた。

 

「ひっ……あ、くぅっ! あ、やあぁ……あ、あっ、っんうぅーっ!」

 

 反響する喘ぎに酔いしれながらも、ふとその声すらも独占したくなった。唇を塞いでやれば息苦しさに五ェ門の顔が歪む。戦いでどこか痛めたのか、背伸びをした脹脛がじくじく痛んだ。何がおかしいのかわからないがとにかく笑いたくなって、その代わりに口内を跳ねている舌に自分のそれを絡めた。五ェ門ほどではないのだろうが、酸欠で息が上がり視界が歪む。

 

 子種を搾り取るように根本から扱いた瞬間、呆気なく五ェ門は射精した。絶叫にも似た悦楽の声が二人の中にだけ広がって消える。次元にとって幸いなことにぶちまけられた精液が汚したのは大体が五ェ門の褌やら晒やらだった。顔を離し後ずされば、がくりと項垂れた五ェ門はほとんど意識を手放しかけている。焦点の合わない目は虚ろで、口枷を失くした唇からは唾液が垂れて床に落ちた。余韻に時折身体が跳ね、その度に小さく鎖が鳴る。

 

「あ、あー……」

 

 何もかもがどうしようもなく拙かったが、それについてあれこれと考えを巡らせることが出来るほど次元も冷静ではなかった。ヤリすぎたとか、もうすぐお宝抱えたルパンが来るだろうに気絶は困るなとか、これからどう五ェ門と付き合うべきかとか、むしろ殺される前に逃げるかとか、何を考えても最終的にはとりあえず抜きたいという本能に帰結する。

 

 素股くらいできるだろう、と最低な結論が下される直前に非常ベルががなり立てた。侵入者だ、即ちルパンがここに来る! 正気に戻ったのは次元だけではない。

 

「次元、早くこれをなんとかしろ!」

 

 あの前後不覚な様はどこへやら、鬼の形相で怒鳴る五ェ門に次元は思わず飛び上がった。ぐしょ濡れの性器とついでに自分の手を前垂れで拭き、酷い罵られ方をしながら袴をつけ直す。ハンカチを拾いポケットにしまい、「寄るなケダモノ! 人非人め!」という声と視線に追い立てられて次元は鉄格子の前に立った。

 

 

 

***

 

 

 

「……はーいお待たせ、次元ちゃんに五ェ門ちゃん……なんでお前らそんなに離れてんだ?」

 

 訝しげなルパンが縛めを解いていく間も、二人は石のように押し黙ったままだった。普段なら散々な嫌味や怒声の待ち受けているところがこんなに静かだと、嵐の前のようで薄気味悪い。五ェ門の具合も気にかかる。明らかに泣いた後の目に不自然に汗ばんだ上体、適当に穿かせたようにしか見えない袴。案の定鎖という支えを失った身体はルパンの腕の中に倒れ込んできた。悪臭のデパートのようなこの場所でも、嗅ぎ慣れた臭い――それも今しがた済ませたような――が鼻をついて、神をも恐れぬ大怪盗は泣きたくなった。珍しく「察しました」と能弁に顔に出してしまったルパンに、五ェ門の怒りが炸裂した。

 

「お主が遅いのが何もかもいけないのだろうが!」

 

 振り下ろされた右手の力はいつもとは比べるべくもなかったが、それでもやはり痛いものは痛い。半泣きのルパンにそのまま二撃目を繰り出そうとして、いやに身軽な彼の装備に五ェ門は目を留めた。

 

「……大航海時代の海図やら羅針盤やら天球図やらはどうした」

 

「いやね、違うのアレよ? つまり不二子のヤツがさぁ、」

 

「あぁ!? あの女を逃がすためにオレたちは戦って、そのせいでとっ捕まったんじゃねぇか!!」

 

 普段ならあり得ない悪手だった。烈火のごとく怒り出したのは五ェ門だけではなく、だんまりを決め込んでいた次元までルパンと不二子を悪しざまにこき下ろし始めた。手の付けようがないほどにヒートアップした二人のがなり声の合間に、ルパンだけが微かに追手の声を聞いた。

 

「とーにかく今はずらかるぞ!」

 

 五ェ門とついでに次元も肩に担ぐ。まだ話は終わっていないと異口同音に喚く二人は警報機も同然で、次々と敵が現れては追いかけてくる。その度踵を打ち鳴らし、差し歯を吐き捨てて煙に巻き、愛車のもとまでルパンは駆けた。

 

 ガンマンの下半身のリボルバーが背中に存在を主張している。サムライの下半身の斬鉄剣のあたりが何となく湿っている気がする。

 

 本気で、初めて「当面不二子とは組むまい」と、ルパン三世は心に誓った。

 

 

 

初出:2013/12/17(旧サイト)