K点

 

――ったく、明日は雨でも降るんじゃあねえか。ぐってりと力なく床に臥した侍に次元はそう独り言ちた。

 

 

 

 どうやら五ェ門の様子がおかしい。今朝の和食――わざわざ輸入食品店で買い揃えてきた食材で作ったものだ――を残した時点で訝っていたが、食後の日課とやらに取り組み始めた侍を見て、次元の疑惑は確信に変わった。

 

 庭で素振りをする五ェ門の、厚い防弾ガラス越しのリビングからでもわかるブレた切っ先。無理やり腕を掴んで寝具に引きずり込めば、やはり触れた身体は恐ろしく熱かった。かたじけない。そう呟く声もどこか弱く頼りない。

 

「……すまぬ次元。鍛錬に励み病魔を追い出そうと思ったのだが、」

「五ェ門。こういうときお前さんにできることは二つだけだ。薬を飲んで、さっさと寝てくれ」

「うむ……」

 

 こんな大都会のど真ん中で自然派のこの仲間が所望する煎じ薬の材料が集まるはずもなく、次元は半ば強引に白い錠剤を押し付けた。相当に渋った五ェ門にある提案をすると唯々諾々と従うのが小憎らしい。

 

「別にいいんだぜ? 口移しで飲ませてやっても、あるいは座薬でも入れてやっても」

「うるさい……このっ、痴れ……も、」

 

 罵りの言葉も言い切らぬうちに、ひゅっと喉が鳴って五ェ門が激しく咳き込んだ。二つ折りに小さくなった痩身はとてもミサイルを叩き斬る男のものとは思えない。次元がそっと背中をさすれば夜着は既にじっとり汗ばんでいて、さぞかし不快だろうと思えた。

 

「馬鹿なこと言ってねえで横になってろ。今身体拭くもん持ってきてやるから」

 

 自分が馬鹿なことを言ったのは棚に上げる。咳の余韻と高熱でいよいよ涙さえ浮かべている五ェ門を布団に横にさせると、次元は足早に部屋を後にした。室外に一歩出て襖を閉めたところで、決してそそられたりなどしていないと自身に強く言い聞かせる。万が一間違いが起こってしまえば、侍の快気の折には有難くない事態が待ち受けているだろう。刀の錆になるのは御免だった。

 

 それにまあ、実際気の毒になるほどの弱りようだったと次元は思う。五ェ門の現状がいくら媚態に見えようと、あれを手籠めにすると神経はいくらなんでも持ち合わせていたくない。

 

 次の仕事は一週間後。ルパンは今朝方不二子のもとに転がり込んだ。暫くは病人の世話と腹を決め、次元は足音を忍ばせて浴室に向かっていった。

 

 

 

***

 

 

 

 盥に熱めの湯を張り中に手ぬぐいを泳がせる。昼食にはたまご粥でも作ってやるかと考えながら浴室の扉に手をかけたところで、内開きのそれが盛大に開かれた。

 

「次元……!」

 

 ぐぇ、とかぐゎ、とか、とにかく潰れた蛙のような声を次元はあげたらしい。戸に打ち付けられた額は痛いし湯のかかった腰から下は熱いしで、何故扉が襲いかかって来たかなど考える余裕もないまま悶絶させられる。

 

「次元、貴様……! 拙者に何を飲ませたッ!?」

 

 状況も把握し切らない内に怒気を孕む声が降ってきて、額を覆う前髪を掴みあげられた。絶対にそこは赤くなっているし、どこかにすっ飛んだ帽子もひしゃげただろう。それに次元が文句をつける間もなく、闖入者の手がシャツの襟ぐりを引いては揺すり立てるものだから、目の前に星が飛んでいた視界がさらに歪んで気持ち悪い。

 

「答えろ! 拙者に何を飲ませたと、」

「な、なっ、何って……風邪薬じゃねえか。お前も瓶から出すの、」

「ふざけるな!」

 

 がくがく揺さぶられるどころか今度はそのまま首を締められた。ボタンダウンのシャツは犠牲となったものの、だがその手に籠められた力は常と程遠い。

 

 ようやく、次元にもまともな思考力が返ってきた。乱心中の五ェ門に対する怒りはない。ふつふつと湧き上がって来たものは憤怒にどこか似ていたが、それよりもずっと意地の悪いものだった。

 

「風邪薬、だと……? これがっ……こ、こんな……ひッ!?」

「……ああ、こりゃあ確かに苦しそうだ」

「よせっ……触る、な……あ、んっ、」

 

 裾を割った手でじっとりと吸い付く肌を辿り、褌と着流しを持ち上げるものにそっと触れる。早くもぱんぱんに張り詰めていた場所は、次元が下着越しに撫でるだけで嬉しげに露を垂れ零した。力を失くした五ェ門の手が肩口に縋るだけになるまでそう時間はかからない。ぐしょぐしょの先端を布ごと揉み込むと、侍の喘ぎは殆ど泣き声のようになった。

 

「んうッ! う、くぅ……よせとっ、」

「なんだよ、楽にしてもらいたくて駆け込んできたんじゃあねえのか」

「そ……な……わけ、ッひぃ!」

「ほら、抜いてやるから逃げんな」

 

 いらん、やめろと暴れる身体を抑えるのは容易かった。前垂れを緩め、質に取った昂りを直接指で慰めてやれば、次元を突き放そうともがき始めた腕はあっという間に脱力する。何が性に淡白な侍をここまで追い立てたかは知らないが、逐情を果たさないことには静かに休むこともままならないだろう。“治療”を施す無骨な指が何度も裏筋を擦る。

 

 声を堪えようとしたばかりに、きゅうう、と五ェ門の喉が弱々しく鳴った。更に紅潮した頬に唇を押し当ててから、次元は熱っぽい耳殻にねっとりと舌を這わせて笑った。恋人の情欲にあてられた声は低く艶めいたものになり、耳にした五ェ門をますますとろかしておかしくしていく。

 

「辛いんだろ? 一度出しちまえ、すっきりするから」

「はぁっ、あ……んうぅっ!」

 

 後退りして逃れようとする熱い身体を横抱きに捕える。立て膝に退路を奪われ、剥き身の場所をくじるように弄られて、五ェ門はあっさりと欲を吐き出した。熱に浮かされ、訳もわからず腰を跳ねあげるほどに感じ入っていても声を上げるのは屈辱らしい。咄嗟に口元に持っていった左手に噛み傷がついて痛々しい。

 

 はあああ、と細く長く嘆息し呼吸を整えようと試みても、雄の部分が再び兆し出したことは隠しようもなかった。それを白濁塗れの掌で感じた次元が流石に驚き目を丸くする。どう考えたって早すぎる。駄々っ子のように頭を振る五ェ門は、過ぎた快感に怯えているようだった。隠せない震えは性の悦び故だけではない。

 

「は……何故っ……こん、なっ……!?」

「ま、原因は後で考えるしかねえだろ」

 

 熱は上がり切らねば快方へ向かわない。西洋の薬などで無理やり抑え込むなどもっての外。それが感冒に対する侍の見解だった。ならば今回の不可解な熱だって高め切って追い出すだけだ。そう空とぼけた次元に抱え上げられて、五ェ門は必死になって暴れまくった。帽子がないせいでガンマンは喜色の笑み――侍からしたら不穏なにやけ顔だ――が隠せていない。全身に熱が籠り燻っている状態で、これ以上追い立てられたらどうなるか予想すらできなかった。

 

「もっ、もういいだろう! 拙者は部屋に戻ってやす、っあ、」

「休めるのか? この身体で?」

「ひあっ! ん、うぅっ……」

 

 飲み込むことすらできずに顎から首筋をとろりと濡らした唾液を次元が舐めとれば、それだけで懸命の抵抗も虚しくなる。自室の扉を蹴り飛ばすようにして開け、寝台に横たえた五ェ門を一つ深呼吸して次元は見下ろした。着流しは乱れに乱れて右肩は完全に露わになっているし、緩められただけの褌からは勃ちあがった雄が零れてびくついている。欲情しきった身体は不躾な視線に対し余りにも無防備だった。

 

「っや……見るな……!」

 

 肉食の獣を思わせる獰猛な目つきから、どうにかして五ェ門は身を庇おうと奮闘を始めた。美しい筋肉のついた胸が上下して呼吸に震える。その様すら次元を誘い煽り立てている今となっては何もかもが無駄なのだけれど、いつまで経っても侍はそういう所に疎かった。

 

「っや……じげ、ん……どこをっ、あぅっ……っん!」

 

 今もそうだ。発熱と快楽でじっとりと濡れる腋窩を丹念に舐めあげる。その行為によって自身がはち切れそうなほどに次元が興奮を覚えているなどと思いもよらない五ェ門の困惑はいじらしい。体毛の薄い恋人だが、そこや滾りの周辺には黒く硬い毛が生えていないわけではない。それを根元から梳くように舌で撫でれば、万歳をするように抑え込まれた腕が抵抗に震えた。

 

 精一杯力を籠めようとしているのはよくわかる。だが脇から二の腕の筋肉を舌が辿り、そこを食んではまた腋窩に戻っていく。その執拗な愛撫の前には何もかもが徒労に終わった。鍛錬を中断されたまま床に押し込まれ、感冒と快感の熱に狂わされた身体はさぞかし汗をかいているだろう。

 

「んぁっ、やめろ……! じげんっ、後生だから……っく、う……」

 

 一際濡れていそうな場所をしゃぶり尽くされ、拒む声にはいよいよ羞恥の涙さえ滲んでいた。湯浴みの前に交わることを決して許さない五ェ門だから、身を焼く恥辱は凄まじいに違いない。少しばかり気が咎めて唇を離す。組み敷いた身体が安堵に緩んだところで、そのまま乳首にむしゃぶりついた。

 

「ひィあぁっ! あ、んぅっ……やっ、やあぁ……!」

 

 拇指頭の半分もないささやかな乳輪ごと吸い上げて、舌先と歯茎で押し潰す。歯を立てるのよりも粗い感覚がいいのか、こうしてやると侍はいつも酷く善がって身悶えた。反対側も放置してはかわいそうだから、引き伸ばしては強く捏ねる。仰け反った上体が次元に擦り寄って愛撫をせがんだ。

 

「いっ、やぁっ……! ひィっ、んぅ……うっ……」

 

 一方は親指と人差し指で思い切りすり潰し、もう一方は根元を甘噛みしながら先端を舌で突き回す。肩を押したり髪を引いたりする幼い抵抗すらできなくなって、五ェ門は枕を抱いて紅潮した顔を隠した。ぐすぐすと鼻を啜っては噎せ返り、柔らかい羽毛の中に喘ぎを沈ませていく。きつく枕を抱え込むのは、手が下肢に伸びぬようにするためでもあるのかもしれない。どこに触れられても感じるようになった身体が、溜め込んだ欲に狂わされて震えていた。

 

「……五ェ門、どうしたい」

 

 五ェ門からあっさりと寄る辺を奪い取り、伸び上がって真上から覗き込む。次元のシャツに擦り寄ってくる滾りは、すぐにでもまき散らしそうなほどに昂ぶってひくついていた。一枚のすべらかな布越しに犯されているような感覚は次元にとっても初めてのものだ。痴態に煽られた身体は、原因を貪り尽くしてしまわねば収まりがつかないものになっている。

 

 唾液に滑る唇が幾度も開かれては閉じられる。がさついた掌に肢体を這い回られて、涙を浮かべながら五ェ門は耐えたけれど、小さな抵抗は結局のところすぐに霧散した。しこった乳首を痛いほどに縊りあげられて、悦びの声と共に哀願が溢れ出した。

 

「ひぁッ! ちがっ、もう……挿れてくれっ……!!」

 

 そこはもう嫌だと哀れっぽく拒む五ェ門が、ついに恋人の慈悲をねだる。その言葉を口にしてしまい箍が外れたのか、我を忘れた身体が次元を押し倒しスーツのベルトを抜き取った。どこにそんな力があったのかと呆れたものの、五ェ門の好きなようにさせてみることにした。戦慄く腕が先ほど湯を浴びたスラックスを引き下ろせずに困惑するのを見て、次元は胸の内でひっそりと笑っている。肌にぴったりと貼りついたそれは、着ている者の協力があっても剥ぐのに少し手間がかかるだろう。

 

 少しは手伝ってやるかと腰を浮かせたところで、荒々しい舌打ちが一つ聞こえた。珍しい仕草に驚くよりも早く、次元は再び寝台に身体を沈めさせられていた。寛げられただけの場所に蕩けた肉が押し当てられる。今さらになって慌てても遅かった。

 

「っおい、ごえも……」

「や、かましいっ、ん、あっ、」

 

 先走りに濡れた窄まりは既に十分に解けていて、ずるりと先端を咥えてしまった。高熱に浮かされた肉は次元の昂りを舐め溶かさんとばかりに蠢き、快楽を齎すものにむしゃぶりつく。時間をかけながら全てを飲み込もうとしたのに、最も張り出した場所に敏感な場所を抉られて、がくりと全身の力が萎えた。

 

「いッ、あ……やぁああっ!!」

 

 そのまま一息に貫かれ、忘我のうちに五ェ門は二度目の精を放っていた。びゅるびゅると吐き散らかした雫がそこかしこに散って、弛緩した身体は恋人の上に倒れ込もうとするが、それ以上の勝手を次元は赦さなかった。このまま腰を抑え込んで奉仕を強要するのもいい。けれど今は、恣にこの男を貪りつくしたい。

 

「え、あ……次元?」

 

 視界が回ったかと思えば寝台に背をつけていて、五ェ門は焦点の合わぬ目を瞬かせた。次元と繋がった場所が余韻でひくひくと震える。そこで確かに存在を主張するものは、いまだ熱を溜め込んだままだった。滾りが引き抜かれるのに、蕩けた肉が追い縋る。それを五ェ門が自覚するかしないかのところで、再び最奥まで貫かれていた。

 

「ひあッ、あ……!」

 

 仰け反って引き絞られた喉から、行き過ぎた快楽への苦悶の声があがる。咄嗟に拒もうと持ち上げていた腕があっさりと役目を放棄して宙を掻いた。抽挿の度に短い喘ぎが勝手に零れて、けれどそれを恥じる余裕はどこにもなかった。前立腺を擦り上げるられながら執拗に中を穿たれ、飲み下せない唾液に五ェ門は咳き込んだ。下生えがあたるほどに深く貫いたままの次元が動きを止める。

 

「じ、げん……」

 

 荒い息を整えることもままならず、これが己のそれかと心底呆れるか細い声が次元を呼んだ。じくじく疼く場所は荒々しい蹂躙を欲していて、けれど逐情を果たした理性は浅ましい肉欲をどうにも受け入れ切れなくて、再び顔を隠し五ェ門は頑是無く頭を振った。腰がもじつくのを留めようとすれば、咥え込んだ肉を生々しく感じ余計に辛い。厚ぼったい前髪の奥の眼が痴態を見下ろしているのだと思うと、視線に射抜かれたところが痺れるようだった。

 

 自ら男を咥え込みここまで曝け出して、何もかも貪られておいて最後の最後で意地を張る五ェ門がたまらなく愛おしい。きゅうきゅうと次元にむしゃぶりついて愛撫を強請る身体をあちこち欠けてひびが入った理性が懸命に叱咤して、責めて、どうにか体裁を取り繕おうとしている。泣きべそを隠した二の腕の下、赤らんだ頬に涙がつうっと伝って見えて、先に考えることを放棄したのは次元のほうだった。

 

「五ェ門、顔見せろ」

「よ、よせッ! ひぁ、んぅっ……!」

 

 抵抗などないに等しい。容易く両の腕を纏めながら再び穿ちはじめる。欲望のままに蹂躙していく場所から響く淫らな水音に聴覚まで犯されて、今度こそ五ェ門は隠せない泣き顔を次元にすべて晒すこととなった。甘ったるい己の嬌声が寄る辺だったはずの理性をついに見る影もなく打ち毀す。より深い悦びを求める身体が侵略者に媚を振り撒いて乱れる。羞恥ではなく、快楽に五ェ門は全身を震わせた。寄せられた唇に自ら答え、無我夢中で舌を擦り合わせる。

 

「ん……うぅっ、ん……!」

 

 腕の拘束をそっと離す。去っていく腕に追い縋って絡みつくのは、指先を美しく彩られた白魚の手ではない。それでも次元にはこの、節くれだった男の手が――そしてそれが逃れられない快楽に小突き回された挙句その元凶にしがみ付くのが――気が狂いそうになるほど愛おしかった。鼻に抜けた甘ったるい声もたまらなくそそるけれど、気をやる瞬間のあられもない嬌声を聞きたくなる。

 

「ふあぁぁぁッ! んくぅっ、う……もうっ、やめ、」

「ほら、意地はってねぇでいっちまえ」

「いや、だぁっ……! あっあ、あ、ひぁっ、やぁあッああっ!!」

 

 常のように敷布や次元の肩口を噛み締めて、或いは手で口を塞いで喘ぎを殺すこともできず、三度目の高みへと押し上げられていた。

 

 

 

***

 

 

 

 お互いに何度放ったかわからない。酷く発情――としか言いようがない――していた五ェ門はともかく、その痴態にあてられて自分まで興奮し通しだったのだから世話はない。

 

「う、くぅ……うぅっ、」

 

 それなのに。苦笑して視線を下ろせば、殆ど啜り泣きに近い声を時折漏らしながら放心している恋人の姿にまたも煽られる。必要な分緩めただけの褌に殆ど解けた帯、汗ばむ肢体に貼りつく夜着。しどけなく開いた足の間を濡らすのは確かに自分が吐き出したものだ。行為の余韻にひくつく後孔に、次元は指を突き立てた。

 

「ひッ! や、め……もう、無理だっ……!」

「風邪引いた上に腹までくだしてぇのか」

 

 いや、いやと身をくねらせる様も堪らなく淫靡で、五ェ門が抗いたいのだとすれば役に立たないどころか逆効果でしかない。指の届く限り奥をまさぐっては引き抜けば白濁が絡み付いてくる。処理の度に艶めいた啼き声を上げる五ェ門に悪戯心が芽生え、精液塗れの陰茎に次元は手を伸ばした。達したばかりで敏感な亀頭を捏ねられ、恋人がじたばたと暴れ出す。抵抗にもならない重ったるい動きなど気にも留めず、さらに意地悪く、ひたすらにそこだけを苛める。

 

「さ、わるなぁ……ひあっ、あ……んぅっ!」

 

 喘ぎ交じりの涙声を上げ、次元の腕に爪さえ立てて拒む必死さがどうにもいじらしくてますます追い詰めて啼かせたくなる。次元は自分自身の思いがけない性質にちょっとばかり驚いた。泣いて嫌がるのをいじめてめちゃくちゃにしたいなんて、それなりに女を抱いたことはあれ、そんな悪趣味なセックスはしてこなかった筈だ。もちろん五ェ門のことだって、こんなに泣くほど酷く抱いたことは――後が怖いし――ない。

 

 むりだ、やめろ、よせ、はなせ、いやだ、いやだ。小さな子どものように一語だけの否定を繰り返す侍がかわいそうでなおのこと煽られる。無理やり身を起こさせた五ェ門を後ろから抱きすくめて。もう出ない、とうわ言のように五ェ門が口にしているのを耳にしても、そこを捏ね繰ることをやめなかった。あらゆる武器を操る手は肉厚で、けれど胼胝や古傷の跡で硬い。そんな武骨な荒くれの掌で快楽に恭順な場所を弄り回されてまともに抗える五ェ門ではない。舌っ足らずな泣き声が次元の耳を擽って思考を狂わせて、先端を苛める手つきをますます執拗なものにしていった。

 

「ひぁっ、あ……く、るッ……!」

 

 口走った言葉の意味を理解していたのかいないのか。その宣言どおり快楽の波に浚われて五ェ門は完全に恐慌状態に陥っていた。大きく仰け反っては激しく頭を振って暴れる痩身を押さえ込もうとした次元の指先が、充血した先端を強く抉ったとき。

 

 「ひッ――!?」

 

 一瞬、五ェ門の抵抗がぴたりと止んだ。

 

 その次の瞬間、次元の手や寝台をしとどに濡らしていたのは白濁ではなかった。

 

「ひィぃっ、あっ、いやっ、だぁッ……! なぁっ、な……にッ……!?」

 

 精液よりも遥かに多いその透明な液体はどちらかというと尿に似ていて、常ならば侍の自尊心を粉々に打ち砕いたことだろう。けれどいまだ張り詰めた雄から女のように潮を吐き散らしている五ェ門はそれどころではないようだった。

 

「あっあっあ、ひぁっ、う……やぁッああぁあ!」

 

 膣奥に放つかのように腰をかくかく振っては突き上げる。足の五指がシーツを引き寄せては蹴り飛ばす。しなやかな筋肉に覆われた下腹がびくびくと痙攣しうねり、内股は小用を堪える少女のように擦り合わされる。潮が噴出すのに合わせて嬌声が飛び出しては途切れ、次元の部屋に響いた。

 

「うあ、あ……」

 

 ようやく衝動が収まっていく中で、あまりにも惨めな泣き顔を晒したまま、五ェ門はゆっくりと意識を飛ばしていた。

 

 

 

***

 

 

 

 喉が渇いた。伏したまま僅かな身動ぎすらしない五ェ門はともかく、次元の頭の中は何か飲むもののことでいっぱいだった。腹立たしいことにミネラルウォーターすら入っていなかった冷蔵庫に悪態をつきながら、流しの下に転がっていたエールを呷る。生ぬるいはずのそれが妙に冷たく感じられて、情事のあとの身体が震えた。

 

「しかしなんだってアイツはあんなに盛っちまったんだろうな」

 

 ついでに戸棚の薬瓶をもう一度出し、矯めつ眇めつ眺めまわす。ふと次元は、瓶の中に二種類の錠剤が入っていることに気が付いた。思い出したのは過日――と言っても以前このアジトに滞在したときだから、優に一年以上前だ――のルパンの言葉だった。

 

――いーのいーの、どうせ効能は同じなんだから。ちいっとばかし強いだけで。

 

 市販の風邪薬が底を尽きそうだからと、自作の丸薬をじゃらじゃらと瓶に詰めていた相棒の姿がまざまざ浮かんでくる。その雑さを咎める言葉を気にも留めず研究室へと踵を返すルパンは、こうも続けていなかったか。

 

――効き目がかなーりアレだから、飲む前後はコーヒー控えろよ。

 

 コーヒーを摂取するな。ある種の薬とカフェインは飲み合わせがよろしくないことは次元だって知っている。ましてやルパン手製のわけのわからないそれとなればなおさらそういった点に留意しておくべきだろう。普段薬に頼らない生活をしている者は特に。

 

 だが。あの侍はコーヒーだの紅茶だのと言った小洒落た――本人の弁であり、ルパンも次元も不二子も恐らく銭形でさえもそうは思っていない――飲み物を好む質ではない。今朝だって気に入りの湯飲みをルパンが割ったとかで、ぷりぷりと腹を立てながら茶を啜っていた。

 

「あれ、か……!!」

 

 そこまで思い返してようやく合点がいって、次元は一人膝を打った。ご機嫌取りのためにルパンが買い込んできた品々の中にあった桐箱入りの玉露。そしてそれを大型のカフェオレボウルに淹れて数杯飲んでいた五ェ門の姿が思い出される。

 

「全部ルパンがわりぃ……ってことには、ならねえだろうなあ……」

 

 何もかも責任転嫁するには、色々とやらかしすぎた自覚はあった。

 

 

 

***

 

 

 

 浴室に放置していた盥と手拭いを再び持ち出して、ぐってりと脱力した全身をすっかり拭いてナイトガウンを着せてやる。扉やら襖やらを足で開け、布団に身体を横たえてやっても、五ェ門の意識は深く沈んだままだった。白皙のかんばせの、そこだけ赤くなって腫れた目元が痛々しい。

 

「ん……?」

 

 ついと手をやればやはりじくじくと熱を持っている。つまりは、先ほどまでの高熱はすっかり鳴りを潜めていた。それが大変喜ばしく、背筋が凍るほど恐ろしい。明朝のことを思うと鳥肌が立って悪寒が止まない。逃げたい気さえしたが仕事を思うとそうもいかないし、翌朝までの安眠すら様々な液体に濡れたベッドでは保障されていなかった。

 

「……ま、なるようになるだろ」

 

 頭を振って頭痛の種を払い捨てる。俺たちは所詮その日暮らしの裏稼業。正直に言うと最早食欲すら湧かないが、明日のことは明日の風が決めるさと考えることを放棄して、次元はリビングの定位置でさっさと眠りにつくことにした。

 

 あくる朝は早い。

 

 翌朝病床と懇ろだったのは五ェ門ではなかった。高熱から白濁から病原菌まで、何もかも奪われ尽くした侍は全快し、いつも通りの日課を終えてからやっと、呻き声が漏れ聞こえるリビングを覗き込んだ。

 

「どうした次元」

 

 聞く者の胸を締め付ける哀切極まりないその声も、何ら心を揺さぶることはない。ソファーに横たわり、大汗をかいて唸る次元にはいっそ胸の空く思いがする。見下ろす視線に気がついたのか、病人がゆっくりと瞼を持ち上げた。随分と時間をかけて五ェ門に焦点を合わせると、のろのろと緩慢な動作で逃げ出そうと試みた。

 

「無理をするな。身体が辛いのだろう?」

 

 あんまりねっとりと優しい声が出たものだから、五ェ門は自分でも驚いた。続く言葉も、横板に雨垂れと揶揄される己の口からとはとても思えない。

 

 そうかそうか拙者の風邪が移ったのだな昨日は随分と面倒をかけてしまったからな済まぬことをしたせめてもの詫びに今日は拙者がお主を手厚く世話してやるなに心配するな身体が弱っているときはお互い様ではないかそうだな次元お主も一人ではさぞ心細いことだろうそうだろう次元相分かったまずは薬だなそうであろう次元。

 

 死んだ目で僅かに、本当に僅かに頷いたガンマンを後目に、五ェ門は袂から何やら小さな箱を取り出した。熱に霞む目を懸命に凝らしそれを補足した次元は、今度こそ血相を変えて逃げようとする。そうしてソファーから落ちた熱い身体を、侍の逞しい腕が抱き留めた。

 

「ごッ、えも……おまえ、そっちの、」

「安心しろ。拙者もお主の汚い尻なぞに興味はないが……どうしてもお主が看病を所望するのだから仕方あるまい」

「な、な……!?」

「喜べ次元大介。他ならぬお主のために拙者、恥を忍んで買ってきてやったぞ」

 

 抗う間もなくモスグリーンの寝衣といつものブリーフを剥がれる。凄惨な笑みを浮かべた五ェ門の手の中にあるのは、確かに薬だった。剣技に明け暮れた男の手指が、次元自身すら見たことのない場所を弄る。

 

「いやだーっ! 俺にそういうシュミはねぇッ!!」

「拙者にもないと申しておる」

 

 これはただの“手厚い看病”だろう、恋人――こんなタイミングで言ってほしくなかった――手ずからの。爽やかな笑い顔に風邪のせいでなく凍りついた。あっさりとハードボイルドなガンマンを廃業した次元の赤子のような暴れようを見て、五ェ門は朗々と声を上げて笑ったのだった。

 

「やだやだと子どものように喚くがな……お主の下の口はもう拙者を受け入れているではないか」

「安いAVみてぇなこといってんじゃねぇーっ! やめろっ、い……やだッ! ナカで出すなぁっ……!!」

 

 まさに自分こそアダルトビデオの女優のようなことを口走ったことに気が付いて、羞恥のあまり次元はこのまま死にたくなった。その恥辱に震える姿を見て腹を抱えて笑う恋人が憎い。

 

 最低最悪の意趣返しをされた次元は、全方位を呪いながら丸三日、ソファーに臥せっているよりほかなかった。

 

初出:2014/10/16

(ほしかわゆうりはアニメ新シリーズを全力で応援しています!)