※牛乳とチョコレート色をした何かの話
※重要! うんちとかうんことかクソとか大便みたいな言葉で嫌な予感がした人は読まないでください。
※ロス←シュラ前提モブ雑兵×シュラのようなもの
磨羯宮様が聖域にいらっしゃる前に酷い環境のところに捨て置かれていたというのは、聖域に住まう者の間では常識だった。というより、ここに来たときの、枯れ枝のように痩せ細って、肌から髪から着ているものまで全部ボロボロのガサガサのグチャグチャの子供を見ていた者ならば誰だって知っている――まさかそのボロ切れと一体化して見える惨めな浮浪児が、一年後には聖衣を賜るに至るなどとはその時は誰も知らなかったけれど。
シュラと名付けられた候補生がめきめき頭角を現し聖域第十の宮の守護者になったその春、“彼”は訓練生となってちょうど四年目を迎えた。来年までに聖衣に選ばれることが出来なければ彼に残された道は2つ。
逃げて殺されるか、雑兵という名の使い捨ての駒になるか。
勿論それまでの間に死んでしまう可能性も十分にあったのだけれど、幸か不幸か“彼”は生き延び、そして聖域の捨て石になった。
聖戦で真っ先に死ぬ覚悟が出来る前に。
何故か討たれて死んだのは人望厚き射手座の聖闘士で。
その誅殺を果たしたのが、あの、瘦せぎすでここへ連れてこられた子供だった。
***
――逆賊に天誅を下した磨羯宮様は、けれど何か塞ぎ込んでおられる。
――無理もない。畏れ多くも女神の弑虐を試みた大罪人とはいえ、山羊座様はあの男を慕っていらっしゃったのだから。
そんな囁きが漏れ聞こえていたのも最初の一週間程度だった。研ぎ澄まされた殺気と言葉にしようもない複雑な感傷を綯い交ぜにした懊悩の表情もすぐに失せ、山羊座の少年は今や淡々と日々の任務をこなしている。
冴えた眼差し。鋭さを増した小宇宙は今日も清廉で輝かしい。
その心身の強さを讃える声を聞き流しながら、“彼”だけは新たな聖域の英雄を他とは違う目で眺めていた。
両の手の指で数えるに足る年齢の少年は、頬に僅かな幼さを残すばかり。
滑らかな肌が日に日にくすみ蒼ざめているのに、何故誰も気がつかない。
立っているだけでも玉のような汗が吹き出しては肌を濡らす。休みをつまらぬ用事を済ますのに費やしてしまった青年は、人気のない道をだらだらと緩慢に歩いていた。腕に抱えた紙袋が見る間に湿って気持ち悪い。それが破れないように祈りながら進む道には人っ子一人いなかった。
この時間なら訓練生や雑兵の殆どが闘技場か、或いは定められた監視・護衛のための場所にいるはずだ。訓練も任務もなければ炎天下をふらつく馬鹿があるはずもなく、運良く今日を休養に当てられた者は今頃自室で昼寝でもしているのだろう。
不意に催したのを、適当に物陰で済ましてしまおうと思ったのはだからこそだった。小道から逸れて森へと入り、目に付いた木に小便を引っ掛ける。
思いの外長く続いた放尿の間、不意にその声は聞こえてきた。
「……っは、ぁ、」
暑さ故の幻聴かと思った。或いは風の音か獣の声でも聞き違えたのかと。だが“彼”が注意深く耳を澄ませれば、それはやはり森の奥から聞こえてくる。
地面に転がしていた紙袋を引っ掴み歩を進める。高い木々や鬱陶しい灌木の間を擦り抜けて少し開けたところへと出れば――
「ッ、う、うぅ……っぐ……!」
「……磨羯宮様?」
「ぁ、っ……だれ、だ……!?」
果たしてそこには、あの山羊座の聖闘士が苦悶の表情で倒れ伏していた。見たところ外傷はない。“彼”が慌てて駆け寄ると、苦痛の中に驚愕を浮かべた子供は立ち上がるべく虚しい奮闘を始めた。
それが全くの無駄足に終わったのを見届けてから、ゆっくりと傍に膝をつく。間近で見下ろすことになった人は、確かにあの頃とは比べものにならないくらいにまともな身体つきをしている。
とはいえ間も無く両手両足の指の数では数え切れなくなる年齢の青年からしたら、あまりにも細く薄く、頼りない。
必死で睨み上げているつもりなのだろうが虚仮威しとさえ言えるのかどうか。よれて破れかけた紙袋を小脇に抱え、“彼”は畏れ多くも神に最も近いとされる人の一人を抱き上げた。
「や、ぁ……っ、め……!」
蚊の鳴くような声。蒸し風呂の中の方が幾分マシかもしれない酷暑のただ中でも、血の気の失せた肌は脂汗に濡れて冷たい。弱くもがく手足を容易に抑え込み、森の更に奥へと歩いていく。
それなりに混乱しているのは“彼”も同じ。どこへ、と絞り出された問いに答えるだけの余裕はなく、ただ足だけが機械的に動いて黄金聖闘士の御身をてきぱきと運んで行った。
***
木々の茂りと荒々しい岩肌、真夏でもつきんと冷たい泉。
美しい自然の陰にひっそり隠れ、そのぼろ小屋は傾きながら立っていた。
伊達にここに長くいる訳でもない。かつて友と見つけた隠れ家ならば、人目につかずこの人を運び込む適切な処置を取ることができると思ってのことだった。
集う者が一人減り二人減り、最後の一人が脱走罪で処刑されて久しいから、ここを訪れる者はもういない。青年自身、最近は随分足が遠のいていた。
小さく震えている身体を、埃っぽい寝台に下ろす。途端海老のように丸まる背を見て、予想が確信に変わる。
「山羊座様、」
呼び掛けの声は知らず上擦ってしまう。硬い掌を下腹に這わせば、そこはやはり酷く張っている。引き結んだ唇が一度だけ薄く開かれて、けれど意味のある言葉は紡がれなかった。
「……ぅ、うっ……くぅ、」
「後で、如何様にも処分くださいませ」
「ぁ……え……? や、あぁッ……!」
深く頭を垂れて詫びた青年の手がいきなり衣服を剥ぎ取り始め、子供は愕然と瞬いて身を捩らせた。哀しいかなその行動に意味があるとは言い難く、それなりに――少なくとも雑兵どもや候補生のものよりはずっと――上質な訓練着はすぐさま自らの役目を奪われていく。
見る間に素裸にされてしまって、再び寝台に戻される。苦しみに霞む黒い眼に映ったのは、薄汚れたガラスの水差しだった。
並々と容器を満たしている白い液体をぼんやり眺めたのは一瞬。直後見知らぬ青年の目的を察した子供は無我夢中で逃れようとする。まさしく児戯の抵抗を容易く抑え、大きな手がまだ細い両足を抱え上げた。
「よ、せぇ……! いや、だ……やめッ、ひいぃっ!?」
漏斗のような便利なものはない。瓶の注ぎ口から直接注ごうとして、あまりにいじらしく閉ざされた窄まりを目の当たりにする。逡巡の必要があるものか。一先ず水差しを床に下ろし、“彼”は一切の躊躇いなしに不浄の穴に口づけた。情けないことこの上ない声と共に跳ね上がった腰を擦っては宥め、細い皺を伸ばすように舌を伸ばす。
唾液を塗した舌先で幾度もそこをつつき回せば、悩ましい声とともにそこは繰り返しヒクついた。反射的に力が入ってしまったのだろう。入り口となる場所が少しだけ開かれたのを先端で感じて、青年は思い切り舌を押し込んだ。
「は、ひぁ!? あ、ぁっ、ああぁあ!!」
異物を押し返そうとする腹に更に力が込められる。そうまでしても押し出されるもの一つなく隘路は虚しく震えるだけで、のたくる舌は肉の襞をゆっくりと解していった。
じたばたと暴れては広い背や肩を蹴っていた足が力を失くす。おもむろに舌を引き抜いて、“彼”は綻び始めた蕾に瓶の口を押し当てた。
「うぁ、あぁあ……ぁ、」
体温よりも暑い空気に温められた液体が、とくとくと流れて落ちていく。半分は白くすべらかな尻を伝い埃っぽい寝台を汚しただけだったけれど、それでも大瓶の残りは子供の体内に入ってしまった。
ようやく赤子が襁褓を変えられる姿勢から解放されて、細っこい身体がまた丸くなる。こんなものでもないよりはと気を回して、青年は汗に濡れた己のシャツをそこにそっとかけてやった。
***
荒い吐息は手負いの獣。間もなく襲ってきた凄まじい排泄欲に全身から脂汗が吹き出して、年齢に似合わぬ古傷が多い肌をぬめらせる。
腸が蠕動する音が聞こえる。生理的欲求に屈服しかけては子供の矜持がそれを捻じ伏せ、窄みがぱくぱくと開いては閉じてを繰り返す。
かつて洗濯に用いていたと思しき大きな盥を見つけ出してきて、青年は寝台の傍らに佇んでいた。
苦しげな呻きが次第に大きくなる。美しいエナメル質がほの紅い唇を食い破ったのを見て“彼”はようやく動き出した。
「ん、ぐぅ……うぅ、う……!」
どんな姿勢を取らせたものかわからない。わからないなりに木の盥を跨ぐように屈ませて、ぽっこり膨れた下腹を摩る。
即席の便器は本来の用途から離れたことに使われるせいで、明らかにサイズも形も適していない。みっともない開脚姿勢を強いられて、それでも身動ぎ一つで決して外れてはならぬ箍が外れそうで、息を吸うのも子供には恐ろしい。
苦しい。呼吸さえままならない。こちらの意志などお構いなしに涙腺が潤んで、熱い涙が零れてくる。
霞む視界の中心に誰かがいる。汗で額に張り付いた前髪を、大きな掌で払われた、そのときだった。
「あ、ァ……!」
勝手に何か錯覚して安堵した身体が、窄まりに込めていた力を緩める。初めにぴゅく、と真っ白な数滴が零れ落ちて、やがてその門は決壊した。
「あぁ、ああぁーッ!」
樋を流れ地を叩く篠突く雨。
桶の底に広がった白は即座に濁り、排泄音は質量を持ち始める。時折ガスの混じる汚らしい音も、狭い小屋に広がる鼻を衝く臭気と不快な温みも。呆れるほどに笑えるほどに普通の人間と同じだった。
「みる、なぁ……! み、な……で、」
ぶぴゅ、と一際恥ずかしい音とともに放出が終わる。これまでの煩悶に反比例する短さでことが済んだのは僥倖だろう。
自分が吐き出したものの上にへたり込みそうになった子供の脇を、青年は逞しい腕で掴んでやった。苦悶から解き放たれた全身は骨が溶けたように弛緩していて、足にも自重を支える力など最早残されてはいない。
そんな有様だから、無理はないのかもしれなかった。
「ぁ……」
甘い吐息が“彼”の鎖骨を擽る。盛大にひり出したものの上に薄い黄色の液体が更に撒き散らかされて、跳ねた排泄物が筋肉の薄い腿を汚す。
胸板に鼻先を埋めた子の啜り泣きを、煤けた天井を見上げながら青年は聞いた。
「……やぁ、っぁ、あ……ロス、」
それはかつて毎日のように聖域の人間が耳にしていた、子供があの人を呼ぶ声音だった。ごめんなさい、と掠れた涙声が甘く詫びる。
――知っているか? 射手座様は時折夜に人目を忍んで磨羯宮へ行かれるのだそうだ。
――ああ、あの方は山羊座様に目をかけていらっしゃるから……。
――早いうちから身体にも色々教え込んでいるというわけか。
――め、滅多なことを言うな! 不敬だとは思わんのか!?
気付けばあの長い夜から、半年が経っていた。
***
一抱えもある木桶の底を覆い尽くすほどのものを、深く掘った穴に埋める。全てを土で覆い隠してすっかり均してしまってから、青年は泉へと駆けていった。
そこへ抱きかかえて連れて行った子は、既に水を浴びて身繕いを済ませ、どこか所在無げに遠くを見ていた。
「シュラ様!」
宮付きの従者だけは、己が主人を名で呼ぶことが許される。逆に言えばそれ以外の、しかも雑兵ごときが馴れ馴れしく黄金聖闘士を名で呼ぼうとは、その場で首を刎ねられても文句の言えぬ狼藉であった。
額づいて差し出された頭を、黒檀の瞳が静かに見下ろしている。
ややあって静寂を破ったのは、変声期を迎える前のボーイソプラノだった。
「お前……名は。名は、何という」
問うてから己の質問の脈絡のなさに気づいたのだろう。取り繕うように子供はもう一度口を開いた。
「……“雑兵という名の同胞などいない”と、」
そこで唐突に口を噤む。忌々しげに伏せられた瞳は余りにも雄弁で、それが誰に与えられた言葉なのかを詳らかにしているのだった。
握り締められた右手が軽く震えるのを、面を上げた“彼”は見つめる。
この残酷で美しい手は一人の人間を手に掛けて、それでも尚――否、だからこそ一層――美しかった。
「シュラ様」
今度は視線を逸らさずに。歓喜と興奮に声が戦慄かぬよう細心の注意を払いながら、“彼”は――名もなき雑兵はひび割れた唇をゆっくりと開いた。
「本当の名など忘れてしまいました」
「……は?」
「ですから、どうか貴方の手で」
私を作り変えて、所有して、そしていつか。
初出:2017/02/14(Privetter)