紫水晶のごとき瞳に、薄絹のベールがかかっている。
「サガはお前に、こういったことはさせなかった?」
「んッ……ふ、う、っん……むぅ、」
「なぁ、シュラ」
もとより回答など期待していないから、硬質な黒髪に指を差し入れて掻き回しても答えはない。一瞬ぼんやりとこちらを見上げたシュラは、けれど結局すぐさま視線を落とした。
朽ちかけた玉座に腰かけるにはあまりに不釣り合いな格好だけれど、彼を連れてくるためにあちら側へ出向いていたのだから仕方がない。足元に跪き、シュラが己の雄に奉仕する様を見下ろすアイオロスは微笑っていた。
あまりに容易くこの手に堕ちた聖なる剣は、今は常の苛しさを持たない。
「ふぁ、っん……っう、」
顔色一つ変えずそそり勃つものに舌を這わせ、切っ先に口づけを捧げる。ずるりと咥内に滾りを引き込んで先走りを飲み下す。女が意中の相手にするのよりも遥かに夢中で、懸命に口淫を続ける醜態に乾いた笑いがこみ上げてくる。
そのままそこに吐き出すのでは面白くなかろうと、前髪を引き上げるようにしてこちらを向かせた。
「シュラ」
その名を唇に乗せる。それだけでシュラは諾々と身を起こしてアイオロスの意に従う。
のろのろと、それでいてどこかもどかしげに下衣を落とせば、僅かに兆したものが見える。それを揶揄するように小さく喉を鳴らしても、贄の山羊は恥じ入ることさえできないのだった。
「っん……ひ、ぐ、」
慣らしもしないで窄まりに雄を受け入れていく。それがどれほどの痛みを齎すのかなどアイオロスは知りもしなかったし知ろうともしない。
ただ苦しげに口をひくつかせ、息を荒げるシュラを見ているのは楽しかった。柳眉がきりりと顰められ、苦痛に歪んだ瞳はそれでも変わらずぼんやりと宙を眺めている様を眺めるのは。
「っはぁ……あぁ、あ……!」
一際張り出した場所をようやく収め、シュラは荒く息を吐いた。みっともなく戦慄く腿を宥めるように擦ってやると、哀れな山羊は己の支配者に身を摺り寄せた。
その弱々しい仕草に憐憫の情のようなものが沸き上がって、アイオロスの表情が少しばかり緩む。
こんな状況だというのに、涙さえ浮かべたシュラの白皙に、遠い日と変わらぬ幼さを見てしまって。
“これ”は私の知るシュラではない。そんな否定さえ虚しくなるほどに自然に、孤独な教皇は16の少年として仮初の生を与えられた彼の贄を抱き寄せていた。
ぐしゃぐしゃに乱れて脱げかけたシャツ。薄布一枚越しの身体は存外細く酷く熱い。
纏うのはシガリロの残り香と甘ったるい薔薇の香気。
「……シュラ、」
「ひ――!?」
震える背を撫でてやろうとさえしていた腕は、結局そこでは止まらなかった。
「ぎッ、あぁああぁッ!!」
腰を強く掴んだ腕で、シュラの身体を強引に引き下ろす。見開かれた紫紺の瞳からついに雫が一粒落ちるのを見てさえ、アイオロスは最早心を動かさなかった。
そのまま抽送を開始すれば、引き攣れた喉から聞き苦しい呻きが漏れる。それにますます激情を煽られて、無様に痙攣する痩身をアイオロスは激しく突き上げた。
「ひッ! ぐっ……あ、がぁっ、ん、ぎぃッ……!」
始まりであり、終着であり、あらゆる場所であり、どこにも辿り着けない。歪みそのものである空間に、シュラの声だけが染みて消える。
制圧者を拒むように頑なだった場所が、次第に綻びて雄に屈する。苦悶の声に甘さが混じり始める。
「あッ、あ、ひぃ、っん……ひあぁァっ!」
「……っ、」
貞淑さをかなぐり捨ててむしゃぶり付いてくるようになった後孔に嘲笑と舌打ち。そうして叩き付けるように全てを注ぎ込んでから、アイオロスはふと視線を落とした。
侮蔑に目を眇めても、意志を封じられた身に恥じらいなど見られない。
視線の先では、先ほどまで痛みですっかり萎えていたはずの場所が、再び頭を擡げ先走りさえ垂れ流していた。凌辱でしかないはずのこの行為のどこかから、シュラは快楽を拾っている。
それでこそ、贖罪の山羊に相応しい。
「……ふふッ、」
喉の奥から笑いが零れた。上気し汗ばんだ頬に指を滑らせれば、たったそれだけでシュラはひくりと身を震わせた。
濡れた唇を撫でる。唾液の跡を辿るように首筋、それから胸へ。しなやかな筋肉に覆われたそこは、とはいえ戦士として円熟した者の肉体には到底及ばない。
戯れというには少々強い力で、ふつりと勃った頂を摘まんだ。
「ひィあっ!?」
一際高い声を上げて仰け反った上体を容易に再び引き寄せて、はしたなく膨れた先端をなぞる。それだけで肌理の細かい肌が粟立って快感の大きさをアイオロスに伝えた。
指の腹で擦り潰すように、或いは爪の先で抓り上げるように。そこが紅く色づくまで執拗に嬲り回すと、溢れる嬌声が涙交じりになる。
「は、ひぃッ……あ! あ、やぁっ、ひああぁ……!」
呑み込ませていた昂りで再び中を攻め立てれば、シュラの両足が無為に跳ねて宙を蹴った。
すっかり感じ入っている肉体をそのまま絶頂に堕とすこともできるけれど、アイオロス当人さえも気づかぬ悋気と加虐心が、それを許してはくれなかった。
「んぅっ、やっ、やあぁ……ひぃうッ!?」
腹を叩くほどに興奮しきったそれを握り込まれ、吐精を阻まれる。
シュラが目を見開いて身を捩らせるのを、間近でアイオロスは見下ろした。
目尻に唇を寄せ、溢れる涙をそっと舐め取る。
「……シュラ。どうする?」
「ふっ、うぅ……くぅう……!!」
我ながら意地の悪い質問だとは思い、ますます笑いがこみ上げてくる。
意志を奪い去られたシュラは今、惨めったらしく哀願することも縛めを払いのけることもできないというのに。
とぷとぷと溢れた雫が黄金の弓を引き絞る手を濡らすのを咎めるように、ゆるりと最奥を捏ね回したとき。
「ふぁああッ! んっ、ん……んむぅうっ、ッん……!」
いっそ哀れなほどに痩身を跳ね上げたシュラは、主人に慈悲を乞う奴隷の懸命さでアイオロスに口づけていた。
何重にも思考を絡め取って封じた枷をも引き千切ったのかと支配者が驚愕したのは一瞬で、唇を押し付けるだけの幼いキスを、すぐさま深いものに変えていく。
息苦しさに眉根を寄せても、だらりと下がった両腕は抗わない。
「んうぅ、っん、むぅ……んんぅうーッ!」
胸の頂を苛めつけていた左手を持ち上げ、後頭部を押さえつける。
そうして口内を散々に犯しながら、ぐずぐずに蕩けた秘所を突き上げる。
息苦しさに上瞼を睨みあげつつあるのを解放すれば、細い首筋まで唾液を垂れ零してシュラは啼いた。
少年らしさの多分に残る腰を両手で掴み、恣に中を穿ち己の形に変えていく。
蹂躙者を逃がすまいと、叶わぬならばせめて痕だけはと、シュラの意を超えたところで身体がアイオロスを恋いていた。
「んあぁぁっ! ひィっ、あっあ、あンっ、ああぁーっ!」
「……くっ!」
「んぁんっ、あ、ひ、いぃ……やああぁっああぁ!!」
最奥を暴く剛直に熱く滾るものを注ぎ込まれて。縛めを失くしたシュラ自身も、荒れ狂う熱をびゅくびゅくと吐き出していた。
「あ、あ……う、」
逐情を果たし弛緩した身に、ほんの僅かに力が籠められる。
「……シュラ?」
「ア、イ……オロス……」
シュラの右手が掠めるように頬に触れて、落ちる。
その必死さにアイオロスは知らず苦笑とも自嘲ともつかぬものを浮かべていた。
目覚めたときには、ここであったこと何もかもをシュラは忘れている。そう確信できているからこそ、こんなところまで引き摺りこんでしまったのに。
「ア……ロス、んッ……!」
左胸、まさしく心の臓の真上に、苛烈なまでに紅い所有の証を。
けして執着などではなく。
それは黄金の射手が標的を射抜くための、ただの標。
「シュラ。次に会うときは――……」
すっかり意識を飛ばしてしまったシュラに、この聲は届いてなどいないだろう。
腕の中に贄を捕らえたまま、狂える教皇は一つ、嗤った。
初出:2016/04/27