寝台の傍に立ち尽くしたシュラは、深く首を垂れたまま動かなかった。
「貴方にこんな面倒をかけて済まない……」
「何を言う、シュラは何も悪くないだろう」
男の精を身の奥で干さねば、持って生まれた性には戻れないなど。摂理に逆らった此度の復活において大小の不具合はあれど、シュラのこれは酷すぎる。
それでもこの山羊座の聖闘士は、女神の奇跡とともに黙ってそれを押し頂いたのだが。
万が一カノンが見つけなければ、盛り場で行き摩りの男に抱かれていたに違いない。情交を知らぬ無垢な身体が下衆に貪られる様を想像するだに、サガの腸は煮え繰り返りそうになる——もちろんそれを表に出すほど愚かではないが。
「いや、だが……しかし、」
「……シュラ。ことを済ませねばいつまで経っても元には戻れないぞ」
変わらず躊躇い続けているシュラに、やや厳しい声で告げる。これ以上サガの手を煩わせるわけにはいかないと思ったのだろう、ついに細い身体が動いた。
聖剣の見る影ない繊細な指先が首筋に伸びる。男を探すためにわざわざ見繕ったと思しき服は、シュラが紐を緩めただけであっさりと床に落ちてしまった。
その下には何も身につけていないのだからサガは気が遠くなる。非難やら困惑やらの視線に気が付いて、シュラが白皙に血を昇らせた。
「お、俺は男だぞ! 女物の下着など買いに行けるか!」
「シュラ……」
「だいたいサガ、ッ、あ!?」
貴方にだけはあれこれ言われたくない——そんなかわいげのないことを言いかけて、最後まで言い切れずに終わってしまう。
勢いよく視界が反転し、背中に柔らかい衝撃。サガに組み敷かれたのだとわかったのは数瞬後。抗議をする間さえもらえず、噛み付くようなキスが落とされる。
「ん、っむぅ……!? んう、ぅ、んぅーッ!」
広い肩を押し返そうと奮闘する腕は頼りない女のそれ。男のときでさえ身長はサガに届かないのに、二回り半は小さくなった身体では鍛え上げられた男の肉体を跳ね除けることは到底できそうにない。
厚ぼったい舌が口内を占めて犯し始める。必死で逃げる舌を絡め取られ、その付け根を執拗に擽られる。自分自身知らなかったことだけれどシュラの身体はそこへの刺激に弱いらしく、それだけで抵抗が覚束なくなる。とは言えこんな風に好き放題されている謂れはなくて、サガの手が脇腹を掠めたとき、シュラは咄嗟に口内を我が物顔でのたくる舌に歯を立てていた。
「……っ!」
「ふ、はぁっ……ッは、」
「シュラ……」
気丈に睨み付けてくる目は先程までのしおらしさとは打って変わって好戦的。そういった態度にこそ実はサガは煽られるのだが、シュラには永遠に理解できないだろう。溢れる血を吐き捨てて薄く笑う。
「この程度で抵抗したつもりか」
「なっ!? ひ……!」
辛うじて起こしていた身体を突き飛ばす。再び寝台に戻らされた痩身に、ヘッドボードに置かれていた液体——何しろここは場末の安宿なのだ、セックスに必要なものは全て揃っていた——をぶちまけると、シュラが愕然と目を見開く。
薄い腹に溜まったそれが掬い上げられては指に絡められ、すぐさま淡い翳りの奥へ。
あまりに遠慮も配慮もない手順に怒りと呆れがふつふつと湧き上がって、シュラは顔を歪めて腕を振り上げた。
何も斬ろうというのではない。だがそれなりに小宇宙を乗せた腕で殴り飛ばされれば壁に盛大に叩きつけられるくらいはするだろう。
「いい加減、に……!?」
その攻撃が当たればの話だけれど。
右腕を難なく捉えたサガは、それを左手もろともあっさり片手で寝台に押さえつけた。両手首を頭上で纏められた姿勢は、まさしく犯される女のもの。
「だから抵抗したつもりかと聞いている」
「ふざけるのも大概にしろ!」
「……わからないのだな」
低い声が肌を這いずる。シュラがどれほど身を捩らせ言葉で抗おうとも手枷は外れず、無惨な侵略が再開される。
濡れても綻びてもいない場所を弄られてシュラは屈辱と苦痛に声を荒げた。
「やッ、サガ! やめろっ!」
「何を今更。自ら名も知らぬ一晩の相手に身体を開こうとしていたくせに」
嘲笑に頬が熱くなる。さも好き者であるかのように言い放たれ、シュラは歯噛みして足をばたつかせる。蹴り上げてやろうとした足まで封じられると、いよいよ身体の自由が効かなくなる。
「こんなやり方は嫌だと言って……うあッ、あ、んくぅ……!」
「そんな言葉で男が止まるものか」
ついに飲み込まされた指が、乱雑に抜き挿しされて秘所を拡げる。潤滑剤のおかげで裂けこそしないもののぴりぴりと不快な痛みが走り、シュラは思わず柳眉を寄せた。
碌に時間もかけず含まされた指は三本に増やされて、そのまま乱暴に引き抜かれる。当てがわれた昂りのあまりの熱さと質量に、白皙から血の気が引いていく。
「待てっ、そんな……まだ無理ッ、ん、ぎィッ……!」
捻じ込まれた雄が、女の部分を蹂躙し辱める。苦悶の唸りを漏らしたシュラは一層激しく抵抗を試みるけれど、これまで決して緩めなかった拘束が今になって外れるはずもないのだった。
恐れていたほどには荒々しくない。ただ隘路が強引に開かれていく悍ましさがある。そうして最奥まで貫かれて、ゆるりと剛直が抜けていく。また押し込められて、それから去る。
「あぁ……ン、うッ……ひぁ、は……」
いっそ痛みと圧迫感だけならば、こんなに辛くはなかっただろう。だが存外優しく慣らされてしまって、いつしかそれらは快感の陰に隠れて薄れ始める。
「なん……で、っあ、ぁっ……?」
戸惑い混じりの嬌声が愚かしくて愛おしい。苦痛がすっかり溶けて消えた瞬間を見計らって、サガは唐突に抽送を激しくした。
「うぁっ、あ、ん……やあぁッ……あぁあっ! 」
仰け反って快感を逃そうとした身体を捩じ伏せて、ひたすら刺激を練り込んで追い詰める。
「っも……いや、サガぁ、ひぁあああッ! やめ、やめろっ……くひィっ、ん!?」
滑らかな頬に紅が乗せられて、更に涙が撫で下される。それは快楽に酔う遊び女の顔というよりはむしろ稚い幼女の顔のようで、サガは知らず舌打ちしていた。
よくもまぁこんな身体で、見も知らぬ男を咥えこもうとしたものだ。
「お前が泣いて懇願したところで、不埒な欲を持った輩が耳を貸すと思っているのか」
女の身体になったからとて、シュラの本質は変わらない。普通の男がこんな無体を働こうものなら、文字通り光の速さで首と胴体は無残な別離を遂げさせられるだろう。そんな当たり前のことにさえ思い至らず、腹立ちのままに腰を打ち付ける。
上がる善がり声はますます高く追い詰められていって、幼いシュラの声を思い出させた。
「ふ、ふふ……っ、」
何も知らない子供に未知の“何か”を教え込んで、最早二度と元の居場所へと戻れないどん底へ連れて行く。
それは十三年も前、既に一度やったことだった。
湧き上がるのは昏い歓び。長らく存在を否定し続け、蛇蝎のごとく忌み嫌ってきたもの。
妬心でも憎しみでも怒りでもなく。何故かシュラの存在は、そんな歪んだ悦楽を煽る。
「だ、めだ……っ、いや、やぁッ、いっ……い、くぅ、いくッ……ん……!」
いやだダメだと殊勝に泣くくせ、蕩けた媚肉はサガの雄にむしゃぶりついて離れやしない。結局シュラ自身が、シュラを裏切るようにできているのだ。
冷えた笑いとともに、一際強く突き上げる。意地でか恐怖でか絶頂を堪えていた身体にも、これ以上の我慢はもう不可能だった。
「ひぅ、ン、ああッあ……! やあぁッ、あぁああぁーっ!」
ぴいんと伸びた足先が美しい。力なく落ち投げ出された手足が何かを象徴しているようで、サガはうっそりと笑みを漏らした。
「は……ひぅ、っ、ん!」
完全に意識を持っていかれたのかと思っていたが違うらしい。薄っすら目を開けているシュラはあらぬところを見つめていて、時折身体が余韻に跳ねる。
「シュラ」
「ひッ!? ぁ……も、むり……!」
煤けた窓の向こう。夜明けはまだ遠い。