天秤山羊♀

「それでこんな辺鄙な場所まで逃げてきたということか」

 難儀じゃのお、なんて苦く笑って頭を撫でる童虎はいつもとちっとも変わらなくて、シュラはほっと胸を撫で下ろした。

 男に抱かれ身の内で精を干さねば、元の性に戻ることは叶わない。そう聞かされてまだ気持ちの整理さえついていないのに、親切心でか何かわからないけれどいきなり押し倒されるのだから堪らない。身体の不具合はそれだけではなかったらしい。小宇宙も弱まり単純な腕力も見た目通りに減じた身では抵抗もままならず、どうにか隙を突いて逃げ出してきた先がここ、五老峰だった。

 小宇宙を追われて捕まればもう逃げられない。全てを絶って息を殺し、陸路で国境をいくつも越えてきたシュラはこれ以上ないほどにくたびれ果てている。薄汚れた服に垢じみた肌、硬質だが艶があって美しい髪も今はべっとりと脂っぽく萎れていた。色濃い隈が浮かんだ白皙は蒼白く、とても黄金聖闘士のそれとは思えない。

「春麗……と言うのはわしの養い子なんじゃが、その子の服が小屋にある」

 水を浴びて着替えてこいと促せば、身寄りのない子の従順さでシュラは小さく頷いた。薄く頼りない背中を見送って溜息。

「どいつもこいつも馬鹿じゃのう……」

 今ならば大義名分があると逸ったのか、他の誰かに先を越されぬようにと急いたのか、或いは此度の黄泉還りにおいてこそ想いを果たさんと先走ったのか。いずれにせよ唐突にーーとしか当人は思えないだろう、秘めた慕情に気がつくほど細やかな質ではなさそうだーー雄の欲情を向けられた挙句自らには抗う術がないとあってシュラは怯えてさえいて、こんなところまで自分を頼ってきたのがどうにも哀れでならなかった。

「……老師、」

「おお、戻った、か……」

 思いの外早く帰ってきたシュラに向き直って硬直する。孫娘のような少女が着ている服はスペイン生まれギリシャ育ちの青年には確かにわかり辛かろう。シュラが纏っているのは薄手の夜着一枚で、濡れ羽の髪や紅潮した頬と相まって、確かに男を誘っているのだった。

 額を押さえ呻く童虎の心の内が、鈍いシュラにはわからない。

「老師

「……童虎でよい」

「……はあ」

 促すように隣を叩けば、痩せた身体がそこに腰を下ろす。冥界とは休戦協定が結ばれ互いの領域が不可侵となった今でも染み付いた習慣は捨てがたく、童虎は一日の大半を大滝の側ーー流石にいつもいつもあの張り出した岩の上にはいなくなったけれどーーに坐して過ごしていた。

 澄んだ水飛沫がシュラの火照った頬を冷やす。昇りかけの太陽が木々の間からちらちらと光を投げかけて暖かい。名も知らぬ鳥たちの囀りに耳を傾けながら、シュラは欠伸を噛み殺した。

 庵で休むかと問おうとしてやめる。何しろ黄金聖闘士は空間移動に長けているものが多いから、シュラは童虎から離れているのが不安なのだ。道理で湯浴みから戻ってくるのもいやに早かったし、服だって抽斗の一番上のものを適当に身につけたに違いない。

「……ふぁ、」

 危なっかしく揺れる上体が目に入るけれど、童虎は見て見ぬ振りをしてやる。どんな言葉を掛けようとシュラはいらぬ警戒をするだろう。

「ん……」

 なるたけ気配を消して待っていてやれば、軽い身体が凭れ掛かってくるまでそう時間はかからなかった。

 

 西日が眩しい。赤く苛烈に燃える太陽に瞼を幾度も繰り返し射られ、無理やり覚醒に導かれる。不満げに唸りながらゆるゆると目を開けて、それからシュラはぼんやり目の前を眺めていた。

 水量豊かな滝と固い岩、夕日に染め上げられた美しい木々。そして。

「起きたか

「っ、老師……!?

「童虎じゃと言っておろうに」

 頭上から降ってきた声に顔を上げれば、穏やかな瞳で笑う人。

 二度の冥界との聖戦を経験した聖闘士の要とも呼べる人の、まさか膝枕で眠りこけていたなんて。

 いつの間にか掛けてもらっていた上着を跳ね飛ばして飛び起き、赤らんだり蒼ざめたり忙しいシュラを見つめ、童虎は静かに問い掛けた。

「シュラよ」

「……はい」

「おんし、これからどうするつもりじゃ

「そ、れは……」

 ずっとここに厄介になるつもりはもちろんない。だが今すぐに聖域に帰れと言われても正直なところ身が竦んでしまって、思い通りにならない身体も、知らない雄の欲情を向けてくる友人も恐ろしくて堪らない。恐怖に支配されている自分に対する嫌悪も凄まじくて、シュラは眉根を寄せて唇を噛んだ。

 難儀じゃの、もう一度そう言った童虎が、黒髪を幾度も撫で繰り回す。

「……嫌でなければの話じゃが、」

「はい

 わしとするかと、尋ねた声が少しだけうわっ滑りになったのが自分でわかって苦笑する。だがシュラには幸い気づかれなかったようで、問われた相手は数度瞬いてから首を傾げた。

「聖域には帰れんのじゃろう 行きずりの男とというのも、おんしのような人間には辛かろうて」

「っ、あ……老子、」

 ようやく童虎の言いたいことが理解できて、シュラの表情が緊張に強張る。今となっては背筋がむず痒くなるような呼び名をもう訂正はせずに、童虎は黙して答えを待った。

 ややあってシュラが深く頭を下げる。

「よろしく、お願いいたします……」

「なに、そう固くなるな」

 とは言っても、この生真面目な山羊には難しいのだろうけれど。

 手招いて抱き寄せる。野生動物よろしく探り探りの動きで近寄ってきたシュラは童虎の腕の中にさえすっぽりと収まってしまうほどに小さかった。満足に小宇宙を燃やすこともままならぬこの身体であの体躯の男たちに迫られては幾らなんで恐ろしかろう。春麗とさえ大して変わらない上背ではないか。

「っ、ふ……老子……

「なに、ここじゃろうと中じゃろうと変わらんわ」

「そんな、あッ……ん……むぅ、」

 紫龍はその彼女を連れて日本に滞在している。行商人さえも年に一度しか訪れない山の奥深くにいるのはこれから交わろうとする二人だけで、だから今更庵に入る必要など感じない。

 シュラの方はそこまで割り切れなかったようではあるけれど、戸惑いの身動ぎは口づけが深まるにつれて弱くなっていった。

 飲み下せない唾液が首筋を伝い鎖骨に溜まる。童虎の手がそっと夜着を剥いでいくと、女の身体が露わになる。鍛え上げられた肉体は見る影もなく、薄く細く、まるで少年のような裸。息苦しさと緊張、隠しきれない怯えにシュラが僅かに震えたのを感じて、童虎はひとまず唇を解放してやった。

「ふぁ、あ……っは、ぁ、」

 二人を繋ぐ銀の糸がゆるりと切れて落ちる。改めて見つめたほの白い肌は沈みゆく太陽の光を浴びて溜息が出そうなほどに美しい。それを素直に告げたところで、きっとシュラにはわかるまいが。

「ッん……

 膝立ちにさせ、ささやかな二つの丘陵にキスを落とす。徒に焦らして虐めたりはしない。すぐさま薄桃の果実に舌を這わされて、シュラが甘い声を喉で殺した。

 尖らせた舌先で乳輪を辿る。舌の腹で頂を押し倒し、何度も繰り返し刺激を与える。口内に引き込み、凝ってきた場所に快感というものを教え込む。生意気にもしこって勃ってきた乳首に柔く歯を立てる。

「ひぅうっ!? あ、それっ……やぁ、」

 がくんと足の力が萎える。そのまま責めの手から逃れようとしたシュラを、しかし童虎は許さなかった。口に咥えた敏感な部分を質にとって、腰を抱き込んだまま愛撫を続ける。

 もう一度先端に、今度は少しばかり強く歯を突き立てたとき、薄い背中が思い切り反った。

「あ、っああぁ はぁ、ン……」

 ごく軽めの絶頂でさえ、今のシュラには経験がないもので。男を誘う雌の色と形に変えられた場所から唇を離して、童虎はもう一つの頂に舌を這わせた。

「ま、ッあ やぁ、ぅ……そこ、ぉ……

 あえて丸切り同じ手で責める。次に何をされるかわかっている身体が、刺激を受け入れる準備を始めていることにシュラは気づいているだろうか。

「は、ひぁ……うぁ、あ、んうぅッ

 そしてまた、極まる。とうとう姿勢を保っていられなくなったシュラはへたり込んでしまって、童虎の肩に頬を乗せて荒く息を吐いている。

 この体勢では少しやり辛いがまぁいい。熱くて甘い吐息が耳朶を擽るのも悪くなくて、童虎は頬を緩めて手を持ち上げた。

「まだ終わらんぞ、シュラ」

「は、い……ンっ、また……ッあ!?

 控え目な胸を持ち上げて丁寧に揉む。わざと掌の硬い部分を感度の上がった乳首に押し付ける。心地よさともどかしさが綯交ぜになった感覚にシュラが身悶えたところで、不意打ちで先端を摘み上げる。

「あ、ぁ……ん、ふぁ……やあぁ、」

 乳輪ごと揉み込んだかと思えば、家畜の乳を絞る動きで乳首が引かれる。いやらしい弾力を持った場所を幾度も無遠慮に押し倒されて転がされる。

 薄布一枚の守りもなく童虎の腿に跨っているシュラの秘所から、いつしか愛液が止め処もなく溢れ、ごわついた下衣をしとどに濡らしていた。

 それに気付かぬ振りをしながら、先端を爪先で強く弾き、或いは指の腹で捻り上げた。

「や、らぁ…… や、あん、あぁああっ!!

 また、とぷりと一際多くの蜜が溢れる。わざと太腿を軽く揺すれば、身を跳ね上げたシュラがみだりがましく下肢をくねらせる。男を知らぬ小娘でも悦びを知れる勘所をどうにか押し付けようとする仕草に、シュラ自身は気づいていないだろう。腰が引けた状態で小ぶりな尻を振る様子は端から見れば男に媚びる舞そのものだったが、もどかしい快楽に酩酊した頭ではそんなところに思い至るはずもなかった。

 駆け引きや焦らしを楽しむほど、行為に慣れた人間ではあるまい。直接おねだりを聞くまでもう少し遊んでもいいのだけれど、童虎はこの若者を甘やかしてやることにした。

「そら、腰を上げい」

「はいっ……ひぅっ、んあぁああぁっ

 指を挿れるにはもう十分なほど、蜜壺は潤み切っている。それでも身の内にのたくり込まれるという初めての感覚に、シュラは目を見開いて仰け反った。怯えと快感に震える甲高い声が思いも寄らぬ大きさで、夕日が山の端に消えた空に響く。

 反射的に口を抑え、喘ぎ声を殺そうとする。そんなシュラの恥じらいがどうにも可愛く思えて、童虎は知らず頬を緩めた。大した時間もおかず秘所を暴く指が増やされるけれど、痛みや苦痛が程遠いせいで、シュラには殆ど認知できていなかった。

「よいな……

「ん、んむぅ……っふぁ、」

 ようやく身に纏っていたものを脱ぎ捨てた童虎に、汗ばんだ身体を抱き締められる。小柄ではあるが自分と同じく体術を極めた肉体は雄々しく美しく、シュラはひっそりと息を呑んだ。

 切っ先が秘唇に押し当てられて、ずぷずぷとのめり込む。かなりの大きさと硬度のものに占められて、だがシュラの中を巡ったのは目も眩む快感と歓喜だった。

「んぅ、ん……っふ、むぅ……

 最初は初心な身を気遣うように緩やかだった抽送が、やがて雄の荒々しさを持ち始める。

 肉の襞の中に埋もれる勘所を擦り上げて最奥へ。うち震えて白濁を搾り取ろうとする動きに童虎は眉を顰めて笑い、そのまま腰を打ちつけ続けた。

 背を撓らせたシュラの睫毛に光る涙が、きらきらと月光に美しい。

「んーっ む、ぅ……ぷはッ、あ、ンぅ、あぁああッ

 ついに息苦しさに屈した腕が唇から離れた。文字どおり箍が一つ外れてしまって、そこからはシュラにとって聞くに耐えない嬌声が飛び出すばかりになる。

 黒髪を振り乱して恥じらっても、童虎の責めは緩まなかった。広がり始めた夜の闇の中に、甘ったるく涙交じりの喘ぎ声が響いては消えていく。

「あッあ、やぁあ…… まっ、まって……やぁ、ら……っひぅ、んぅ

 待てと言われて待てる男があるか、と童虎とて思わずにはいられない。久方ぶりの情交をもっと楽しみたい気持ちもなくはなかったが、これはシュラのための行いなのだ。小さな絶頂に連続して堕とされている痩身がいい加減限界なのを見て、終わらせてやろうと腹を決める。

「っい、あぁ……やぁああ、ひぁあぁッ

「ん、ぐっ……

「い、っ……くぅ……

 滾りを奥の奥に注がれる。一際深い極まりの中で、シュラはしだらなく淫蕩な笑みを浮かべていた。

 

 果てた余韻が抜けるまで待ち、冷えかけた肩に上着を掛ける。

「……少し落ち着いたな

「はい……っあ、」

 くぅ、と不満げに鳴った腹の虫に、二人で顔を見合わせて。腹が減ったかなんて軽く聞けば、ようやくはにかんだ笑顔をシュラが見せた。

「……はい」

「よし、一風呂浴びて食事にするかのう」

「そこまでご厄介になるわけには」

「わしが湯浴みしたいし何か食べたいんじゃ」

 今更すぎる遠慮に脱力しつつ、それがシュラらしくて思わず吹き出す。昔からこの子供はどこかずれたところがあって、五老峰に修行で来る度、童虎にはそれがおかしくて面白くてたまらなかった。笑いが止まらなくて肩を揺らしているのを、流石にちょっとむすっとした表情でシュラが見ている。

「すまんすまん。行くかの……シュラ、立てるか

「……いえ……う、わっ!?

「ちゃんと自分で掴まるんじゃぞ」

 いきなり抱き上げられて、色気のない声が上がる。遠慮がちな白い手が逞しい肩にそっと回されて密やかに縋るのを、昇り始めた月が静かに照らしていた。