顔を逸らし唇を噛み締めた小さな山羊は、アイオロスの顔を見ようともしなかった。こちらに対する悪感情はないのだろう。けれど戸惑いと自己嫌悪ーーこんなことになったのはシュラのせいではないのにーーが滲む白皙はいつも以上に色を失っていて、まるで蝋かなにかのようにさえ見えるのだった。
寝台を軽く叩き、隣に座るように促す。ようやく歩み寄ってきたシュラが、おずおずとそこに腰を下ろす。清潔なバスローブに包まれた身体から湯上がりの香りが漂ってきて、アイオロスは小さくかぶりを振った。
思いもかけない困難の淵で戸惑うシュラを見て、不埒な思いを抱くなんて。
その仕草をどう捉えたのか、シュラがおもむろに口を開いた。
「その……すまない、アイオロス」
「何がだ?」
「いや……だろう、俺などと、こんな……」
戸惑いの滲む声は普段のそれより高い。俯向くシュラの白いうなじは片手で縊れそうなほど細く、だがそれがアイオロスをどれほど悩ませているかシュラが知りうるはずもない。
自分の肩を抱いた手が震えている。女に変わった、というよりは時が戻ったとでも言われた方が信じられそうな薄い身体を見下ろして、唇を歪めてシュラは吐き捨てるのだった。
「せめてもう少しまともな身体なら、貴方に、ッ!?」
「そんなことを言うな、シュラ」
「っ、だが……」
思わず抱き締めた痩身は見た目以上に頼りない。怯えを必死で抑え込んでいるシュラの、それでも隠せない微かな震えが、アイオロスには愛おしくてたまらなかった。
「力を抜いて……いや、まずは息を大きく吐くんだ……そう、」
できるだけゆっくりと背中を摩る。たった一枚の身の守りを肩から滑り落とすともうシュラはすっかり生まれたままの姿になってしまう。恥じらいに腰をもじつかせるのを、どうせ抱き合ったままでは見えないと宥める。アイオロスも夜着を適当に脱ぎ捨てて、滑らかな肌に寄り添った。
「……あ、」
人肌の温み。その心地よさに強張りが解ける。うっとりと吐息を漏らしたことにシュラは気づいているのだろうか。脱力して肩に乗せられた頬に触れて上向かせて、アイオロスは上気したそこにキスを落とした。
頬、耳朶、眦、鼻筋、顎。顔中に口づけの雨を振らされて、擽ったさにシュラが笑う声がする。赤い舌が小さく覗く唇にそっとキスを捧げると、濡れた瞳が静かに閉じられた。
遠慮がちに絡められてくる舌が熱い。絡め取って自分の口内に引き込んで、敏感な先端に柔く歯を立てる。ん、と鼻にかかった声が甘ったるくて、シュラは羞恥に眉根を寄せた。アイオロスが唇を離しても、透明な糸が少しの間二人を繋いでいる。
寝台にほの白い身体を横たわらせる。そうしてアイオロスは小ぶりな胸に手を伸ばした。
「あッ、ン……!」
いきなり乱暴に触れたりしない。控えめな膨らみを優しく持ち上げ、ほんの少し揉み解すだけ。柔らかな丘陵がたゆん、と僅かに形を変えたところで終わり。再び力が籠った肩から、怯えや不安が抜けていくまで待ってやる。
やがて恐る恐るといった風情で脱力してきたところで、手を横に滑らせて。
「ふ、っあぁ……んぅ、」
胸というよりは脇に近い場所。そんなところを肉厚の掌は何度も何度も揉み込んでいく。
何故だかはわからない。けれど下腹に溜まった熱は、いつしか無視できないものになっていた。もどかしい。知らぬ間に膝頭が擦り合わされて、小用を堪える幼女のよう。そんな自分のみっともない姿には気づけないまま、シュラは腕を持ち上げた。
「あ……ロス、っもう……!」
そこはいやだ。弱くアイオロスの手を掴んでそう告げたつもりなのに、意地の悪い責めは終わらなかった。
「ひゃ、あ……ンっ!?」
揉み上げる動きはそのままに、長い指先が頂きを弾く。触れられてもいないうちからはしたなく膨れていた場所から思いがけない強さの何かが駆け抜けて、シュラの腰が跳ね上がる。
腹の奥底が熱い。足の指先が痺れる。吐く息が荒くなって、視界が勝手にぼやけて、世界が滲んで見える。その真ん中で、アイオロスは確かに笑っていた。
「大丈夫。私の手に集中して」
「っ、あ! あぁっ、や……あ、んぅ、ッひ……!」
掌底が胸の横を押しては捏ねる。硬い指先が小さめの乳首を挟み、すり潰し、引き倒すようにして刺激する。
敏感な先端だけを捻るように持ち上げられて、細い背がびくんと撓った。
「んぅっ……やぁ、っあ、ああぁッ! っ、は……あ、はぁ、あ……?」
それほど深い絶頂ではない。けれど女の身で極みに至ったのは初めてで、だからシュラは困惑に弱く震えて身を捩らせた。反応を注意深く観察しているアイオロスの視線から逃れようとするだけの理性もない。
大きな手は脇腹を辿って下肢へ。産毛のように薄く柔らかな翳りに僅かに覆われただけの場所は、胸への愛撫だけで綻びかけ、しっとりと蜜を滴らせていた。
くちゅ……と粘度のある水音。秘所を暴く無骨な指に反射的に身体が動いて、柔らかい太腿が男の手を挟む。するとそこにある存在をますます意識させられて、シュラはほとんど泣きそうになって枕に顔を埋めてしまった。
「……シュラ。続けるぞ」
「は、い……っン!」
濡れそぼった場所に浅く指を飲み込ませる。手荒に扱ったりはしない。むしろ入り口を掻き回し抜き差しされる指先の動きは非常に繊細で思いやり深いものであったけれど、受け入れる性でなかったものには慣れぬものらしい。快とも不快ともつかぬ曖昧な表情で壁を睨み、シュラは必死で声を殺している。これでは到底アイオロスを咥え込めるようにはなるまい。
「シュラ……」
こんな顔をさせたい訳ではないのだ。もともと女に生まれついた身ではないからして刺激が強すぎるかもしれないと思っていたけれど仕方がない。
「ひィっ、あ!?」
蜜を纏わせた親指を、露わになっている尖りに添わせる。男の器官と異なり純粋に快楽のためだけに存在する小さなそれが、どれだけの快感を齎すものかシュラもアイオロスも知りはしない。だが細っこい身体の狼狽、わななきようが、シュラが受けた衝撃の大きさを詳らかにしてしまう。
きゅうんと締まった膣口が蜜を吐き出し、ヒクつきながら蕩けていく。未知の感覚が恐ろしくて、寝台をずり上がった痩身が逃げようとする。
そんな抵抗は容易く抑えられ、また、指先の硬い皮がそこを擦る。無理やり雌に変えられていく錯覚に襲われて、哀願の言葉が零れ落ちた。
「それッ……ひぁあ、あ、ンっ! だめ、っや、あぁ、やぁ……め……!」
本来の性に戻るための行為の筈なのに、まるで逆のところへ堕とされていく。怖い。けれど気持ちがいい。やめてほしい。だけど今やめられたら気が触れてしまう。
徐々にアイオロスの指は大胆さを増していく。ぐちゅぐちゅと聞くに堪えない発情の証に、シュラはもはや気を払う余裕がない。腰が意志を離れたところで小刻みに跳ねて、肉の壁が痙攣して、あられもない嬌声が着実に追い詰められていく。寄る辺を求めて敷布に縋っていたシュラの右手を、空いた手でアイオロスは握ってやった。
凄まじい力で――常人だったら骨がへし折られていたやもしれない――縋られ、眉を顰めて苦笑する。
「ぃあ、あァ、ンくぅう……や、やらっ、くるッ! んぁああッ、あ、ひ、やああぁ!」
狂おしい悦楽から逃れようと、身悶えた身体が淫猥な舞を披露する。ひときわ多くの愛液が吹き溢れ、失禁したかのようにシーツをだらしなく濡らした。
「は、ひ……ひぃ、ッ、ん……」
荒い息が室内にこもる。根元まで挿し込んでいた指を引き抜き、アイオロスは雄を引き込む場所をじっくりと眺め回した。
肉の鞘は今やぽってりと充血して膨らんでいる。べとべとに濡れた指を抜いても、入り口はより存在感のあるものを待って閉じ切らない。
「……いいな、シュラ」
「っあ……ン、」
右足を抱え上げて肩に乗せる。姿見で自身を見たら卒倒しそうな体勢を取らされても、シュラは弱く喘いだだけだった。
挿れるぞ、と一応念押しの一言を告げる。これだけの痴態にアイオロスの雄はすっかり滾って痛いほど。その切っ先が濡れそぼる場所に押し当てられる。
「は、あぁ……! んぁ、あ、」
「……ッ、」
ずちゅん、と、泥濘に足を突っ込んだような重い水音。うねる内壁の懇ろな愛撫を受けたアイオロスは低く呻いて、一度高い天井を仰いだ。
できるだけゆっくりと腰を進めて、最奥まで辿り着く。
これは確かに情を交わす行為だけれど、快楽の果てを求めてのものではない。だから無体を強いたくはなくて、余裕がないのはアイオロスも同じだった。
獰猛な獣を理性と愛情で抑え込んで、どうにか手綱を握っている。だがそんな男の性など忘れたかのように、シュラはうっとりと呟くのだった。
「……ロス、の……ここまでっ、はい……って、」
熱に浮かされてしまりのない笑みはどこか嬉しそう。子を宿した母がやる手つきでぺたんこの下腹をさすられて、欲情の炎が燃え上がる。
無自覚とはいえここまで煽られて、穏やかに済ませられるほど枯れてはいない。
「っ、シュラ……!」
「えッ、あ、なにっ!? ひゃあうぅっ!」
一際硬く張り出した場所で媚肉を抉る。驚愕して叫んだシュラのことなど気にもかけず、繰り返し腰を打ち付ける。感度を磨き抜かれた身体は今や一突きごとに昇り詰めている有様だったけれど、アイオロスは待ってなどやらなかった」
「ひィ……!? ひぁ、あ、あぁ……あ、」
奥を捏ねられる度、反射で嬌声が押し出される。本当に気狂いになってしまいそうで、快感と恐怖がない混じった涙が止められない。シュラの手に更に力が込められて、アイオロスは顔を歪めた。骨が圧し砕かれるより先に、ことは済ませてしまいたい。
行きあたった最奥、子宮の入り口にのめり込みかねない勢いで剛直を突き上げる。
「っ、ぁ……――!!」
征服の証明がシュラの胎内も脳裏も白く染める。ぐしゃぐしゃの泣き顔。飲み下せずにいた唾液で艶めいた唇が小さく開かれてわなないて、けれど声も出せなかった。
「ん、っく……!」
齎されたものの大きさはアイオロスに取っても変わらない。収縮を繰り返す肉の襞に白濁の一雫までも搾られて、快感に打ち据えられて背筋が震える。更に続けたい気持ちはどうにか捩じ伏せて、散々貪った身体を解放する。
「……シュラ、」
寝台に沈むシュラは、過ぎる責めに意識を手放し、あどけなくも痛々しい寝顔を晒していた。疲労と悔恨に頭を振って、アイオロスは静かに息を吐いた。