——アレが男を取っかえ引っかえ!? そんな人間じゃないのは兄のお前が一番分かっているだろう! くだらんことで拗ねるな!
「それでしまいには、“そんなに気になるなら身体に聞け、男だろう!!”だからなぁ……」
「兄さん、だから貴方そんな恰好なんですか……」
「いよいよお前呼ばわりは酷いと思わないか?」
かつて敬愛の眼差しで自分を追いかけてきた子供は、或いは己が罪を真正面から見据え真摯に頭を垂れた青年はどこへ。額に青筋を立てたシュラに怒鳴られた挙句服まで見事に切り刻まれた――良心が一応残されていたのか、下着だけは辛うじて残された――アイオロスが、やたらに広い寝台に腰かけてぼやく。
同一人物に無理矢理人馬宮まで引き摺られてきたアイオリアは、落ち着きなく辺りを見回しながら戸口に立ち尽くしている。次々と宮を突破していく自分たちを見た仲間の表情や反応が今更のように気にかかる。
「お前は?」
「え?」
「お前はシュラになんて言われたんだ?」
そんなところに立っていないで座りなさい。そう呼び掛ける声はまだどこか硬い。数週間前の諍いが抜けない棘のように心に残っているのは、どうやら弟だけではないようだった。
ぎくしゃくと手足を動かし、一人分隙間を開けて、座る。空間に落ちた視線から意識を振り払うように、アイオリアはシュラの言葉を繰り返していた。
「“お前らのケツ拭く役にも立たん便所紙以下のプライドなどもう知るか、サガの胃のために可及的速やかにアイオロスと和解しろ、教皇補佐の胃に穴が開くだろうが! それともお前が書類仕事をしてくれるのか!!”と……」
「はは、酷い言いようだ」
「よりにもよって天蠍宮で言ったものだからミロにまで聞かれて」
「それはあとで気まずいな」
さざ波のような笑い。それが引いてしまった後で、小さな私室には深い沈黙が落ちた。
「兄さん、」
「アイオリア、」
同時に顔を見合わせて、また口を噤む。外野がいたならばまどろっこしさに頭を抱えてのたうち回っていただろう時間がだらだらと無為に過ぎて、次に先に動いたのはアイオロスだった。
「アイオリア」
二人の間の距離を、詰める。
知らず震えていた肩を掴まれて兄に向き直らされて、アイオリアは小さく息を呑んだ。幼き日々、憧憬と愛情と共に見上げた精悍な顔が、今はもう目の前にある。上背こそ兄には追い付かなかったものの、アイオリアはもう、戦士として成熟した肉体を持つ大人の男だった。
アイオロスがかわいいかわいいと抱き愛でた、幼い少年はもういない。
「……不安だった」
「っにい、さん……?」
「私があの日まで生きてきた時間とほとんど同じだけの時間、お前は年を重ねていて」
蒼穹の果てのごとき瞳に、不意に影が差す。兄のこんな表情を、アイオリアは今まで一度も見たことがなかった。
「私の弟であったが故に、いらぬ誹りを受け苦しみを背負わされてきただろう。そんな中でお前は誇り高き獅子座を継ぐ者となった。聖闘士として、弛まぬ努力を続け研鑽を重ねてきたと一目でわかった」
「アイオロス、兄さん……?」
「お前がとても誇らしかった。だがそれと同時に、」
アイオロスはそこで一旦口を噤んだ。そんなことを言ってしまうのは恥ずかしい、とでも言いたげな、年相応の躊躇いがちらつく。
「自分自身の力で栄誉を手にしたお前にもう私は必要ないだろうと、そう……思った」
「兄さん!」
「多くを見知って乗り越えてきたお前に、あの日から変わらない私を見せることができなかった。……つまらん悋気だ。どうやら子供だったのは私のほうらしい。酷いことを言ってすまなかった」
過日の言い争い。引っ込みがつかなくなって心にもない、事実にも反することをつらつらと並べ立てたのはアイオリアも変わらない。むしろあの日を思い返せば、この13年間に閨を共にした相手があるなどと、そんな嘘をアイオリアが吐いたのがきっかけだった。特定の相手を挙げれば迷惑がかかるなどと余計な気を回し、行きずりの相手とばかり行為に及んだかのような口ぶりで話したのだから、眉を顰めたアイオロスの応えだけを責めることはできない。
――呆れたな……アイオリア。お前は処女神たるアテナに仕える最高位の聖闘士でありながら、名も知らぬような男たちに平気で身を委ねたのか。
汚らわしい、心底軽蔑したという声音で吐き捨てられた一言に返す言葉もなくその場を離れて。周囲の心配もよそに気づけばひと月以上も、兄と顔を合わせずに過ごしてきた。
「兄さん! 俺のほうこそっ、本当は……!」
「いや、いい」
本当は、兄の手だけがアイオリアの知るすべてだった。だがそんなことをアイオロスに知られて、重荷になるのが怖かった。
再びの命を得てからというものの、そういった雰囲気を匂わせることなく過ごしてきたアイオロスに、兄に身も心も愛された幼年期は終わったのだと諦めをつけていたつもりだったのに。
言いかけた詫びさえも遮られて、くるりと視界が回っていた。
「言われたからな、“身体に聞け”と」
「え……ちょっ、んっ……んうぅーッ!?」
貪るように唇を奪われる。のたくり込んできた舌に上顎をちろちろと舐め上げられて、アイオリアはびくりと肩を跳ね上げた。我が物顔のそれが歯列をなぞり、可愛らしい八重歯をつつく。頬の内側を擽っていた舌先に、縮こまっていた舌を無理矢理に絡め取られ、アイオリアは息苦しさに重たくなった腕を持ち上げた。
「んッ、むぅ……ふぁっ、ん、っン……んんっ……!」
昔もこうやって、長い口づけに息が苦しくなっては兄の髪や衣服を引いたものだった。だのに今、甘えつくように栗色の髪に指を差し入れても、アイオロスはキスを止めてくれない。
視界がちかちかと明滅する。足先が勝手にシーツを蹴り乱す。それだけアイオリアが追い詰められているというのに、どうやって酸素を確保しているものか、兄の方は平然と――だがもちろん、いっぱいに熱を湛えた目でもって――弟の頬に朱が差し瞳が潤んでいく様を見つめているのだった。
「ふぁっ、あ……! は、あぁ、あ……」
恣に咥内を舌先で愛撫してから、唐突に唇を解放する。つ……と銀糸が伝って切れたに恥じ入ることさえできず、アイオリアが苦しげに胸を上下させるのをアイオロスはただ見下ろしていた。
ひりひりと肌が痛むほどの苛烈な視線に、我に返ったアイオリアが身を竦ませる。
その頬に手をやって、年嵩になってしまった弟にアイオロスは静かに告げた。
「アイオリア……お前の全てがほしい」
一度は孤独と冷酷な運命の中に置き去りにして、二度目の生でもなお己の弱さで向かい合わずにいた、たった一人の血を分けた肉親。
今こそ、本当の意味でこの腕にアイオリアを抱きたい。
強引なくせに、どこか不安げ。揺れる青玉を見つめ返したアイオリアは、今更、と小さく笑った。
「に、い……さ、っあ……ん、ふぁ、」
唇を押し当てる、幼い口づけが答えだった。繰り返し唇を食んで、そっと舌を絡め合わせる。頬を離れ蜜色の髪を撫でていた手を胸へと滑らせれば、頂はこれだけの行為で僅かに兆し始めていた。
硬くごわごわする布地ごと、摘み上げる。
ぴくんと跳ねた身体を容易く抑え込み、ゆっくりと指先を擦り合わせた。
「ひィぅっ!? あッ、んぁ……やぁっ、ン、」
荒い布地に擦られた敏感な場所が、痛みに近しいほどの刺激を齎す。けれどそれはぎりぎりのところで決して痛みに変わることはなく、懐かしくも激しい快感をアイオリアに与えた。
そこがすっかり勃ち上がってしまったところで、意地の悪い指先の責めが緩やかになる。
「も……それ、いやだっ……」
もどかしくて堪らない。羞恥心などかなぐり捨て、アイオリアは服をたくし上げた。晒された胸筋は確かに鍛え上げられた男のもので、いやらしく膨れた乳首がどうにも不釣り合いだった。
兄の手を掴んで、そこへ導く。
「兄さん……ちょくせつ、さわって……!」
「ふふ……はしたない、」
そこに非難の響きはなかった。吐息交じりの優しい笑い。兄の声もいよいよ熱に浮かされていて、雄の欲情に潤んだアイオロスの視線がアイオリアを悶えさせた。
肉厚の掌が、無遠慮に胸板を揉みあげる。尖りきった乳首が捻り潰されて、それだけで全身が甘く痺れていく。13年もの間性的なことに縁遠かった身体は哀しいほどに快楽に従順で、触れられもしない下肢のものまでもが疼いて張り詰めてしまうのだった。
堪え切れずそこを扱き立てようとした手は、あっさりと兄の腕に阻まれる。両腕を上げられたまま脱ぎかけの服で拘束されて、アイオリアは戸惑ったように眉根を寄せた。
見上げた兄は弟の当惑など気にも留めずに、胸への愛撫を再開している。こんなもの裂くのも引き千切るのも容易いけれど、それもどうにも躊躇われて、アイオリアはおずおずと兄を呼んだ。
「に、にいさん……ひぅッ! あ、あっ……!」
稚い不安げな呼び掛けすらも邪魔するように、頂を苛めつけられて。根元から引き倒すように捏ね繰られたかと思えば、からかうように指先で繰り返し弾かれる。ふっくらと盛り上がった乳輪を爪で掠めるように辿られて、きゅう、と犬のようにアイオリアは鼻を鳴らした。
いっぱいいっぱいになって名前を繰り返し、兄の慈悲を乞う。それなのにアイオロスは決して弟の望む逐情を与えてはやらなかった。
囁く声は優しかったけれど。
「ここだけでちゃんと気持ちがよくなったと教えてくれ」
「い、いいッ! いい、からぁ……! にいさんに、さわられる、とっ……むね、が、」
「胸、じゃないだろう」
賢しらな言葉を使ったのを咎めるように、爪を立てて縊り上げる。びくびくと哀れっぽく震えたアイオリアが、困惑のままに謝罪の言葉を紡いだ。
「ひゃッ、あああぁっ!? ご、めんなさ、」
「アイオリア?」
「お、おっぱいが……きもちよくてっ、あっ、あ……もうッ、んやぁっ!?」
服の下で先走りを垂れ零すものを膝で捏ねられ、アイオリアは鼻に抜ける甘ったるい声で啼いた。駆け抜けた快感を慌てて追いかけようとしても、そこに再びは触れてもらえない。
代わりとばかりに胸への愛撫が激しくなって、いよいよアイオリアは切羽詰まった涙声を唾液と共に垂れ零した。
「や、やぁっ、まって……まって、だめ……ひィああぁッ!!」
そこだけで上体を持ち上げようとするかのように、膨れた頂を思いきり引き上げられて。今度こそ痛みに正気を突き返されてもおかしくないだろうに、兄に躾けられた身体は忘我のままに全てを放っていた。
意志を離れて跳ねあがった腰が物欲しげに兄に擦り寄せられて、力を失くし寝台に落ちる。
「は、あ……うぁ、」
絶頂にこそ幾度も堕とされていたものの、あの頃は幼すぎて精通などしていなかったから、兄の前で吐精に至るのは初めてだった。飲み下せなかった唾液が頬を伝って気持ちが悪い。
「ひッ!?」
余韻にすら変わり切らぬ烈しい快感にアイオリアが半ば呆然としているというのに、兄の手は待ってはくれなかった。
そこだけ色を変えてしまった、下肢の布を撫でられる。くち……と小さな水音が耳に入って、アイオリアはますます顔を赤くして寝台をずり上がろうとした。そんな動きさえ利用されて、身に纏うものを引き摺り下ろされる。慌てて足をばたつかせようとしても、力の抜けた身体でこの体勢ではあまりに不利で、思うように抵抗できない。
一度吐き出してなお昂りを収めきれないものを、節くれ立った指が這う。
「っ、ん……くぅ、」
唇を噛み締めて声を抑えようとする試みは概ね成功していると言ってもよかった。ただ、小用を堪える子供のように擦り合わされた膝頭が震えているのに視線を落として、兄はひっそりと笑いを漏らした。
目を固く閉じて顔を逸らした弟の腹に不意打ちで香油を垂らす。鍛え上げられた肉体にてらてらと輝くぬるみは酷く淫猥で、雄弁に雄を誘っていた。
流石にこちらに向き直って様子を窺っているアイオリアの前で、それを指に纏わせていく。精の臭いを覆い隠すように、南国の花の香が広がった。
「やっ、あ……!」
「そう固くなるな、アイオリア」
「うう……」
まだ掠めるように窄まりを愛撫しているだけなのに、アイオリアは随分と頑なだった。13年ぶりの熱と快楽は喜びとともに恐れにも似たものをアイオリアに齎して、肌が勝手に粟立って震える。
柔らかい髪を撫で回し、赤らんだ頬にキスの雨を降らし。その怯えが少しずつ引いていくまで、アイオロスは根気強く待ってやった。
そうして窄まりが綻び始めてようやく、指を一本だけ食ませる。内側は既に兄を歓待していて、嬉しげに質量のある存在を食い締めた。
「熱いな……」
絡み付いてくる肉にふと漏らせば、羞恥にそこが締まる。変わらぬ初心な反応を愛おしく思いながら、アイオロスはゆるゆると指を後孔へ突き立てていった。
腹側の僅かな膨らみを、まずは軽く押し上げる。
「ひィぁっ!?」
跳ねる腰を押さえつけて、勘所の周りを辿る。肉の壁を緩めるように指を回し、徐々に本数を増やしながらも、そこはいたずらにつつくだけに留めておく。
物欲しげに腰がくねる。アイオロスが弟の顔に目を向ければ、アイオリアは物言いたげに瞬いた。
「アイオロス、にいさん……」
完全に勃ち上がった雄がぴゅくぴゅくと先走りを噴き零す。13年の間にすっかりお強請りのやり方を忘れてしまったのであろうアイオリアが愛おしくて、アイオロスは弟を少しばかり甘やかしてやることにした。
僅かに膨れた場所を小突く。鼻に抜けた甘ったるい声を漏らした弟に、兄は優しく声をかけた。
「ここだろう?」
「っ、ん……!」
こくこくと頷くのが堪らなく可愛らしい。アイオロスの方こそ焦らすのも限界だった。
一度だけ周りをぐるりとなぞり、そしていきなり突き上げれば。
「あっ、あ……やぁああぁッ!」
二度目だというのに、思いもよらぬ量の白濁が飛んで、アイオロスの顔を汚した。
「あ……にい、さ……」
ごめんなさい、と呟いた声が幼い。呆然と目を見開いてぽかんとくちを開けていたかんばせには幼い日の面影が多分に残っていて、兄の胸を愛しさでいっぱいにする。
だのについ意地の悪いことを言いたくなって、アイオロスは頬を濡らした精液を掌に掬い取っていた。どれほど禁欲的な生活をしていればこれほどに欲を溜め込むことになるのだろう。
「昔は漏らしてしまうこともあったが……」
「い、わな……でっ……!」
「っ、アイオリア?」
更に続く辱めの言葉を泣きそうな声が遮った。身を起こしたアイオリアはアイオロスに唇を寄せた。
兄の凛々しい顔が己の吐き出したものに汚れている。
躊躇いなく、とは言わない。それでもゆるゆると舌を伸ばして、アイオリアはそこを舐め上げた。
口元から頬、そして美しい形をした鼻梁へ。苦みと青臭さに顔を顰めつつも、アイオリアはそれをやめなかった。
ようやく全てを舐め取ったところで、じゃれついて鼻先を擦り合わせる。
次の瞬間、視界が勢いよく回っていた。再び見上げることとなった兄の顔に浮かぶものは、苦笑と言うには獰猛すぎた。
「どこでこんなこと覚えてくるんだ……」
アイオリア。耳元で紡がれた名に、アイオリアは身体を竦ませる。
「あ……は、い……っん、」
腕の拘束が解かれ、手と手を絡ませられる。
挿れるぞ、と囁いた声は上擦って掠れていた。ぐずぐずに蕩けた場所に押し当てられたものの硬さと熱さに、兄を乞う身体が勝手に震えた。
「っや、あぁ……ひぁ……ッん!」
「……ッ、」
始まりは圧迫感を伴った。どうにか呑み込んだ、最も張り出した場所に前立腺を抉られる。兄が腹の中を占めていくのとともに、幸福感と被虐の悦びが混じり合った感情がアイオリアの胸いっぱいに広がった。
切っ先が奥に行きあたって、ようやく詰めていた息を吐き出す。
「あ……ぜん、ぶ……?」
「ああ、あと少しだ」
「えっ……ひぃッ……!?」
ようやく全て呑み込んだと思ったのに。兄の言葉が理解できずアイオリアは目を剥いた。
慌てて制止するのより早く、窄まった場所を抉じ開けるようにそれはのめり込んできた。
「いや、だ……だめ、だめだッ!」
ぐちゅん!と最奥のさらに奥をこじ開けられたような感覚に、知らず目から涙が溢れる。痛みはない。代わりに走った目も眩むような快感に、駆け巡ったのは恐怖だった。
「アイオリア?」
「ま……って、にい、さん、うごかないで……!」
今突き上げられたら、気が触れてしまうかもしれない。そんな恐れに支配されてアイオリアは頭を振って兄を拒んだ。懸命にずり上がって逃げようとして、腰を掴んだ腕にあっさりと阻まれる。
その必死さに、アイオロスが眉根を寄せた。
「痛むか」
「い、い……たいっ、いたいからぁッ……!」
痛みなど欠片もなかったけれど、それで兄が動きを止めてくれるならば。
がくがくと壊れた人形のように首を上下させて、アイオリアはひたすらに兄の問いかけに肯定で答えた。
弟の様子を検分していた兄の、その眼がすうっと細められる。
「……二回目だな」
「え? ――ッ!?」
「兄さんは嘘の吐き方なんて教えた覚えはなかったが」
「ひッ!? はっ、ひいっ、ひぁ、あっあ、んぁッ……うぁああぁーっ!」
アイオロスは待ってなどくれなかった。それどころか乱暴とも言える強さで突き上げられて、アイオリアの嬌声が寝室に響く。
入口の敏感なところを擦り上げられ、中の勘所をごりごりと抉られ、そうして切っ先が最奥を暴く。息を吐く間もなく滾ったものが抜け、肉の鞘が排泄感に勝手に戦慄く。蹂躙者に追い縋って柔らかい壁が狭まったところを、また剛直に貫かれる。
「やぁっ……やっ、いやぁっ、いや、あ……ひあぁぁッ!?」
「だめだ」
身体がみっともなく震えて抑えられない。目の前がちかちかと明滅して、人馬宮の天井も、兄の顔さえもアイオリアには見えなかった。
三たび上り詰めそうになって、不意打ちでそこを握り締められた。
無理に絶頂を抑え込まれて全身に悪寒にも似た感覚が走る。見上げた兄の表情は、涙に煙ってやはり窺えない。
吹き込まれる言葉だけが、いやにはっきりと刻み込まれた。
「悪い子には、お仕置きが必要だろう」
「ひィっ、ん……!?」
視界の端を踊ったのは細くたなびく赤だった。訳も分からぬままに張り詰めた雄が縛められて、アイオリアは頑是なく頭を振った。
その子供じみた反応に、兄は小さく笑っただけだった。
また、激しく腰が打ち付けられる。
とっくに絶頂に堕とされているだろうに、残酷な縛めのせいで解放は赦されない。泣き濡れた顔で舌っ足らずにアイオリアは兄に懇願した。
「に……さん、とってッ! あっ、ひぁ、やだっ、やだぁっ……!」
やだ、やだと繰り返す声が幼い。子供のように目を擦って涙を拭っている弟の手を、アイオロスは掴み上げた。
そのまま両の手を下肢に導いても、兄の意図していることが弟にはわからない。
「アイオリア」
「……ひ、っえ?」
自分で解きなさい、と言われたのを、弟は殆ど理解できてはいなかった。
まともな思考能力は完全に失われて、腕には碌に力も入らない。そんな状態で無理矢理勃起を握らされて縛めを解こうとしても詮無いことだった。
兄に揺さぶられながら虚しい奮闘をしていたのは僅か。訳も分からず結び目を弄っていた手が昂りを扱き始めるまでにそう時間はかからなかった。
拙い自慰を続けながら、アイオリアはぼろぼろと涙を溢れさせてはしゃくりあげた。
「ひぅッ、ひあぁっ! むりぃっ……むりだから……できないっ……!」
「随分我儘を言うのだな」
「やだッ、ああぁあーっ! も……ゆるして……!」
寝台から身を起こすことさえできないような身体を、無理矢理引き起こして座らせる。自然深くなった結合に、限界まで目を見開いた弟が身を仰け反らせた。蒼玉を縁どった金糸から涙が散ってきらきらと美しかった。
「だめぇっ、いやだッ!! ごめん、なさいっ、に……さん、ごめ……なさ、」
泣きじゃくって、口の端から唾液を零して、噎せ返って咳き込む。そんな弟の痴態に激しく煽り立てられて止まらない。兄の赦しを得ようと無我夢中で詫びの言葉を紡ぐのがかわいいのだけれどかわいそうで、アイオロスは少しばかり責めの手を緩めてやった。
軽く腰を揺すって掻き回せば、泥濘がぬち、とはしたない水音を立てた。それだけで背筋を快感が突き抜けるのか、軽く痙攣したアイオリアが兄の肩に額を押し当てる。
荒い息が肌を擽る。何度か奥を捏ね回すと、おずおずとアイオリアは哀願の言葉を零した。
「……そ、の……ペニスの、」
「アイオリア?」
「んんぅっ! お、おちんちんの……! おちんちんの、取って……あぁッ、ひァ、んぅ! く、ださ……!」
羞恥と快感に狂わされて、顔をぐしゃぐしゃに歪めて泣く弟がどうしようもなく愛おしい。じっとり濡れて固くなった結び目を半ば引き千切るように解き、アイオロスは抽送を速めていった。苦しげに喘ぐアイオリアの、その嬌声がどんどん追い詰められていく。
「あっ、ああぁッ! くる、やだっ……きちゃうっ……おかしくなる……!」
「アイ、オリア……!」
「ひィああぁああッ……っひ――!」
「……ッ!」
一際高い声で叫んで、背骨が折れそうなほどに身を撓らせて。
けれど待ち望んだ吐精のとき、アイオリアは何も言わなかった。
びゅくびゅくと弟の精がアイオロスの腹を叩いた直後、兄もまた最奥に証を迸らせていた。
「い、い……きもち、いい……にい、さ……」
耐えに耐えさせられた絶頂は、すぐには引いていかなかった。押し寄せる波に意識を何もかも浚われそうになって、アイオリアはすすり泣いて兄に抱き着いた。
肩甲骨に縋る手。そこにある翼を捥いでしまいたいとでも言うように。
爪が割れかねないほどの強さでそこに強くしがみつかれて、アイオロスは顔を歪めて苦笑した。
「にいさん、にい、さん……アイオロス、に……さん、」
13年分には足りぬとでも言うように、夢うつつのアイオリアは飽きもせず兄の名を紡いでは猫のように兄に身を摺り寄せていた。それをしたいようにさせてやって、汗ばんだ猫っ毛にアイオロスは指を差し入れる。
幼い頃してやったのと変わらぬ手つきで髪を梳き、余韻に弱く震える身体を撫でてやる。そのうちにアイオリアの呼吸がすう、と深くなった。
「アイオリア……」
日に焼けた精悍な肉体は、己のそれとほとんど変わらない。そこここに散らばる無数の傷跡に労わるように指を這わせ、アイオロスは静かに息を吐いた。
肉体にも、そして目に見えぬところにも、容易くは癒えぬものがいくつも刻まれているのだろう。
弟は立派な聖闘士になったことも。
平和を享受している世界に再び争いが起きれば、兄も弟も戦地へ赴くことも。
痛いほど分かっている。
それでも今はただ、血を分けたただ一人の弟を、アイオロスのためだけの存在でいさせてほしかった。
せめて、この腕の中にいる間だけは。
涙の跡がくっきりと残る頬、痛々しく腫れた目尻にキスを落とす。
この優しい時間が長く続くことを祈りながら、兄は眠る弟をそっと抱きすくめた。
初出:2016/06/08(Privatter)