「ム、ムウ……?」
凄まじい早業だった。瞬く間に寝台に括り付けられてシュラは瞬く。こちらを見下ろすムウは顔色一つ変えていなかった。呆れた口調は完全に子供を窘めるときのもの。
「いちいち暴れないでください。やりにくくて仕方ありません」
「そ……んなに暴れていた、か……?」
「身の危険を感じる程度には」
大袈裟な、と言いかけた口を閉じる。確かにこの牡羊座の青年の触れようは柔らかくて優しくて、それと同じだけもどかしくて堪らなくて、反射的に何度か手が出ていたのは否定できない。
とはいえこんな風に両手首を纏めあげられた姿勢を強要され、何やら言葉にできないような不安にシュラは襲われた。相変わらずムウは柔和な笑みを崩さないところが寧ろ恐ろしい。一言で言えば底が知れない。
黙りこくってしまったシュラの身体に、再び指が這わされる。
「ぁ、ンっ……!」
指先は固い。鍛錬と聖衣の修復に明け暮れた者のそれだ。並外れた念動力の使い手としてしかムウを知らない人間が見たらきっと驚くことだろう。サイコキネシスを駆使した戦いぶりからは想像もできないほど、節くれ立って無骨な手。
「はぁ、あ……っや、」
そんな手を持つ男が、シュラは決して嫌いではなかった。
「ん、くぅう……ひぅッ!」
嫌いではない、筈だった。
カサついた皮膚が女の肌に時折ひっかかる。露わになっている脇から控えめな乳房の下を抜け、生っ白く心許ない薄っぺらの腹、それからまた胸。今度は色付き始めた頂を少しだけ爪の先が掠めていって、思いがけぬ刺激にシュラは小さく上体を揺すった。
「ムウっ……っ、も……う、」
「何ですか、シュラ」
「その、手……や、めろ……!」
押しつけがましさのない愛撫は却って肌の感度を高めるようだった。いまだ触れられてもいない敏感な部分が切なくてどうしようもなくて、足の先がシーツを蹴る。好き合った恋人同士のセックスでもないのに手間ばかりかけられては身の置き場がないというのに、睨め付ける視線を軽くかわし、ムウはたおやかに微笑むのだった。
「手はいやでしたか」
「ち、がぁっ……あッ、んあぁっ!」
穏やかな顔をして意地が悪い。次に肌を撫でたのは熱い舌で、けれど触れるか触れないかのタッチはまるで変わらない。気持ちがいいけれど物足りなくて、物足りないが故に熱を乞う身体が暴走する。恥ずかしいほどに膨れている乳輪を舌先が二、三回つつくだけで、シュラの秘所は勝手に潤み始めてしまう。膝頭を必死で擦り合わせる童女のような動きを、ムウがちらりと一瞥した。
「や、ぁっ、んくぅう! は、ひぁ……ッあ!」
徐々に責めの手は激しくなる。頂を気まぐれに舌で弾かれ、固い指に擦り合わされる度、自分のものとはとても思えない甲高い声が上がってシュラの矜持を傷つけた。
下腹が疼いて仕方がない。欲しい、とみっともない媚びが零れ落ちそうで、唇を噛み締めたいのにそれすらままならない。
全く不意打ちで花芽を摘まれ、不自由な身体が勢いよく撓った。
「ひゃ……ああぁ、うくぅッ!?」
軽い絶頂。膣口からは愛液が零れ、雄を待ち侘びてひくついている。腰がぴくんぴくんと勝手に跳ねてしまって、羞恥のあまり脳漿が沸騰しそうなほど。ムウの視線から逃れるように顔を背け、シュラは甘い息を繰り返し吐いた。
額に張り付いていた前髪を払われる。知らぬ間に口の端から零れていたらしい唾液を指先で辿って、ムウはおもむろに口を開いた。
「……思ったよりも、感じやすいんですね」
「な、ッ……!」
羞恥か怒りか、よくわからないものでシュラの顔が一気に熱くなる。誰が感じてなど、なんて悪態が思わず口をついて出てしまって、後で悔やんでも遅かった。
「シュラ、」
「……っ、」
「知っているかもしれませんが」
真っ直ぐに滑り落ちた金の絹が素肌のあちこちを優しく嬲る。他にも蜜色の髪が魅惑的な人が聖域には大勢いるが、ムウとシャカの髪はうねりの一つもない美しさでは群を抜いている——あいつら二人して性格はひねまくってるくせによ、なんて悪友はこっそりぼやくけれど。
優美な微笑を湛えた唇から、穏やかな囁きが紡がれる。
「私は嘘を吐く人が大嫌いなんです」
声音はともかく内容は物騒だった。咄嗟に言い返せないシュラに対し、念押しのようにもう一度。
「嘘吐きは、大嫌いなんです」
子供の教育にもよくないですし、なんて独り言が続く。教育って言ったって貴鬼はアレだ、お前を反面教師に育っているぞ、と喉元までせり上がっていた突っ込みを押し込められたのは僥倖だった。少なくとも、更に事態を悪化させることだけは免れた。
だからと言ってシュラが置かれた状況がよくなった訳では決してないのだった。
「ひぅ、あぁっ、やぁあああッ……!」
汗だくの身体が撓る。大股開きのはしたない姿勢で固定されたまま、腰が淫らにくねってしまう。
「シュラ?」
「よ、く……ないっ……!」
幾度絶頂に押し上げられたかわからないほどなのに、ムウが何か尋ねるより早く、シュラは頑なに快感を否定してかぶりを振った。虚勢とか意地とかにムッとしていたのは最初だけで、ムウは段々この年嵩の同胞の必死さが面白くなってきている。
濡れた黒曜の瞳はどこを見ているのだろう。紅く色づいた唇から漏れる吐息も、こちらを睨み上げているつもりであろう視線もすっかり蕩け切り、聖剣を振るう厳めしい山羊座の面影は小指の先ほども残されてはいないというのに、当の本人はそんなことには気付きもしない。
別にシュラに“は”個人的な恨みつらみがある訳じゃない。
ただ、引き締まった横顔や怜悧な眼差し、そして孤高の背中しか13年間見せなかった人が、この腕の中でどんな風に啼くのか興味があった。
一旦寝台を離れ、文机の抽斗を開ける。
唐突な行動を訝しげに見ている人に、ムウは穏やかに微笑んで。
取り出した小瓶の蓋を開ければ、馨しい芳香が部屋いっぱいに広がった。
「ぁ、な……にッ!? ひゃ、あ……やめ、っ、んうぅっ!」
掌の熱で緩ませたものを、胸の頂に滑り落す。刺激に過敏になっている場所に擦り込むように指先を捏ねれば、シュラの声がまた甘くなる。
責めの手はこれ見よがしにゆっくりと下肢へ下りていく。指先がどこを目指しているのかようやく悟ってシュラは不自由な身体を捩らせながら拒絶の言葉を吐いた。
「いや、だ……よせっ!」
「ふふ、シュラがあまりによくないとばかり言うものですから。このまま続けるのは気が引けてしまって」
「っ、やぁ……あ、ひァ、っん……!」
もったいぶった言い回し。薄い腹筋を辿った指が浅く臍を擽り、ささやかな翳りへ。いやらしくしこって膨れ、ぴょこりと飛び出している場所に触れられて、シュラは柳眉を寄せて身を震わせた。半分顔を出していた最も敏感な場所が、ムウの手によって完全に露わにされてしまう。
「あぅっ、あ、あぁ……ひぁああーッ!」
剥きだしの花芽を無遠慮に摘み取られて、視界がちかちかと明滅する。小瓶の中身をたっぷりと掬い取った指先にそこをしごかれると、息ができなくなるほどに感じてしまう。膣口から垂れた蜜がまたシーツの染みを広げたのがわかって、シュラは殆ど泣きそうな顔で黒髪を乱した。
まだ、そこには指の一本も突き立てられてはいない。認めるのは非常に癪だけれど、女の身体は秘所を占めてくれる存在を求めてしまう。とは言え今、ムウの手を受け入れるのは恐ろしかった。
「い……ぁ、あ……!」
指程度ならば容易く受け入れてしまえるほどには蕾は綻びている。固い指先がそこに押し当てられて、シュラの心臓はどくりと跳ねた。
全身が衝撃の瞬間を恐れながら、それに備え、待ち侘びている。だからなのか、ムウの手はなかなか動かずに膣口に浅く爪先を呑み込ませただけで止まっている。
緊張は長くは続かない。シュラが細く息を吐いたとき、それは一息にのたくり込んできた。
「ふぁッ! あ……やぁああぁっ!」
間を置かず節くれ立った指が激しく動かされる。肉襞のある一点を刺激される快感は目も眩むもので、女の悦びを知らぬ身体が勝手に動いていた。
「やぁ……めっ、やめろッ! っえ、ぁ……!?」
今更本気で抗うために手首の拘束を叩き斬ろうとして、シュラは愕然と目を見開いた。
「シュラ……あなたって見た目よりも抜けてますよね……」
やっと気がついたんですか?と呆れた声が降ってくる。聖衣と同じ素材で出来ているこの枷は生半可な力では壊せない。小宇宙も満足に燃やせない今のシュラでは、ここから抜け出すのは不可能だった。
本当の本当に嫌になればいつだって抵抗できるし逃げられる。そう思い込んでいたが故のほんの僅かな余裕さえも砕かれる。シュラが打ちのめされて唖然としているというのに、ムウは待ってはくれなかった。
「あ、っあぁ、ひぁああッ! やぁああっ!」
ぐちゅ、ずちゅ、ぐじゅ、と重ったるい水音。溜まった愛液を掻き出すような指使いに腰がくねる。潤んだ蜜壺の中にまであの得体の知れないものが塗りたくられて、身体がどんどん熱くなってくる。あちこちが快楽の炎に炙られて酷く火照って、それでも射精という区切りがない性では熱をどこに逃したものかわからない。
縊路を掻き回す指は確かに気持ちがいいのと同時に切なくてもどかしい。もっと圧倒的な存在に占められて犯されて満たされたいけれど、シュラの懊悩などまるで興味がないとでもいうようにムウは指さえも秘所から引き抜いてしまった。
蜜の滴る指先で、唾液に濡れた唇を辿られる。突き放したような、それでいてどこか淫靡な手つきに、ついに哀願が止まらなくなる。
「っ、むう…ムウッ! も……いれ、て、」
これ以上焦らされたら気が触れてしまう。恥をかなぐり捨てて乞うているのに、ムウの言葉はそっけなかった。
「……私ではあなたをよくしてあげられそうにありませんから、」
「い、い……ッ! いい、いい……からぁ……!」
わざと寝台から離れていこうとする男の身体に、力の抜けた足が哀れっぽく追い縋って絡みついた。
吐息は炎でないのが不思議なほどに熱い。潤んだ瞳からはついに涙が滑り落ち、紅を乗せられたような頬を伝って敷布を濡らした。
「きもちいいっ、から……っあ、」
はやく、いれて。ほしい。めちゃくちゃにして、なんて。勇猛果敢な山羊座に憧れる雑兵たちが聞いたら泡吹いて卒倒しそうな媚びを紡いで、シュラははらはらと雫を零した。。
脱ぎ捨てられた服がベッドサイドの椅子に放られる。普段のシュラならば精悍な肉体に対する賛辞の一つでもあったろうが、今はそんな余裕などあるはずもない。
「……む、ムウ、っはやく……!」
はしたないにもほどがある大股開きの姿勢のまま、シュラが懸命にムウを求める。切っ先を綻んだ蕾に押し当てただけで、そこは歓喜に痙攣して勃起を中に引き込むべく蠢き始める。
「いれ、っえ……ッひぅ、ぁ——!?」
充血しきった肉襞を抉りながら一息に奥まで突き上げる。十分すぎるくらいに慣らしてあるからして、シュラには欠片ほどの痛みもなかっただろう。淫靡な笑みを浮かべている泣き顔が小さく息を呑んだまま硬直して、汗だくの女体は激しく撓った。
媚肉の中の勘所を繰り返し擦り、更に最奥の奥を抉るように幾度も穿つ。膣内での絶頂には陰核でのそれと違いインターバルがない。徐々に達するまでの時間が短くなってきたシュラはとうとう一突きごとに肉壺を痙攣させてムウを締めつけ、やがては高みから降りられなくなってしまったようだった。
「あ、ンぅ、あぁッ! あぁあああーっ! ひぃう、うくぅうッ、うぁぁああッ!」
雌の快感に陶酔しきった肉体が、征服の証を求めている。随分と低い位置まで降りてきている子宮の入り口をこれでもかと強く抉られて、シュラはほとんど上瞼を睨み上げていた。
「ん、ぎぃっ……!? は、ぁ、ひィあ……っは、」
最も張り出した部分でそこにのめり込まれ、雄の切っ先でしつこくしつこく捏ねくり回される。聞くに堪えない嬌声を部屋中に響かせていたシュラは、けれど時折飲み下せない唾液に酷く噎せ返って咳き込んだ。
「あ、ひィ、っん……?」
薄い下腹を男の掌が軽く押す。侵略者をはっきりと意識させられると同時に、他の器官の存在もまじまじと思い出させられ、女の身体がぎくりと強張る。慌てて弱く足をばたつかせ始めたシュラに、抵抗の術など残されているはずがなかった。
「む、うっ……むうっ、ムウっ……も、っ、やぁッ、めぇ……!」
確認するようにぐ、と押されて、ますます欲求が高まってしまう。元々男として生まれついたものを何の不具合でか女に変えられ、吐き出す精もないままに幾度も極みに押し上げられ、脳にも身体にも深刻な誤認が起こり始めても仕方がなかった。
「ひぁ、あッ、ひぃうぅううッ! う、くぅ、うぁっ……んっ、」
熱く切ない疼きが下腹から背筋を這い上り、理性も矜持も意識さえも蕩かしていく。相変わらず掌はぺたんこの腹を一定のリズムで押して脳を急かし、勃起は体内から内容物をたっぷり溜め込んだ水風船をしきりに突いて水面を揺らした。
「ムウッ!! ほんとに、いや、だぁ……! っン、あ、だめ、っも……だめっ……!」
もう本当に、これ以上は一分だって我慢できそうにない。だのに涙や唾液どころか鼻水まで垂れ流して泣いている様を見下ろしているムウはやっぱり嫋やかに微笑んでいるように——こんなに近くにいる人にすら焦点が合わなくて、何となくそう思っただけだけれど——シュラには思えた。とはいえ怒りも湧かない。そんな高度な感情はとうの昔に消え去っていて、ただ今は、生理的欲求と快感にひたすら抗っているばかり。
「駄目? いい、の間違いでしょう?」
「い、やぁッ、だめ、だ……って……ひィぁ、ああぁァッ!」
何が駄目なものか、と責めの手が寧ろ激しさを増す。言わなければ、どうあっても解放してはもらえまい。口を閉ざしたまま決壊を迎えるよりは幾分かマシだとか、頭で計算している余裕はもうない。ただ蜜壺の入り口よりも遥かにささやかな大きさの場所を必死で締めているのもいよいよ限界で、考えるよりも前にシュラは口走っていた。
「も、れるッ……もれるっ、からぁ……いま、やめッ、あッ、あっん、うくぅうッ……!」
「何が漏れてしまいそうだというんです?」
「っ……ぁ……っくぅ、お……お、しっ……こ……! おしっこ、っ、もれる、からぁッ……!」
「っ、ふふ……そうですか……」
まさしく幼女の口振りだった。もう少し賢しらな言い回しがいくらでもあろうに、散々に追い詰められたとき咄嗟にこの山羊座から出てきた言葉のあまりの幼さにムウは失笑していた。
みっともない告白を強要されて、もう更に責められることはあるまいと安堵したかわいそうな贄の、白い貝のような耳殻に吹き込む。
「構いませんよ、別に漏らしたところで」
「はっ、ひ……!? だめっ、あッ、よせ……! いやっ、いやいやいやぁーッ!」
ゆっくりと引き抜いていた熱り勃つ雄を、再び最奥へと勢いよく捻じ込む。そのまま再開された抽送に驚愕したあまり、少量の尿が吹き出してムウの下生えを僅かに濡らした。慌てて栓を締め直しているつもりだろうが、一度油断して緩めかけてしまったものがそう簡単に元に戻せるわけがない。
ムウが腰を打ち付ける度、じわじわと恥ずかしい液体が寝台を汚す。堪えに堪えていたせいで膀胱に溜まっていたものはかなりの量になっているし、それを尿道口をヒクつかせながらちょろちょろと垂れ流すのだから汚辱と排泄の快感はだらだらと長引いてシュラを苦しめる。
だからムウが一層強くシュラを苛んだのは、もしかしたら優しさ故なのかもしれなかった。
「ッ、あぁっ、やぁッん……あッ、ひィあ、あぁああぁーっ!!」
「……っ!」
ごちゅん!とついに子宮の中にまで侵入を果たした先端がついにそこに白濁をぶちまける。
襲いかかる快楽の波に溺れ無様にイキ果てた惨めな顔を取り繕うこともできず、ようやく本来の勢いで排泄され始めた淡黄色の液体が尻や背中を濡らすのを、シュラはぼんやりと感じていた。
黒山羊は暫くは殆ど放心状態だった。
ようやくまともな意識を取り戻し、抱き上げられて風呂に入れられている間中も、シュラは石のように黙りこくっている。
柔らかいタオルに包んだ小さな身体を寝室に連れて帰ってソファに掛けさせ、先に口を開いたのは牡羊座の青年だった。
「ここ、切れていますね」
薄い唇は派手に噛み切られて血だらけ。わざわざ見せようとはしないものの、きっと掌も繰り返し爪が立てられて無残な有様だろう。
「え? ああ……」
「ごめんなさい。無理を強いました」
目の前の床に膝をつかれ詫びられて、シュラの方が気まり悪げに顔を逸らす。見覚えがあるともないとも言える、女の白いかんばせにムウは努めてゆっくりと手を伸ばす。
「ッ、お前、何して……ぁ、っ……!!」
傷口にあの小瓶の中身を塗り付けられて、驚愕したシュラが大きく叫ぶ。男の腕を振り払って立ち上がろうとしたけれど、限界を越えて酷使された身体は言うことを聞いてくれなかった。
倒れ込んできたシュラを難なく受け止め、今度はソファに寝かせてやって。自身の皸にもそれを塗り込め、そうして細っこい手を掴み上げる。
掌の爪痕にもとろみがついた乳白色のものを擦り込んでやりながら、ムウは敢えてにっこりと笑った。
「軟膏に香油を加えただけのものですが、どうかしましたか」
「……は?」
「きもちよくなどない、と何度も言うものですから、濡れていないところに押し込んでは怪我をさせると思いまして」
大方か媚薬か何か使われたのだと思い込んでいたのだろう、そう思わせたのはムウなのだが。
催淫剤もなしにあれほどまでに乱れて醜態を晒したとあって、日に焼けぬシュラの肌は赤くなったり蒼くなったり忙しい。とうとう堪え切れなくなって嫌味なほど朗らかに笑ってしまったムウを精一杯睨んで、シュラが震える声で吐き捨てた。
「だ……って、お前、嘘吐きは嫌いだと、あっ……!」
詰る言葉は最後まで続かずに止まってしまった。ムウは確かに嘘など吐いていない。本当のことも何一つ言ってはいないだけで——13年間のシュラと同じように。
「ふふ、これでおあいこですね」
こういう笑い方をすると、貴鬼などはっきりと怯んで何も言わなくなる。デスマスクはうげっと顔を歪めるしサガなんて今にも泣きそうな表情になるのだけれど、シュラはそのどれとも違っていた。
「なら……いい」
「……え?」
思いがけない応えに一瞬反応が遅れる。
「それでお前がいいなら、いい」
決して皮肉めいた口ぶりではなかった。ムウの肩を押して立ち上がって、ついでにシュラは背凭れに掛けてあった布の一枚を引き剥がした。そんな薄布の一枚で頼りない身体はすっぽりと覆われてしまう。
「朝になったら出ていくから、夜が明けるまでここにいさせてくれ」
ぐしょぐしょの寝台は流石に使う気にならないらしいが、かと言って長椅子を家主から奪うのも気が引けたようだ。危なっかしい足取りは暖炉の傍らで止まり、ラグの上で丸くなる。
やがて静かな寝息が聞こえてきて、ムウも呆れずにはいられなかった。
たじろぐでも詰るでも詫びるでも泣くでもなく。なんでこの状況で、平然と眠ってしまえるのだろう。
「シュラ……あなたみたいな人のこと“チョロい”って言うんですよ」
当然ながら答えはない。何だか最後には自分の方がどっと疲れてしまって、額を抑えて一つ溜息。
ソファに寝かせてやろうと抱えた人は、何だか酷く軽かった。