「シュラ……本当に、その……動いて、いいのか?」
「い……いも、わるい、も……ある、か……!」
さっさとやって終わらせろ! そう呻くようにシュラが吐き捨てると、背後の気配はむしろ怯んだ。押し入ったものは大きく太く熱く硬く、薄い下腹を圧迫している。女を全く知らないこの年下の同胞に前戯を任せるのなど色々な意味で恐ろしくとてもできなかったから秘所を緩めたのはシュラ自身。だが恥じらいや無知もあってそれは不十分で、潤いの少なさと雄を拒む締め付けにアイオリアは低く唸った。
気持ちがいいと痛いの中間くらい。けれど密かに想いを寄せていた人とこんな形でとは言え夜を共にすることができて、アイオリアの心臓は胸筋を突き破りそうなほどに激しく高鳴っていた。
細い背の戦慄き。苦しげな吐息。悩ましいうなじの白が目に痛い。枕に顔を埋め、敷布に爪を立てて布地を痛めつけているシュラの姿はどうにも哀れで、庇護欲が掻き立てられる。
「あ……んぅ、ッぐ、」
だのに。
随分と小さく弱々しくなってしまった身体を抱きすくめて護りたくなるのと同時に肚の奥で煮え滾るこの激情はなんだろう。虚勢を突き崩し、必死でーー綻びだらけなりにーー平静を取り繕った顔をぐしゃぐしゃにして、あられもない啼き声と哀願を垂れ流させたくなるようなこの気持ちは。
「……シュラ、」
溜め息一つ、温かな蜜色の髪を揺らしてアイオリアは歪んだ妄想を振り払った。
眼下の人は痛みと圧迫感に喘ぎ苦しげで見るに堪えない。
逆賊の弟として生きてきた13年間、とかくあらゆる方面で身を律し続けた――そうせねば生きていけなかった――アイオリアだから、酒であるとか賭博であるとか女であるとか以前に余暇のまともな過ごし方すら実際のところあまりよくわからない。
とは言え女の秘所にある快楽の芽の存在くらいは一応耳にしたことがある。女の悦ばせ方については哀しいほどに無知だけれど、乾いていては痛かろうとそれくらいは想像がつく。潤滑剤は下準備のためにシュラが浴室へ持って行ってしまったきりだから、軽く指先を舌で舐り、アイオリアは下肢へと腕を伸ばした。
「っ、ひ……!?」
全く不意打ちの刺激に身体が跳ねる。探り探りの指先が明確に愛撫の意図を持って動き始めて、シュラは不快げに舌打ちした。
「かっ……て、な……こと、っン……!」
花芽そのものにはなかなか手が届かない。それでも酷い圧迫感から逃れようとする身体は勝手にこそばゆさに集中してしまう。何だか取り返しのつかないことが起こりそうで、シュラは腹立たしさと困惑から反発せずにはいられなかった。
「や、めろっ……アイオリアっ……!」
気色が悪い!なんて怒鳴られては、男の方もいい気はしない。むすっと唇を引き結んで、アイオリアは半ば意地になって動かす手を止めなかった。孕む性に変わったシュラは酷く小柄で、小宇宙も青銅程度かそれ以下にまで弱まっていて、抵抗を抑えるのなど赤子の手を捻るのより容易い。背後から雄を咥え込まされた今の姿勢で、シュラにできることなど高が知れていた。
怒気が籠る罵倒も、不埒な手を秘部から引き剥がそうとする作りが繊細な手も、こちらに顔だけ捩じって向けてくる視線も、一体何の助けになろう。
背筋の震えと腰の奥の疼きが少しずつ存在感を増してきていて、シュラは――それが結果的に墓穴を掘るとは知らずに――思わず腰を引いてしまった。無骨な指が神経の集まった先端を弾き、驚きに甲高い声が上がる。
「ン、やっ!?」
「ここ、か……?」
濡れた指先が確かめるように幾度もそこを往復する。拙い手つきは却って甘い切なさに繋がり、漏れかけた熱い吐息をシュラは奥歯で噛み殺した。
「ち、がぁ……そ、こぉっ、いじ……るなぁッ……!」
「はは、シュラ……語るに落ちたな」
「ひィう、ん、くぅ……!」
命令というよりは懇願の響きを持った言葉と、愛液を零しきゅうんと締まる膣とがシュラの弱いところを詳らかにしている。
気がつけばあれほど侵入者を拒んでいた肉の壁は随分と緩んでいた。滾りをねだる蠢きに眉を顰めて、アイオリアがゆるゆると抽送を開始する。
「や、めっ……やめ、ろッ……!」
「何を言う。この行為を望んだのはお前だろう」
頑なな態度は一層雄を興奮させて煽る。愛おしさも憐憫も、泥水を啜るが如き13年間後生大事に抱え続けた慕情でさえも、欲望に支配された身体を止めることはできなかった。
捩じ伏せたはずの妄想にいつしかこちらが捩じ伏せられ、獣を封じたはずの獄に繋がれていたのはアイオリアのほうだった。
「んぐッ、う!?」
両腕を後ろに強く引かれ、手綱を取られてはどう足掻いても逃げられない。そのまま深いところを剛直で思いきり抉られて、シュラは愕然と目を見開いた。
乾いた肉が引き攣れる痛みはもうない。肉と肉がぶつかる音の間に聞こえてくるのは確かにはしたない蜜が捏ね回される音で、羞恥のあまり耳を塞ぎたいのにそれさえも叶わない。
「ア、イ……リアっ! いや、だっ……! っひ、ぃ、ン、」
強く握られた手首が熱い。獰猛な吐息が背筋を撫でる。こんな形で奥まで穿たれているというのにそこは歓喜にうち震えていて、シュラの矜持を傷つけた。
短い黒髪を揺らしてかぶりを振る。だがそんなことで纏わりついてくる快感を振り払うことなど到底できず、むしろ練り込まれるものの大きさに仰け反ることしかできなくなる。
「あっ、あ、やぁあ……! んくうぅ、う、ぁ……あぁあああぁッ!」
徐々に追い詰められていく嬌声を揶揄するように小さく笑って、アイオリアが一際奥まで張り出した部分を突き込んだ。
「ん、ぐっ……!」
「やぁ、あ……あ、つい、」
征服の証明を女にしかない器官に注がれ、うっとりと甘ったれた言葉が零れる。その響きに自分で愕然としたのだろう。込み上げる汚辱に眦を濡らし、シュラはアイオリアを睨み上げた。
終わったつもりでいるのだ、シュラは。
「なに……して……! は、やく……ぬけッ!」
まさか男がここで止められるはずなどなかろうに、そんなことも忘れてしまったというのか。
ようやく解放された腕が上体を起こそうと虚しい奮闘を続けている。少しでも凌辱者から離れたいとばかりに足の爪先は懸命にシーツを蹴って芋虫の如く這いずろうとしていて、そちらを見遣ったアイオリアを失笑させた。
可哀そうに。どこか他人事のように思い、無意識のうちに唇の端を吊り上げる。
「な、にが……おか、しい……?」
この贄はかつて兄を殺した同胞殺しの聖剣であり、大罪人を討った忠臣。ある時は誉れ高き黄金聖闘士として仰がれ傅かれ、またある時は陽光よりも闇夜に相応しき処刑人と陰で呪詛の言葉を吐かれながら、13年を生きて死んだ。
あの日から自分ではない誰かの“正しさ”を背負わされ、聖域という閉鎖空間で押し付けられた仮面通りの役割を演じていたのは自分もシュラも同じなのだ。
さてこの山羊は、摂理に反した復活とそれに伴うこの不具合を、福音とするのか罰とするのか。いずれにせよ屈辱的でおぞましい辛苦さえ、頭を垂れて押し戴く心算のようだが。
それこそがいっそうシュラを哀れに見せる。
「お前の不様が」
どれほど高潔であろうとしても、シュラの存在そのものがシュラを辱め、魂を汚泥の中に引き摺り込む頸木となるのだ。
その言葉をそっくりそのまま眼下に投げつければ、赤く火照り汗に濡れた痩身が激しく捩られた。
「き……さまっ……!」
ふざけやがって、と。歯噛みして普段ならば決してしないような蓮っ葉な口調で唸ったシュラが不自然な姿勢で睨み上げてくるけれど、滑稽なだけで恐ろしいはずもない。
「そうか。見えないんだな、お前自身には」
「ひッ!? あ、ぅあ……あぁああっ!」
軽い身体を抱え上げる。そのまま室内の姿見に快感に溺れた女を映してやれば、シュラは一瞬言葉を忘れてしまったようだった。
「っ、あ……え……?」
汗やら垂れ零された唾液やらでみだらがましいかんばせ。触れられてもいないのに生意気にしこり勃って存在を主張している胸の頂。
ぞっとするほど大きな肉の楔を呑みこむ場所は、呆れるほどに大きく拡がって雄を懇ろに舐めしゃぶっていた。
アイオリアが雄をゆるゆると引き抜いてみせると、蕩けた肉の襞が捲れて鏡面に露わになる。
「や、めろッ!! ふぁっ、あ、やあぁ……!」
春を鬻ぐ女たちでさえ顔を顰めそうなはしたなさに、ようやく正気が突き返されたらしい。絶叫したシュラが暴れて辱めを拒むのを容易く押さえ、仕置きとばかりにアイオリアは再び中を軽く小突いた。それだけでみっともなく喘いだシュラの顔に淫蕩な笑みが浮かぶのに、本人は気付いているのかいないのか。
拘束から逃れることができないシュラが、せめてもの抵抗で手を伸ばす。結合部を小さな掌が覆う、その動きはまるで粗相をした子が下肢を隠すときのよう。
「いやっ、あ、ぁ……だ、アイ……オ、リアぁ……!」
途切れ途切れの声が上擦らないよう、シュラがまったく無意味な努力を続けている。腕の中の存在の虚勢をさっさと突き崩したくてどうしようもなくなる。
自分を抱く男が何を思っているのかなど想像する余裕もないまま、シュラは懸命に秘所を隠し喘ぎ声を殺そうと奮闘していた。
「……シュラ」
「え……?」
一段低く耳元で囁かれて、反射的に顔を上げてしまって。鏡に映る男と目が合い、シュラは涙に濡れた目を大きく開けたまま硬直した。
「ッ、あ……!?」
「“手を下ろせ”」
深い森の、静謐で清らかな泉の、最も冷たく深いところ。そう思い秘かに焦がれていた瞳の奥に、欲情にぎらつく紅が見えたように錯覚する。いじらしいほどの頑なさで下肢を隠していた両手が意志に反して投げ出される。
「なぁ、っ……で?」
「ふふ、俺などの暗示でも今のお前には効くのだな」
満足げに笑ったアイオリアの視線が露わになった場所を舐める。身悶えして視姦から逃れるほどの気概は奪われて久しく、最後の反抗でシュラは鏡から思いきり顔を背けた。
「“目を逸らすな。鏡を見ろ”」
「い、っやぁ……! いい、かげんっに……あっ、やぁん、ひィうぅうっ!」
幼い抗いすらも取り上げられて、羞恥や快楽を上回る怒りで身体が熱くなる。それでも遠慮を知らない雄に肉の襞を擦り上げられると抗議すらも聞くに堪えない嬌声に紛れて消えてしまう。
ぽってり潤んで充血した壁越しにその器官をごりごりと押され、生理的な欲求を思い出させられて、シュラの身体がぎくりと強張る。その身悶えの意味を察してアイオリアが鼻で嗤う。その嘲笑だけで、容赦してくれる心算などないのだとシュラにだってわかった。
「あ、ぁ……リア、いや……いや、だ……っリア……!」
その呼び方は誇張なしに13年ぶり。哀願の響きさえも情に訴えて来ることはなくて、アイオリアは媚肉を穿つ動きを止めなかった。
「俺は漏らせとは言っていないぞ。嫌ならばことが済むまで忍べばいいだろう」
「いぁ、あ、ンくっ……やめ、」
「それともそんなこともできずに粗相してしまうほどに追い詰められているとでも?」
性こそ変えられてしまったものの、誇り高き山羊座の聖闘士が。
自分でも驚くほどに意地の悪い声が、腕の中のシュラを追い詰めていると思うと堪らない。
「っ、ふ……くぅう、う、うっ……!」
鏡の中の痴態と向き合う黒曜石の瞳にはついに快楽からではないと思しき涙が次々と浮かび、止め処もなく溢れて零れ落ちていく。激しすぎる突き上げの最中、わざと強く揺さぶられて、箍が吹き飛びそうになる。
「いや、い……あぁあああッ! も、もれっ、っひ、んくうぅ……!」
尿道口がひくひく痙攣する。そこからぴゅく、と少量の雫が零れて、シュラは歯を食い縛って排泄欲を押し込めた。限界などとうに超えているけれど、13年以上もの間誰にも言えぬ慕情を抱え込んでいた相手に醜態を晒すくらいなら、このまま死んだ方が余程マシだった。
そんなシュラの煩悶を知ってか知らずか、獲物を苛む責めが続く。
唾液をまぶされた熱い舌が、細いうなじを舐り上げる。ヒ、と引き攣った声を上げて堪え切ったシュラが一秒に満たない時間だけ安堵する。
その瞬間を狙い澄まして、赤く染まった耳朶に、アイオリアは思いきり歯を立てた。
「ひんッ!? あッ、あんぅ、くうぅううっ! あ、あぁ、あ……あ、」
歓喜に喘ぐ女の虚像が、吐き出したもので濡れていく。びちゃびちゃと鏡面を叩く音がいやに大きく間抜けに響く。快活とさえ形容できる声でアイオリアに笑われて、反射的に舌を噛み切ろうとさえして、シュラは更に深く絶望のどん底に堕とされた。
「やぁ、あ……ら、も……っ、」
飲み下せなかった唾液が顎を伝い首筋に落ちる。みっともない善がり声すら我慢できないのに、舌に歯を突き立てて自死することなどできるわけがない。
「ご……めん、なさぁ……やぁう、ゆる、し、」
地中を這うミミズのごとく、淫らの地獄を這いずり回る。射精という区切りのない女の身の快楽には終わりがなく、シュラは幾度も絶頂に叩き付けられて無垢な身体を躾けられた。
「ご、め……なさ、あ、うぅッ……!」
幼い、舌っ足らずの詫びの言葉。最も恥ずかしい瞬間を目の当たりにされて罅だらけだった理性は今や完全に打ち壊されてどうにもならない。顔をくしゃくしゃにして泣き、謝り続けるシュラは、年端も行かぬ子供のように見えた。
そんな様にさえアイオリアは煽られて堪らなくて、最奥を暴き責める動きが止まらなくなる。
「……っ?」
再び寝台に寝かせ、何度も自分を刻み込んで。
どれだけ続けていたかわからない。だが腕の中の相手から何の反応も得られなくなって、アイオリアはようやく我に返った。見下ろしたシュラは瞼を下ろし、静かに意識を手放していた。
「シュラ……?」
弛緩した痩身。失神を赦され一先ず解放されて、それでもシュラの顔はちっとも安らかなんかじゃない。あれほど紅潮していた頬は今や血の気が引いて蝋のように白い。柳眉を寄せた表情の痛々しさがアイオリアの目を引いた。
泣き濡れて重ったるく腫れた眦から涙の痕がくっきりと残った頬へ指の腹を滑らせる。
それから薄く頼りない身体へ。聞こえるか聞こえないかの声でシュラが小さく呻いたので、右腕がついぎくりと強張る。最中はあれほど怒り泣かれ懇願されようと止められなかった手はあっさりと肌の上で動かなくなる。
この人は。
恋してはいけない人だった。
兄を奪われた弟として憎しみを、後に続く者として敬意を抱いていなければならなかった。
「んぅ、ふ……っく、うぅ……!」
苦しげな吐息は時々詰まる。意識がないままにしゃくりあげるシュラの背を、アイオリアは出来得る限り優しく――けれどどこかぎこちなく――撫でた。
「ん、っ……」
そうして飽かず見守っていると、黒く長い睫毛が震え、ゆっくりと瞼が持ち上がる。これほどの無体を強いられたというのに、凌辱者を視界に捉えシュラが微笑むものだから、今更罪悪感に打ち据えられたアイオリアは声を詰まらせた。
「……っ、シュラ、」
「あ、ア……ぅ、」
「シュラ?」
「ア……オ、ロス……」
喉が切れるまで叫んだせいで、痛々しく掠れた声。安堵し切った表情で少しだけ笑みを深めて、そのままシュラは瞼を下ろした。先ほどまでと打って変わって、寝息は随分と安らかに聞こえる。
アイオロス。
嬌声よりも、罵倒よりも懇願よりも、涙交じりの詫びよりも。兄の名が脳裏にこびり付いて消えなくなる。
寝台に沈む人は、もう何も言ってはくれない。