黒サガにモブをけしかけられるシュラ

※暴力描写メインかもしれない

※黒サガシュラ、ロス←シュラ前提


 贄が四角い空を見上げていた。ただ、それだけだった。

 酷く抗われた訳ではない。詰られたのでも、大声で喚き暴れられたのでも。むしろ仔山羊はいつものように、ただ唇を噛み締めて横たわっていただけ。

 その諦念が常にサガを苛立たせてますます手酷く痛めつけられるのだと、シュラはわかっているのだろうか。敬愛する同胞の血で聖剣を染め上げてからこの子供は少しずつ狂っていっているから、もしかしたら気付いていないのかもしれない。だが知っていてなお誰かに責め苛まれたくてそうしているのだとしても、別にサガは驚かない。

 とにかくこの子供の半ば死んだ目はサガを不愉快にさせるばかりで、その苛立ちは多少のことでは引いていかないというのも、またいつものことだった。

「手を出せ」

 山羊座は諾々と従った。思えばこいつには名を呼ばれたことがない。猊下と傅かれたこともない。己はシュラの中ではサガではなく、また教皇でもないのだろう。

 抵抗一つ碌にできないくせ、こんなところが頑ななのにも腹が立った。

 子供の細腕に重たい枷を嵌める。一見すると腕輪のようにも見えるそれには美しい装飾が施されているが、聖闘士を拘束するために作られたもの。じわじわ小宇宙を吸い上げられて、シュラが少しだけ眉根を寄せた。だがそれもすぐに元の無表情に戻る。

 長い鎖をヘッドボードに巻き付けても、シュラの無反応は変わらなかった。

「……連れて来い」

「……ッ

 敢えて少し張り上げた声で、扉の外に声をかける。

 今更目を見開いてサガを見上げたところで遅かった。犯されることにはもう慣れたといえ、衆人環視の中でその屈辱を味わったことはない。白皙から血の気が引いていく様を一瞥して、サガは酷くつまらなそうに笑った。

 ややあってノックの後に戸が開かれる。

 シュラの身に待ち受けていたのは、想像以上の絶望だった。

「……な……っ、で、」

「お久しぶりでございます。山羊座様」

「教皇睨下の覚えもめでたく、御寵愛も受けていらっしゃるようで……」

逆賊が討たれた後、人馬宮付きの従者たちもまた捕らえられたとは聞いていたが。

 憎悪と侮蔑の視線が男に抱かれたばかりの全身に突きささる。

 彼らのこんな眼差しは知らない。自分はもちろん、アイオロスとだって十近く年が離れていたであろう青年たちを、シュラは本当に慕っていた。自分に傅いて仰ぐこの従者たちに、主人である射手座の少年さえも時折弟のように甘えていた。

 憎しみを立ち上らせながら歩み寄ってくる男たちを一目見れば、どれだけの苦痛を与えられて来たのかが即座にわかった。

「や、めろ…… よせっ、来るなぁッ!!

 豪奢な椅子に腰を下ろしたサガは、見世物小屋の異形でも観察する目つきで仔山羊に飛びかかった男たちを眺めているだけだった。人馬宮の従者だった青年三人は、奇妙なほどに支配者の存在に目を向けない。

 間近で見上げた男たちの目に血の赤を見て、ようやくそのときシュラは悟った。

 彼らは皆、正気ではないのだ。

「いやっ、いやだッ はなれろっ

 節くれ立った手があちこちを這う。三対の手には一枚たりとも爪が残っておらず、シュラは思わず身を捩った。凄惨な拷問の痕があちこちに窺えて、憎しみと加虐心に満ちた眼同様にシュラを心底ぞっとさせる。

 優しく、朗らかな人たちだった。シュラは聖域に来てから修行に入るまでのしばらくの間人馬宮で保護されていたのだけれど痩せぎすの子供には訓練どころか日常生活さえ覚束なかったし、訓練生と一緒にしておくにも言葉も分からぬ異邦の子は悪目立ちしすぎたそのときにも皆、本当によくしてくれたのだ。シュラが山羊座の聖衣を賜ったときも、我がことのように喜んで泣いてくれた。

 優しく、朗らかな人たちだったのに。

「ヒ……っ そこっ、さわるな、ぁ、やめろッ

 白濁に塗れ、雄に暴かれてしまっている窄まりに節くれ立った指を這わされ、シュラは絶叫して不自由な身をもがかせた。大人と比べるのも馬鹿らしいような細い足がじたばたと空を蹴って、青年の逞しい肉体に虚しい攻撃を繰り返す。

 シュラは近接格闘の天才だ、といつだかに絶賛したのはアイオロスだったか。だが恐ろしい呑み込みのよさで技術を身につけたとはいえ、こんな風に拘束された上で、明らかに腕力で勝る複数人相手に押さえ込まれてはどうにもならない。

 それでも無我夢中で抗われては目ざわりだったらしい。

「ッ!? が、ぁ……はっ、」

 苛立たしげに舌打ちした男の一人が、薄い腹に拳を叩き込んだ。言葉も出せず海老のように丸まる無様を見ても、主人を裏切り自分たちを苦境に陥れた子供に対する憐憫の情は微塵も湧いては来なかった。

「ぁ、っ……っひ、」

 息がうまく吸えない。小宇宙で、あるいは纏う聖衣で身を護られている子供は、それらの加護を失ったとき、ただの無力な存在に戻る。濡れた黒曜石が零れ落ちそうなほどに目を見開いて、シュラはか細く喉を震わせた。その姿にさえ腹立たしさが増幅されたとばかりに、無防備な身体にもう一度拳が降り下ろされた。

……ッ

 鳩尾に抉り込まれた一撃にびくりと胃が跳ねたのがわかる。がさがさの唇からは悲鳴や苦悶の声の代わりにせり上がってきた胃液が溢れて、乱れたシーツを汚していった。饐えた臭いの液体に喉を灼かれて、今更のように激しく咳き込む。

 やがて骨が全て溶け落ちたかのように弛緩して一切の抵抗を止めたシュラに、男の一人がゆっくりと楔を埋め込んでいった。

「ぅ……ぁ、ッあ、ひぁ……

 すぐさま激しくなる抽送には、責め立てられる小さな身体に対する気遣いや優しさ、ましてや愛情など存在するはずもない。

 強力な暗示に支配された瞳はいずれも鮮血の色をしていて、シュラの醜態を見下ろしていた。宿るのは憎しみと、それが晴らされる瞬間の残酷な快感。荒れ狂う憎悪は確かに増幅されてはいるけれど、だが根源となる感情主人を死に至らしめた子供に対する途方もない悪意は確かに彼らの中にあるものだった。

「……っ、あぁ、っぁ、」

 剛直が抜かれる度、内臓まで身体から引き摺り出されていくような怖気が走る。そのまま突き上げられると、今度は込み上がる何かが口から溢れそうになる。絶対的な支配者に躾けられた秘所は辛うじて裂けこそしなかったけれど、一人目が吐精を果たして雄をぬいた後も、ぽっかりと閉じ切らず柘榴色の蠢きを晒していた。

 心身から全ての力が失われてしまったのか、或いはこれも贖罪だという諦念を持つに至ったのか。いずれにせよ次の男を受け入れさせられても碌な反応一つ返さずに揺さぶられている子供が、青年たちは気に食わなかった。

「……っ ひィ、あっ!?

 不意に後孔を犯していた昂ぶりが去っていく。訝る間もなく冷えたとろみを纏った指に押し入られて、シュラは驚いて身を竦ませた。ぐちゅぐちゅと肉襞に塗り込められたものの正体は直後に身をもって知ることとなる。

「ッ、あ……!?

 全身の毛が逆立つ不穏な感覚。前触れもなく早鐘を打ち始めた小さな心臓が薄い胸筋を突き破って飛び出しそうになる。悪寒が酷いのに嫌な汗は体中から溢れて止まらなくて、シュラは霞む目を懸命に見開いて辺りを見渡した。

 微かな震えも切ない身悶えも、男たちの加虐心を徒に煽り立てていくばかり。そそり勃つ暴力的な太さのそれで再び蕾を穿たれて、喉を切らして幼い子供は叫んでいた。


「ンっ、ぎぃ……ひ、ぁ、ああぁあああぁーッ!!

 高く果てのない蒼穹は今や、冷たい木の枠の中に閉じ込められている。だがそんな自由を奪われた空にさえも、もうシュラが戻ることは叶わない。

 脳髄に手を突っ込まれるよりもなお酷い苦痛と混乱の中で、シュラの耳には過日のあの人の声が聞こえるのだった。

シュラ。私の背に何か付いているか

 そう苦笑したアイオロスの、大きな掌が黒髪を撫でた。優しい問いかけに、自分はなんて間の抜けた言葉で答えたものだろう。

アイオロスって……ほんとに、俺たちと同じ……ひと、なのか……

 けれどあの広い背には金の翼があったのだ。聖衣を纏っているときのみならず、訓練の最中にも川で水を浴びているときも、彼が眠りについている間さえ、美しいそれがシュラの目には映っていた。

 ぽかんと瞬いたアイオロスの真横で、非常に珍しいことにサガが朗らかに吹き出して。呆けた人間臭い顔をしても、やっぱりあの人はシュラにとっての天使だった。下手なギリシャ語でたどたどしく告げれば、サガのみならず周りにいた子供たちみんながきゃらきゃらと笑い出してしまったけれど。

 アイオロスだけはとても真剣な面差しで、シュラの背中を撫でてくれた。

翼はな、シュラのここにもあるんだぞ。

……え

 潜めた声は、きっと他の誰にも聞こえなかった。あるはずがない、と反射的に思ったけれど、アイオロスが嘘を吐くなんてもっとありえない。

 だからおそらくは、シュラにも翼があったのだろう。射手座のものほど雄大ではなくとも、小さくてささやかな一対のそれが。

「ッ、あぁ……ひィ、っン、あぁっあああぁーッ

 薬物が全身に回った身体は何度でも絶頂に叩き堕とされた。吐精という一つの区切りすらまだ知らない子供にはもう泣きながら淫らの地獄を這いずり回ることしかできなくて、シュラは自分を拘束する鎖の一本を寄る辺に辛うじて正気を保っている。

 翼はもう、自らの手で落としてしまった。それどころか四肢さえも用を成さず転がっている現状は、蛆虫かそれでなければ捨てられた土くれの人形以下だった。

 澱んだ紅玉と蒼天のコントラストが、シュラの精神を削っていく。

「っ、て……けてっ…… たす、け……ア……ぃっ、ロ、」

 アイオロス、と。その名を紡ぐ前に力の限り頬を張られていた。続けて一切の手加減なしに顔面に叩き込まれた拳に、どうやら生命の危機を察知した肉体ははなけなしの小宇宙を燃やしてくれたらしい。でなければ頭蓋が無残にも叩き砕かれ、そのまま死んでいてもおかしくはなかった。見る間におかしな色に変わり腫れ上がっていく顔は痛々しいのを通り越して胸が悪くなるほどだったけれど、男たちの臓腑を灼いたのは憐憫ではなく憎悪と憤怒だった。

「っ、まえ……が、お前があの方を死に追いやったんだろうが

「……っぅ……ぁ……

 湧き上がる衝動のままに、男の腕が細い首を締め上げる。それから逃れる術などどこにもなくて、シュラは金魚のように虚しく口を震わせた。激しい律動に追い詰められてただでさえ呼吸もままならなかった身体は瞬く間に酸素不足に陥り、凄まじい勢いで視野が狭窄していく。痙攣した舌までシュラの気道を塞いでしまって、頭のどこかで決して切れてはならぬ回路が切断されていく音がした。

「……ッ、っ……!!

 宙を蹴った足がまさしく気狂いの舞いを舞う。凌辱者を跳ねのけることこそ叶わなかったものの、頼りない背はシュラの意志を越えたところで圧し折れる寸前まで仰け反り、生命に縋り付く肉体の本能で戦いそして負けた。

 寝台に落ちた足はなお、時折諦め悪く跳ねる。上瞼を睨み上げた瞳にはもう何も映ってはいないのに、己の役目を放棄した器官からはだらだらと体液が垂れ流されて止まらなかった。

 最後の締め付けに堪え切れず後孔に放ってからようやく、男が贄の山羊を解放する。

 恥ずかしいなどという高度な感情はもうとうに消え去っていたけれど液体が弛緩しつつある身体から漏れ、シュラの下肢を汚し始めていた。


 男たちが牢獄に引き摺り戻された後の室内は、おぞましい熱狂が引いて恐ろしいほどに冷え切っていた。アレはもうシュラにもサガにも必要でない。処分する算段は考えなかった。再び彼らを待つのは劣悪な環境に醜悪な拷問吏。終わりは春を待たずに来る。

「……ぅ、」

 寝台の上、小さく呻いた贄はまだ目覚めそうにない。あちこちに浮かぶ或いは青黒く或いは赤黒い痣や鬱血、失禁の痕。血に精、そして吐物に塗れたシュラの身体は、裏路地で客をとる淫売や路傍の浮浪児さえも顔も顰める有様だった。

 それでもシュラはまだ生きている。

 地べたに這い蹲って汚泥を啜って生きようとする。

 小宇宙を封じる縛めを解いた途端、瀕死の肉体が人間離れしたスピードで癒され始める。誰かの手当てなど必要はない。次に目覚めたときには、少なくともシュラの身には傷一つ残ってはいないだろう。

 なお忌々しいのはシュラの心。皹だらけのくせして形を保ち、さも傷など負ったことがないように振る舞う忌々しい子供の精神を見るだに、めちゃくちゃに踏み躙って毀してやりたいという欲望がサガの心を苛んだ。

 けれどこの山羊座逆賊を誅した新たな英雄が、偽りの教皇にはまだ必要で。

「……くたばりぞこないめ」

 こいつも、お前も。眠る子供ではなく寧ろ鏡の虚像に吐き捨てて、サガはその場を後にした。

 

初出:201703/13(Privetter)