夜明け前

小スカ要素あり

 

「さい、とう……

 ひっそりと遠慮がちな気配に瞼を持ち上げれば、障子越しの月明かりに柔らかく丸いもふもふが照らされている。

 この男の顔を見たのは随分と久しぶりのように思え、桂は身を起こして斉藤のかんばせを眺め回した。

 実際彼や土方十四郎、沖田総悟をはじめとする真選組の面々に声をかけて集めて回ったのはエリザベスや腹心たちだし、あの島では再会の感慨に耽る余裕などあるはずもなかった。

 激戦の中、視線が一瞬絡みあったかどうかさえ、今となっては思い出せない。

「どうしたんだ、こんな遅くに……」

 方々に手配を済ませ、明朝には近藤以下生き残った隊士たちが発つ手はずが整っている。

 攘夷党懇意の小さな料亭で、彼らは出立に備えて休んでいるはずなのだが。どういうわけだか斉藤は今、桂の傍らに腰を下ろしていた。

 神妙な顔つき。小さく顎を引きこちらを伺う上目遣いがなんだかおかしい。

 犬の子をあやすように毛並みを撫ぜる。途端性急に押し倒されて流石に桂は小さく抗議した。

「っ、おい……

 もどかしげな手が乱雑に夜着を剥ぐ。

 袂から落ちたスケッチブックが斉藤の手に弾き飛ばされる、その荒々しさに桂は嘆息し身体の力を抜いてやった。


 真選組に潜入していた際、斉藤とは何度か関係を持ったことがある。

 きっかけなど思い出せない。

 ただ、成り行きでそうなってしまったものを波風立てず止めることが叶わぬほどには、斉藤は桂に耽溺していた。

 いずれ何らかの形で三番隊隊長の地位から引き摺り下ろすつもりだったから、若く一方的な行為にも耐えていられたのに。

 何の因果かこのザマだ。


「斉藤、ちょっと待て…… 服くらい、っん、むぅッ……んーッ

 下帯も、袴すら脱がずに。押し当てられた雄は既に熱く滾っている。

 着の身着のままで来て何を考えているのかと制止しても、圧し掛かる身体はびくともしない。

 強引に唇を奪われて、抗議が吸われて消える。

 押し込まれた舌が狂おしげに摺り寄せられ、身をのたくらせて口内を蹂躙する。

 それだけで腰にずくりと甘い震えが走って、桂は戸惑いに眉根を寄せた。

 思えば最後の情交から、それなりに時が流れていた。


 情欲を孕んだ熱にあてられて息が上がる。

 瞬く間に素裸にされてしまい、そのまま肌に武骨な手が這わされた。

 上体への愛撫もそこそこに萎えたものを握りこまれては堪らない。

「ん、う、っんぅ……

 長く性交からも自涜からも離れていたそこは、哀しいかなあっさりと刺激に屈服してしまった。

 性急に剥き身にされた切っ先が固い掌に捏ね繰り回される。

 痛いくらいに苛めつけられたほうが快感を拾うように痩身は躾けられていて、すぐさま聞こえ始めた水音に聴覚まで犯されて桂は呻いた。

 ぬち、ぬちと控えめだった恥ずかしい音が、やがてぐちゅぐちゅとはしたないそれに変わっていく。

「んむぅっ、ん、んうぅッ

 先端をくじるように指の腹で強く擦られ、男の手の中に精を吐き出していた。


「っは、あ、あ……」

 ようやく唇を解放されて、慌てて酸素を貪る。

 そこでようやく衣服を脱ぎ飛ばした斎藤が、ゆっくりと桂の下肢に顔を寄せた。

 くたりと萎えた雄に口づけを捧げ、隘路に残っていた精を吸い上げる。唾液で延べられたそれが掌の白濁と合わされ、濡れた斎藤の指が窄まりにそっと這わされた。

「ッ、あ ん、ひっあ、」

 武骨な長い指が早くも綻び始めている蕾を犯す。数えきれないほど身体を重ねた今となっては桂の感じるところなど熟知しているはずなのに、そこを敢えて避けた意地の悪い手つきで、斎藤はそこを解していった。

 刺激に敏感な入り口を擦り上げながら中に入り込み、柔らかい肉の鞘を揉み回す。剛直に暴かれることに慣れた場所はすっかり広がって男を食い締めようと震えているのに、斎藤はいつまでも己の快楽を追い始めなかった。

「くぅ、ん……しつこい、ぞ……や、ッあ

 それはこれまでとは少しばかり違ったやりようだった。


 常ならばこちらが泣こうが喚こうが失神しようが構わずに貪るところを、今晩はいちいち桂の反応を気にかける。

 挿れるより前にあまり気をやらせてしまうと、抽送の際には朦朧としていることさえあるから、それを斉藤は避けているのだろうか。

 これが最後の逢瀬かはわからない。だが長い別離が待ち受けているのは双方覚悟の上で。

 その目に桂の何もかもを、斎藤は焼き付けておこうとしているのかもしれなかった。

「さいとう……

 恨めしげな視線。一度吐き出したはずの場所は再び完全に勃ち上がり、薄い腹に先走りを垂れ零していた。

 明らかに続きを強請る声音に、斎藤は後孔から指を抜いた。

 与えられると当たり前のように思っていたものは、けれどそこに突き立てられない。

「ひゃうっ、あッ……!?

 べたべたの右手が、触れられもせぬうちから慎みをなくしている胸の頂を摘み上げる。思いもよらぬ強さでそこを捻られ捏ね繰り回されているというのに、そこから広がっていくのは痛みではなく目も眩むような快感だった。

 はしたなくくねる痩身を押さえつけた斎藤が、右側の乳首に唇を寄せる。

「んぁっ、く……あぁっ、んうぅッ……

 左側への愛撫の手も緩めぬまま、硬くしこった頂を吸い上げ、そのまま甘く歯を立てる。根元を噛み締めたまま先端を幾度も舌で転がせば、桂の身体が繰り返し跳ねた。

 こちらに勃起を押し当ててまで吐精に至ろうとするのを、しかし斎藤は赦さない。それを咎めるように身を離せば、柳眉を切なく寄せて桂は啼いた。

「ンっ…… さっさと、挿れろ……

 だのに囁く言葉にはどこまでも可愛げがない。そんなところがどうにも斎藤を夢中にさせて、欲を煽って止まらないと、桂自身は知らなかった。


 桂の引き起こし腰を掴み、今度は獣の姿勢を強いる。

 美しい生き方や鮮やかな剣筋に涼やかな声、絹のごとき黒髪や魅惑のかんばせと同じように、彼のこの背が好きだった。

 肉付きの薄い身体の、ともすれば頼りなくさえ見えなくもない白い背。その真ん中に走る痛々しい傷痕を見る度、斎藤の胸は昏く震える。

 己の身を打ち据えるのがこの傷を負わせたものへの、妬心をともなった激しい怒りだと斎藤はよく知っていた。

 汗ばんだ背の刀傷を、射干玉の黒が覆い隠す。

 ぎらぎらと光る眼で全てを睨み据えながら、斎藤は昂りを泥濘に押し込めていった。


「はッ、あ……ひぁ、」

 相も変わらず規格外の大きさのものは、けれど今や桂には苦痛の欠片も与えはしない。髪の一筋から足先まで痺れさせるような快感に、桂は熱い吐息を漏らした。占めるものの大きさに慣れるよりも早く、斎藤が腰を打ち付け始める。

 グロテスクな血管の浮かびようまでもが肉壁に伝わりそうな、一際張り出した場所が後孔をめちゃくちゃに荒らし回る。ずるずると勃起が抜ければ反射的に追い縋り、また呑み込ませられればそれに嬉しげにしゃぶり付く。

「あぁああっ ひぃっ、やぁあっあ……んッ、むぅう……

 二人きりの和室に思い掛けない音量で嬌声が響いて、桂は咄嗟に手で口を覆っていた。

 右手で唇を覆いはしたない喘ぎを殺し、左手は青いい草をぼろぼろにする。

 ここまで淫行に耽っておきながら正気を保っているかのようなその行動が、斉藤は気に食わなかったらしい。

 両手首を掴み、無理矢理後ろに引き寄せる。

「はひッ、あぁあああーッ!!

 先ほどまでは意地悪く桂を焦らしていたというのに、酷い変わりようだった。

 背を大きく撓らせたせいでますます雄を奥深くに感じた桂が、大きく目を見開いた。髪を振り乱して快感を逃そうとしても詮無いことだった。

 最奥を抉じ開けてのたくり込んできた切っ先が、まさしく腹の奥を捏ね回して快感を練り込む。

 散々に耐えさせられていた身体には、今や僅かの忍耐さえ強いることはできなかった。

「あ、だめっ、だ……よせっ、あ、ああああぁっ

 一際大きく仰け反った桂が、勃起から白濁を噴き零す。強まる締め付けに精を搾り取られそうになるのを、歯を食い縛って斎藤は堪えた。


 今の桂には過ぎた快楽だと知っているけれど、打ち付ける腰は止まらなかった。

「い、いま、イって……やだっ、だめ……ッ、ひぁ、あ、」

 射精に至った身体を更に責め立てられて、ついに琥珀の瞳から涙が零れた。激しすぎる快感に後孔がきゅうきゅうと蠢いているのに、そこを更に滾りで荒らされては堪らない。一刻も早く斎藤が上り詰めてくれることを願って、口の端から唾液さえ垂れ流して桂は哀願した。

「さい……と、はやくっ、はやくイって、なか、だしてッ くひぃ、んッ、やぁあ、あんっ

 苦しい、腹が破れる、なんて。そんなあり得ないことまで言ってはらはら泣き濡れるのがなんとも哀れっぽくてそそられて、両腕を解放し斎藤は薄い腹を思い切り抑え込んだ。

 剛直をより感じてくれればと思っただけの行動は、桂に思わぬ感覚を齎したようだった。ぎくりと強張った身体が無謀にも逃亡を試みるのを、雄の一突きで妨げる。犬のように啼いた桂が、慈悲を乞うように頭を振った。

「きゃうっ!? さい、とう……やだ、そこ、やめっ……

 過剰な反応が弱点を詳らかにしてしまう。無遠慮に押し込みながら腹を探れば、なるほどそこは確かにうっすらと張っていた。

 腕に爪を立ててくる桂の、その児戯のような抵抗が斎藤を煽って滾らせる。仕置きとばかりに腹を押す腕の力を強めてやると、か細い悲鳴を上げて桂は身を震わせた。

「あぁ、あっ、あ……お、おしっこ…… や、あぁ……

 せめてわななく両脚を擦り合わせたいのに、それすらも赦してもらえない。身体を支える役割をほとんど放棄した桂の手足に見切りをつけて、斎藤は好きなように抽送を続けた。

 肉体が激しくぶつかる音に、追い詰められていく重なる嬌声が重なる。

 下腹を執拗に押しては揉む手とは逆の手で、斎藤は胸の頂を捻り上げた。

「んああぁッ、あ、あぁっああああッ いく、いくっいく…… ひィ、あ!!

 吐精の瞬間は、もう声さえ出なかった。

 ぴゅく、と薄い精液を腹に飛ばし、桂の痩身から力が抜けていく。最奥に熱い滾りを叩き付けて、繋がったまま強引に身体を反転させる。だめ、だめ……と譫言のように呟きながらも、結局は桂は抗えなかった。

「あ、っも……はずかしいの、がっ……でて……っ、」

 萎えた肉茎から漏れ出したものが腹を打つ。呆けた顔に薄ら笑いさえ浮かべて排泄の快感に酔いしれている桂は、言葉とは裏腹に最早粗相に恥じ入る様子もなかった。熱い小水が二人の身体を濡らして、畳と布団にみっともない染みを作る。


 そんな何もかもを具に両の目で見届けてやって。

「う、ぁ……っ、」

 やがて完全にぐんにゃりと弛緩してしまった桂の泣き顔が愛おしくて、斎藤はしみじみと息を吐いた。

 極めた絶頂の深さに朦朧としているのをいいことに、髪を掻き上げた首筋に唇を落とした。そこに鮮やかな所有の証を残しても、完全に自失している桂は何も言わない。ただ僅かに身を震わせて、呆然とどこかを眺めているだけだった。


 汗ばんだ身体を抱きかかえると、甘く優しい花の香がする。その香りが身の内に染み渡り残るよう、斎藤は深く息を吸った。



***



「……う……とう、」

「……Z」

「斎藤

 ゆさゆさと無遠慮に揺さぶられる。不承不承瞼を持ち上げれば、目の前には呆れ顔の桂がいて、斎藤は慌てて飛び起きた。

 まだ外は暗く出立の時間までは少し間があるとわかる。

 けれどまさか再び寝坊で遅刻する訳にもいかないので、とにかく服を身に着けようとして、そこで斎藤の手は止まってしまった。

 行為の間、知らぬ間に身体の下に巻き込まれていたのだろう、着ていた袴も着物もしわくちゃになり、色々な液体に濡れている。

 愕然と汚れた布を見ている頭に、重ったるい何かが落とされた。

「……餞別だ。だがまずは湯を浴びてこい。貴様全体的に臭いぞ」

 その言葉に落ちてきたものを見やれば、それは仕立てたばかりの着物だった。

 物言いたげな視線から逃れるように桂は立ち上がり部屋を出ていく。きちりと着つけられた藍の着物姿からは、つい先ほどまでの媚態はとてもではないが窺えなかった。

 それが残念でないと言えば嘘になるけれど、今あの美しい肉体には、斎藤が残したたった一つの証がある。


 黒い襟巻に隠れるところ、己が刻んだそれと同じ場所に咲いた花を、斎藤終はまだ知らない。


 それは、長くて短い離別の夜明けだった。

初出:2016/06/26