実に意外だ。
そうしみじみ呟く声に、名を与えられたばかりの男は鼻を鳴らして嗤った。
「文字は読めない、計算はできない。この国の行く末はおろか手前らの明日もわからん境遇の人間のほうが、そういうことを知っているもんさ」
精悍な肉体に男を咥え込み、口腔で雄を悦ばせる術を。
それはフラスコの中で生きる彼にとって興味深い事実でありーーそしてどうしようもない不快感を齎す物語であった。
「なんだ、同情したのか? 胸が痛くなったか?」
「まさか!」
容れ物を持たぬ身がうっそりと揺らぐ。
経験したことがない不愉快な感情、これが恐らくは怒りなのだ。
己の持ち物を知らぬ間に蹂躙した不心得者に対する憤怒。
生まれの不遇に甘んじ、自身に属さぬものを糧として売りさばいた愚か者に対する憤怒。
この感情だけはその叡智をもってしても御することができそうになかった。
「口惜しい」
「ん?」
「私はこのフラスコから出ると死んでしまうから」
血を貰い、命を吹き込まれ。
名を与え、知恵を与え、地位を与え。
一つの等価交換が成立したというのなら。
いずれその姿形を借り受けて。
いつの日かその身体に、真の隷属と被虐の悦びを教えてやらねばならないのだ。
初出:2015/12/26(Twitter)