そのなかに、俺の時を封じ込めて

 

――わかったから。もう泣くな、ローザ。

 

――だって、だって……。

 

 

 

 へたり込んで身も世もなく号泣する幼馴染に、どうにもカインは手を焼いていた。いつものように花を髪に挿してやっても。頭を撫でても歌を歌ってやってもローザが泣きやむ気配はない。

 

「だって、とってもキレイだったんだもの……きらきらして、まぁるくって……」

 

「欲しかったんだよな、わかるさ」

 

 待ち合わせ場所に来なかった彼女を迎えに来て、泣きながら家から飛び出すところに鉢合わせるのだから流石にカインも面食らった。手を引いて二人の遊び場に連れ出してからも、しゃくりあげては顔を擦り、スカートの端を握りしめている。すわ大事件かと宥めすかして話を聞けば単純なものだった。母の胸で光る透き通った飴色の石――いつだったかおば様が夜会でつけてらした琥珀だろう、とカインは予測した――がどうしても欲しかったのだという。愛くるしい見た目に反してローザはなかなかに頑固だ。執拗にねだられた挙句堪忍袋の緒を切らした彼女の母を想像し、思わずため息をついていた。

 

 あのなローザ。優しく呼びかけて屈み込み、カインは彼女の両肩をしっかりと掴む。見下ろした妹分の顔は痛々しい有様だった。強く擦り続けた目元は赤く腫れ、澄んだ白目も今は充血しきっている。涙でべたべたになった頬を小さなハンカチで拭ってやると、ローザは擽ったそうに身を捩らせた。

 

「たとえばの話だ。もし俺が……ベイガンに槍を奪い取られたとしたらどうする?」

 

「カインはあんなやつに負けないもん!」

 

 そういうことじゃない、と思いつつもカインは笑ってしまった。二つ年下の彼女にも理解できるよう、噛み砕いて順序立てて説明してやる。今度は少し、つっかえながら。

 

「ん……と、だな……ベイガンが、どうしても俺の槍が……欲しかった、とする」

 

「うん」ローザのあどけないう頷きを見てカインは続けた。

 

「だけどだ、あれは父上から頂いた俺の宝物だ。絶対、誰にも渡さない。でもあいつはそれが欲しい訳だ。だから……」

 

「だからってカインに意地悪したらダメ!」

 

 短い怒りの声。その答えをカインは待っていたのだ。間髪いれず、たたみかけるように問いかけた。

 

「どれほど欲しくてもか?」

 

「そうよ! どんなに欲しくったってダメなんだか……あ、」

 

 気が付いて俯いたローザの髪を、そっと何度も撫でてやる。悲しげな泣き顔はもう見られなかった。

 

「とっても大切なものなのね……」

 

 私、お母さまに謝らなくちゃ。ようやく顔を上げたローザの鼻先に、カインは黙って手を突きだした。首を傾げた彼女に、掌中のものを受け取るように促す。

 

 転がり出たのは、セロハンに包まれた琥珀色のかたまりだった。

 

――やる。

 

 陽光を受けて小さな手の上で光を散らすそれに、ローザの顔は喜びに輝いていた。

 

 今更のように恥ずかしさが襲ってきて、カインは勢いよく立ちあがって彼女に背を向ける。照れ隠しに服についた土を乱暴に叩くけれど、背後の彼女が動く気配はない。反応が気になってちらりとうかがうと、感動のあまり拳を握りしめているローザが肩越しに見えた。

 

 食べるものだとはわかっているのだろうが。苦笑が零れる。もう一度歩み寄って握った掌を解いてやると、表面が溶けだし始めた飴が小さく収まっている。べたつくそれを苦心して剥がし、カインはローザを促した。

 

「また作ってもらうから、ほら」

 

 カインの仕草にというよりもむしろその言葉に応じて開いた口に、摘まみ上げた飴を押しこむ。ころころ転がっていったそれの甘さを、カインはよく知っていた。

 

 つい、と細められた目。落ちてしまわないように押さえられた両頬。綻ぶ薔薇の蕾のような笑顔に、知らず心を奪われていた。

 

「あ……その、うまいか?」

 

 咄嗟に目を逸らして聞けば、返事の代わりに強く抱きつかれる。

 

「い……って……」

 

 いきなりのことに対応できず、強かに背を打ったカインの目の前一杯に、琥珀色が広がっていた。砂糖菓子と花の香は優しく、さらさらのブロンドはカインの首筋をいたずらに擽っている。

 

 ローザは歌うように笑った。

 

「ありがとうカイン、大好きよ!」

 

 足元に広がる緑と頭上に抜ける青空。その中心で光を湛えるその瞳に、その日からずっとカインは焦がれ続けている。

 

 

 

初出:2013/02/06(pixiv)