騎士とはこれほどまでに過酷な生き方なのだろうか。露わになったセシルの白い上半身を見て、少年たちは言葉を失くした。

 

  泉の畔。月明かりに照らされた痩身には、数えきれないほどの傷痕と悍ましい楔痕が刻まれていた。息を飲む年下の戦士たちに向き直ると、セシルはいつもの微笑みを浮かべる。

 

「ごめん、気味の悪いものを見せて」

 

  僅かな沈黙の間に、群雲が月にかかる。真っ先に異論の声を上げたのはジタンだった。

 

「何言ってんだよセシル! ナイトの傷は、レディを守るためのもの……言わば勲章さ!」

 

  戯けた口調で小柄な少年がウインクしてしまえば、最年少の少年も武具を解きながら続ける。雲は流れ再びの月光が面々を照らしていた。白く光る首筋は片手で縊れそうなほどにほっそりと儚いけれど、紡がれる言葉は気丈で、そして皮肉っぽいものだ。

 

「僕たちは皆、譲れないもののために戦っているんだから。傷が気持ち悪いなんてことあるわけないでしょ」

 

  ……ま、“譲れないもの”がレディかは知らないけどね。そう彼が締め括ったのを受けて、兄貴風を吹かせてばかりのヴァンが話し出す。いつもと変わらぬまったりと間延びした口調で伝えたのは、とんでもない事実だった。

 

「そう言えばオレ、こないだ可愛い子に会ったんだ」

 

「ぬわにーっ!? 愛の伝道師たるこのオレを差し置いてヴァン! どんな子だったんだ? 清楚な一輪の花か或いは草原で踊る蝶々か……!」

 

  歯軋りして地団駄踏むジタンを尻目に、フリオニールが苦笑して尋ねる。

 

「会ったんだ、なぁ……それからどうしたんだ? ここには見知らぬ女性なんていないじゃないか」

 

「いや、あいつとは一緒に戦えない」

 

「じゃカオスの奴を助けたってこと!?」

 

  弟分に素っ頓狂な声で叫ばれれば、流石のヴァンも失言を悟る。けれどそこで悪びれないのが良くも悪くも彼で、あっさりと追求を交わしてしまう。軽装を脱ぎ捨てて木にかけると、一気に泉に飛び込んだ。

 

「さあな。戦うのが怖いって。オレが聞いたのはそれだけだよ」

 

「っおい、水が跳ぶだろう、ヴァン!」

 

  一つ歳上の義士の言葉には耳も貸さず。派手な水音で泳いでいくヴァンを見て、ジタンの遊び心も疼いたらしい。勢いよく残りの装備を外し、彼もまた泉に駆けていく。半ば引き摺られた最年少が迷惑そうに喚くのは気にも留めていない。

 

  そもそもここには汗を流しに来たのだ、水遊びをするのではなく。とはいえフリオニールにもセシルにも彼らを止めるつもりはない。互いに向き直れば、愛のある呆れ笑いが零れ落ちた。

 

  改めて目の当たりにするセシルの裸身は、やはり生々しい傷跡が目立つ――殊、臍の辺りから左脇腹に続く大きなものが。視線を受けて、セシルの手が引き攣れたそこを摩る。

 

「これかい? 結構目立つだろう」

 

「あ、いや……すまない、無遠慮に見たりして」

 

「いいんだ。一体どんな敵に付けられたか、僕自身さえ思い出せないんだから」

 

  遠い目をするセシルには、この世界に召喚される前の記憶が殆どない。それはフリオニールにとっても同じことで、二人は似たようなもどかしさを共有している。

 

「なんだか、不思議な感覚だな。自分自身の戦歴が身体にしか刻まれていないというのは……」

 

  フリオニールもまた、覚えのない派手な爪痕や火傷の跡を手で辿る。肩口に受けた矢傷など、我ながら見ているだけで痛々しい。その右手の上に、セシルもそっと手を重ねた。

 

「大丈夫、きっと思い出せるよ。苦しかったことも、嬉しかったことも……みんな、何もかも」

 

  二人の後ろの茂みが揺れたのはその時だった。

 

「ジェクト、それにカイン」

 

  哨戒を終えた二人が、少しばかり疲れた様子でやって来る。他の皆はどうしたんだ、と尋ねるフリオニールに、ジェクトが苦笑いで答えた。

 

「スコールをからかい倒した悪りぃ大人二人を、我らが光の戦士様が説教中だよ……まぁありゃあな、あいつらばかり責めちゃいけねぇが。流石のジェクト様もよぉ、」

 

「……ジェクト」

 

  言いたくてたまらないと言った様子で含み笑うもう一人の悪い大人をカインが嗜める。うっかりライトニングの背中に“おねぇちゃん”だなんて、スコールじゃなくたって結構つらい。満更でもないライトニングが急にそわそわしだしたものだから、尚更。

 

  肩を竦めたジェクトがそれでもカインに免じて口を噤んだのを見て、セシルはふと切り出した。

 

「そう言えばさ、カイン」

 

  先ほどの会話に関する、特に他意のない質問の筈だった。

 

「僕のこの傷、何時ついたものかわかるか?」

 

  盛り上がり捩れた場所をぺたぺた触る手つきに何ら労りの感情はない。ただなんとなく、自分より多くのことを思い出しているらしい親友ならば何か知っているかと思っただけだった。

 

「さぁ。覚えがないな」

 

  素っ気ない答えにそんなもんだろうと納得したのはフリオニールだけで、続けて当たり障りのないことを言って踵を返したカインに、ジェクトとセシルは眉を寄せた。

 

「聞いちゃいけねぇことだったみてぇだな」

 

「……そう、みたいだね」

 

  不思議そうに瞬きを繰り返すフリオニールに、藤色の瞳が寂し気に笑いかけた。

 

「僕が全て覚えていれば、カインはあんなに苦しそうな顔をしないですんだのかな」

 

  厳めしい兜の下で歪められた双眸を思う。故郷とは違い、空に浮かぶのは孤独な月だ。それは答えのない問いだった。

 

「或いは僕が覚えていれば、カインはもっと苦しんだんだろうか」

 

 

 

***

 

 

 

  明くる日の戦いは熾烈を極めることとなった。無感動にこちらの様子を伺うイミテーションは無限にすら思えるのに、対する調和の戦士は僅かに5名、そのうちの2名――ティファとユウナはかなりの疲労で足元がふらついている。

 

「さっきの地震も、私たちを分断する作戦だったのね」

 

  散策の最中を狙ったように起きた地殻変動も、今となっては敵の策略としか思えなかった。湖の方へ逃げた面々は無事だろうか。

 

「テレポストーンは火口挟んで間反対の裾野……ぐずぐずしてると溶けちゃいそうだな」

 

  不敵に笑って軽口を叩くバッツが突破口を探って忙しなく視線を巡らせる。頬の血を拭い固く拳を握ったティファと、息を整えミスリルのロッドを携えたユウナがそのときを待つ。

 

「あてにしてるぜ、カイン」

 

「……まかせておけ」

 

  五対の瞳が敵陣の一点を指したのはほぼ同時だった。

 

「よぅしあそこだ! 突っ切るぞ!」

 

  ホーリーの光色と暗黒の闇色が勢いよく敵を薙ぎ払う。露払いのために駆け出したバッツとセシルから離れないように残りの三人も後に続いた。襲い掛かる火の粉全てを払う余裕はない。両脇から飛びかかるイミテーションを鋭い打突と重い拳撃で打ち壊し、背後から追い縋る群れをシューティング・レイで吹き飛ばし、五人はただひたすらに敵陣を走り抜けていく。

 

「あの雑木林を抜ければテレポストーンだ!」

 

  先陣を切るバッツが声を張り上げた。彼と並走していたセシルが減速し、殿を務めるカインに並んだ。仲間の残骸を踏み躙って襲い来る模造品を前に二人得物を構え直す。暗黒とサイクロンで追っ手の先頭を撃退しては先に進む三人を追いかけ進めば、背後からの猛攻が容赦無くセシルとカインを傷付けた。

 

「う、ぐぁっ!」

 

  耳元を風が切る。苦悶の声を上げて倒れたのはカインだった。左足に深々と突き刺さった一本は、返しが付いていてとても抜けそうにはなかった。矢羽の部分を叩き追って立とうにも、一度地に伏した身体はすぐには思うように動かない。ひび割れていた兜が脱げ落ちて、手の届かないところに転がっていた。

 

「セシル、カイン!」

 

「来るな!!」

 

  二人の名を呼んだのは誰だったろうか。引き返し加勢しようとする三人の足を、張り詰めた声が地に縫い止めた。カインを庇うように大群の前に躍り出たセシルが暗黒剣を正眼に構え、負の力を増幅させる。味方の誰にも見えないところで、面頬が上がり露わになっていた細面が、冷えた殺意に染まっていた。

 

  言葉はなかった。空を薙いだ剣から悍ましい瘴気が這いずり出て、うねりとなって木々諸共イミテーションの群勢を細切れにする。土埃が引いていくにつれて、力を出し尽くしたあとの大地は惨憺たる有様なのが見えてくる。視界の敵が一先ずは消滅したことに、セシルは身体の強張りを解いた。ふらつく身体に鞭を打って味方たちに向き直ったとき。

 

「上だ!」

 

  迂闊だった。暗黒の力は高い木々すら軽々となぎ倒すとはいえ、天高くにいる者にまで衝撃は届かない。

 

  例えば、首を痛くするほど見上げた梢の更に上にまで、軽々と跳び上がる竜騎士などには。

 

  火山灰に煙る赤い夜空。凶刃の僅かな煌めきに真っ先に気づいたのはカインだった。弾かれたように立ち上がって駆け出せば、利き足の筋肉がぎゅうと収縮するのがわかる。矢尻に傷つけられた場所から血が跳ねたのを、鋭い痛みでもって感じ取った。

 

「セシル!」

 

  立ち尽くすセシルに飛びついてそのまま突き飛ばす。間近に迎え撃つ敵は自分の模造品だ、誰よりもその能力については知っている。体幹を正確に狙って来るのは、首を落とすより確実だから。伸ばした柄で三叉を辛うじて絡め取り、力技で急所を外す。それでも刃から完全に逃れることは叶わず、研ぎ澄まされた刃先がカインの下腹を切り裂いた。

 

  か細い悲鳴はユウナのものだろうか。濃紫と黒だけに切り替わった視界が歪んでは明滅を繰り返す。倒れ込まずにいられたのが既に僥倖と言えたけれど、そこから更にカインは反撃に出た。

 

  たった一つわかっていたのは、目の前の敵だけは殺さなくてはならないということ。

 

「ぐ、う……おおおぉっ!」

 

  不自然な姿勢を無理やりに立て直す。身体を屈めて左の穂先を跳ね上げれば、明確な殺意で頸を狙う凶刃にイミテーションが仰け反った。――逃しはしない! 獣の唸り声を上げて敵に飛びついたカインは、その鈍く濁った身体を土の上に押し倒す。武具の守りがない場所を断ち切るつもりで、渾身の力で刃先を首筋に叩き付けた。

 

  鉱石が圧し砕けるような、或いは堅い霜柱を踏み抜くような、ぎしりと硬質な音。カインは追撃の手を緩めなかった。翻す穂先で立て続けに肩を、顎を、鼻先を貫く。

 

どれほど痛めつけてもイミテーションの無機質な表情は動かない。苦悶の声一つ上がりはしない。

 

  その姿はどこか、あのときの自分に似ていた。

 

「うあああぁっ!!」

 

  最後に一度、残る力全てを振り絞って、敵の眉間に槍を突き立てる。鋭い刃は竜を模した兜をあっさりと貫いて、うつろいの竜騎士を儚い輝きに還していく。

 

  ふらりと立ち上がれば、震える声がカインを呼び止めた。

 

――何故。

 

  その問いかけは決して、カインを責めるものではなかった。あまりに激しく自身を憎み散々に打ちのめす親友の振る舞いを目の当たりにしたセシルが、そう尋ねずにはいられなかっただけで。

 

  その愕然とした響きと哀しげな目線、闇に溶ける暗黒騎士の鎧。カインを苛むのはセシルではなく罪に濡れた過去の記憶だった。思わず唇から零れた懇願はかつてと同じものだ。

 

「っぐ、う……俺を、見る……なっ……!」

 

「カイン!!」

 

  地面に突き立てた槍を取り落としてくずおれたカインを、駆け寄ったバッツが抱きとめる。支え合うティファとユウナも苦痛を滲ませながらも近づいてきた。赤い夜空の下で尚映える、脇腹から溢れる血が乾いた大地に染みていく。焦りを押し殺し負傷を検分したバッツが、マントを裂いて止血を試みる。見る間に染まっていく布切れを見て無意識のうちに舌打ちしていたらしい。不安気に身を震わせたユウナに、できる限り軽く声をかける。

 

「今ちょうど山の中腹を過ぎた辺りだろ? 大丈夫だ、カインを連れてとっとと帰ろうぜ。あいつらが来る前にな」

 

  ぐったりと伏せる長身を担ぐバッツとてお世辞にも軽傷とは言えない。疲弊し切った身体ではケアル一つかけることもできず、無力さに歯噛みしてユウナは俯いた。その背中をそっとティファが摩る。落ち着いた温和な声がセシルへの気遣いの言葉を紡いだ。

 

「ねぇ……セシルは平気? あなたも酷い怪我だわ」

 

  暗黒の代償として痛めつけられた身体からは血が絶え間無く滲み、黒い甲冑の継ぎ目から溢れてきそうなほどだった。立つときは流石に剣に縋ったセシルだったが、それでも口調や足取りはそれなりにしっかりしていた。

 

「ああ……すまない、ティファ」

 

  心配をかけていることはわかっていても、どう表情を取り繕えばいいのかがわからない。逃げるように面甲を下ろす自分が情けなくて歯痒くて、セシルは皮膚が切れるほどに唇を噛み締めた。

 

 

 

***

 

 

 

「楽観視できる容体ではないな……だがそう悲観的になることもないだろう」

 

  這々の体で本拠地には帰ってきたものの、カインは寝台に臥せったまま目覚めなかった。負傷時にすぐ魔法や薬で治療できなかったことが痛手だった。出血が止まった今も彼は高熱に浮かされている。完全に傷口が塞がり熱が下がるまで、どんなに少なく見積もっても三日は必要だろうというのがリーダーを務める光の戦士の見解だった。その言葉を引き継いでラグナが続ける。

 

「ま、ちゃんと目が覚めるまでは“ふねばん”を置いたほうがいいと思うぞ」

 

  それを言うなら不寝番だろう――昨夜思いがけず義姉弟になってしまった二人が心中でそうハモったのを彼は知らない。

 

  手当を受けたティファとユウナがライトニングに連れられてコテージの一室に戻っても、肩を貸すスコールと肩を貸したがるジタンに挟まれたバッツが歩き始めても、セシルだけはカインの側を離れようとしなかった。

 

「君も早く休むべきだな。酷い怪我を負っているのは君とておな、」

 

  思いつめた横顔を見咎める言葉を遮ったのは、その場に残っていた大人二人だった。馴れ馴れしく生真面目な青年の肩を抱き、硬質な銀の髪を掻き乱す。

 

「そーりゃあそうだよな、セシル君はすぐにでも横になった方がいいぞ、うん」

 

「おめぇのダチから離れて少しでも休めるってならよ」

 

  傷だらけの手が、寝台の上掛けを握り締める。横に力なく投げ出された親友の利き手には触れることさえできないのに。

 

  その姿に、リーダーが折れた。とても珍しい溜め息ひとつ、羽織っていた上着を不器用な手つきでセシルの肩にかける。

 

「……いいだろう。だが明朝までだ。それ以降は君にも休息を取ってもらう」

 

  そうして三人が退出して、部屋には静寂だけが残った。カインの額に浮かぶ汗を、セシルはそうっとタオルで押さえる。眠る親友を見下ろすなど久しくしていない筈だ。記憶が朧げなりにぼんやりとそう思った。

 

「カイン……」

 

  自分が傷つくことなど、もとよりセシルは怖れていない。家柄も財も後ろ盾もない捨て子に騎士という生き方を与えてくれたバロン王。その国父のために捧げられるものはただ一つ己の命だけだったから。無駄死にしても、無様に生き永らえてもいけない。大義に殉じる瞬間を見誤らないよう、死ぬべきときに死なねばならぬ。それがセシルの信念だった。

 

「どうして僕を庇った……!」

 

  軍事国家の政を担う大貴族としての家柄。そのただ一人の跡目としての莫大な財。姻戚関係により強固なものとなった後ろ盾。セシルの持たざるもの、望むべくもないもの全てをカインは持っている。頼りない記憶の中で漠然と覚えているのは、セシルにとって自身の命より価値ある存在というのは確かに存在していて、その中に当たり前のようにカインは入っているということだけだったけれど。

 

「ん、う……?」

 

「……カイン? カイン!」

 

  身動ぎしたカインの睫毛が震える。咄嗟に手を取って呼びかければ、ゆるりと瞼が持ち上がり不安気な瞳がセシルを見つめた。熱に潤んだそこには、苛烈なまでの意思の強さがない。その頼りなさがどうにも怖くて、つい矢継ぎ早に尋ねていた。

 

「気分は悪くないか。怪我の具合は……どこか、痛むか?」

 

「け、が……?」

 

  訝る視線がふらふらと彷徨う。無理に身を起こそうとするカインを押しとどめてセシルは話し出した。痩せた竜騎士の身体は、いつもと違い酷く熱い。

 

「覚えてないのか……お前、僕を庇って斬られたんだぞ」

 

「斬ら、れ……?」

 

「ああ。この辺りから、こう……脇腹にかけて、」

 

  薄い上掛けの上を恐る恐ると言った手つきで硬い指先が這っていく。そのまま謝罪と礼を続けようとして、セシルはぎょっと目を見張った。そうして絶句しているうちに、強引に起き上がったカインに抱き締められていた。

 

  蒼ざめた頬が寄せられた、セシルの肩口が濡れていく。

 

「カ、イ……ン?」

 

「セシル……! すまなかった、セシル、」

 

「なに、言って」

 

  喉がからからに渇いて上手く言葉が紡げない。あまりに強く縋られた右腕は痺れて感覚を失くしつつあった。涙混じりの謝罪を繰り返す親友の、熱が籠った身体がセシルは苦しい。何度その名を呼んでも、汗ばんだ熱い背中を摩っても、カインは頭を振るばかりだった。

 

「なあ、カイン……たとえばもしも……僕がこの傷のことを覚えていたら、」

 

  昨夜のことを思い出し口を噤む。いつか、誰かに刻まれた下腹の傷が疼く気がした。

 

  記憶があれば。カインが顔を曇らせた意味も、彼自身のイミテーションに憎悪を剥き出しに理由も、その涙の訳さえもわかるのだろうか。もし己の過去をカインと共有できたなら。

 

カインは何も言ってはくれない。包帯に滲んだ赤い血が、じわりとセシルの夜着に移っていった。

 

初出:2013/10/24(旧サイト)