なかまはずれのひとみ

 

「イヴあのね、アンタもう一七でしょう。浮いた話の一つや二つないの? クラスの男の子とか、先輩とかと……」

 

「同い年くらいの子供なんて興味、ないもん」

 

 

 

 ない、の前にわざわざ間をおいて、思いっきり強調して聞かせる。ほんの少し頬っぺたを膨らましてレモン味のマカロンをほおばっているギャリーは、本当にかわいい。日曜日の暖かい昼下がりに、気に入りのマカロンを持って彼のアパートを訪ねる。どこにも行かず彼を独占できるこんな日が、私にとって一番幸せだ。

 

 

 

「じゃあお友達は? アンタくらいの頃って、ガールズトークがいっちばん楽しい頃じゃない」

 

 

 

 一緒にお洋服みたりさぁ、恋バナしたり映画観たり……自分のことのように楽しげなギャリーを遮って。

 

 

 

「一緒にショッピングするならギャリーが一番センスいいもん。映画の感想も面白いし。それにみんな部活でいそがしいから」

 

「アンタ部活はどうなの? 大会とか発表会とかに向けて頑張れるところに入ったらどう?」

 

「私には美術部が向いてるんだよ。それにね、もう文化祭用の絵も展覧会用の絵もコンクール用の絵も全部できてるんだからね」

 

 

 

 まだギャリーには見せたことのない、青い薔薇と青年をモチーフにした三枚の絵を脳内で思い描く。対象への愛がそのままに伝わってくると先生に言ってもらえた自信作だ。

 

――私の大好きな、ギャリー。全身全霊を込めて描いたし、たくさんの人に認められたけど、それでもその美しさは本物の足元にも及ばない。

 

 黙り込んでしまった私に軽いため息を零して、今度はピスタチオのマカロンに噛り付いてギャリーは続けた。

 

 

 

「だとしてもよ、イヴ。週末毎にこうしてアタシと会ってるのは、ちょっと変よ」

 

「どうして」

 

「どうしてって……。いい、アンタはもう一七歳なの。年頃の女の子がこんなおじさんと毎週会ってたら、ご両親も心配よ」

 

「私がギャリーに会いたいんだもん。お父さんとお母さんは関係ないよ」

 

「関係ないって……! アンタはまだ子供よ。そんなこと言うもんじゃないわ」

 

「もう一七歳。だけどまだ子供。ギャリーはずるいよ」

 

 

 

 少しむくれてしまえば、いつだってギャリーは私の頭を撫でてくれる。細いのにたくましい、筋張った男の人の手が心地よい。目に見えない台本で演じられる、二人だけの予定調和。

 

 でも今日こそ、それを破りに来たのだ。

 

 子供をなだめるような手の動きを繰り返し、ゆっくりと離れて行こうとするギャリーの手を掴んだ。胸の前で握りなおしギャリーを見上げると、驚いた眼が左右に揺れた。

 

 

 

「イヴ、アンタ……」

 

「八年待ったわ。一時の迷いなんて言わせない」

 

 

 

 大人とか子供とか。そんなの関係ないよ。あの美術館の中で、アタシよりしっかりしてるわぁ、って誉めてくれたのはギャリーじゃない。

 

 言葉につまるギャリーにまだ畳みかける。

 

 

 

「ホントに嫌なら……私のこと嫌いならそう言って? そうしたら帰るから。送ってもらわなくていい。もう、ここには来ない」

 

 

 

 なんて卑怯な言葉だろう。世界で一番大好きな人のために相応しくない、冷えた声色。

 

 滑稽なくらい必死だから。こんなにも残酷になれてしまう。

 

 もう、大人の言い訳なんて聞きたくない。

 

 言葉を探すギャリーに抱きつき、めいっぱいキスをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 分別のある大人のふりをする言葉とか。

 

 偽悪趣味のある癖の悪い足とか。

 

 戯れにじゃれつく私を引き離す腕とか。

 

 子守をする大人みたいに振舞う掌とか。

 

 おでこにキスを落としてごまかす薄い唇とか。

 

 

 

 ギャリーの部屋にはうそつきばっかり。

 

 

 

 

 

 でもね。

 

 普段は穏やかな光を孕む、

 

 すぐに薄い水の膜をはる、

 

 たまに不安げにきょろきょろさまよう、

 

 時には爛々と怒りに燃え上がる、

 

 そのひとみだけは誠実だから。

 

 

 

 私がギャリーを追うのと同じ。こっちばっかり追いかけてるの、わかってるのかしら。

 

 

 

 

 

 うそつきなからだを裏切ってしまう、なかまはずれのひとみ。

 

 そんなすがる目で許しを求めたってダメよ。

 

 これは罰。

 

 赤い血の代わりに、雨のようなキスを降らすの。

 

 

 

 

 

 そしたらきっと、繰り返し続けた物語にようやく、次のページが紡がれるでしょう?

 

 

 

初出:2012/05/13(pixiv)