エバー・アフター

 

 え……と。親愛なるギャリーへ。怖がりで怒りんぼで素直じゃなくて、でも世界で二番目にかっこいいギャリーへ。

 

 わたしももう、立派なレディーになったつもりなのに、ギャリーを前にするとどうにも素直に言葉が出ません。だから、今日という日のために手紙を書きました。本人が前にいないだけで、今まで恥ずかしくて言えなかったことがたくさん書けて……手紙って不思議だね。こんなだったら、もっと早くから手紙でお話しすればよかったな。

 

 

 

 ギャリーと暮らし始めたころ、私はとっても世間知らずなこどもでした。“おしごと”ってなんなのかよくわからなくって、ただ、ギャリーがいつもそばにいてくれないのが寂しかった。毎日毎日、画用紙とクレヨンがお友だち。こんなだったら前いたところに帰りたい、なんてワガママばかり言ってギャリーを困らせてたね。

 

 二人で過ごした初めての冬、わたしは風邪を引きました。初めての風邪。なんで真っ直ぐに歩けないんだろう……そう思っているうちにバタンと倒れて、あっという間に熱が上がっていったんだっけ。最初の三日はとにかく苦しくて、覚えてるのはわたしの手を握るかさついた掌の感触だけ。そのうち熱が引いて楽になってからは、ほんと言うとちょっと嬉しかった。いつもギャリーがそばにいてくれて、夜通し頭を撫でていてくれて。それから、いつもは食べられない缶詰じゃない桃まで食べさせてくれたから。……違うよ、一番嬉しかったのはギャリーを独占できたこと! 桃でもメロンでもプリンでもなくって!

 

 

 

“病気になったらギャリーと一緒にいられる!”なんて思ったわたしだったけど、幸運なことにとっても身体が丈夫だったのね。あれ以来風邪なんかちっとも引かずにあっと言う間に十五歳になっちゃった。

 

 二度目の風邪は、ジュニアハイにいたとき。あのころわたしたちは、お互いとの距離の取り方がわからなくなってたんだよね。相変わらず、ううん、それまで以上に仕事に打ち込むギャリーにわたしは声をかけられなくて。ギャリーはギャリーで、いっぱいいっぱい悩んでて。

 

 ちゃんと二人で話せないでいたから、いきなり全寮制のハイスクールのパンフレットなんて見せられて……ショックだった。それまで六年間も一緒にいたのに、全然ギャリーの考えてることわかんなくて、ずっと働いてるのはわたしがいる家に帰りたくないからかなって、そう思ったんだ。

 

 そしたら悲しくて、悔しくて、寂しくって……小さな女の子みたいに裸足で家を飛び出してた。もう辺りは真っ暗で、風がごうごう吹いて雪まで降り出してたのに! 後ろを振り返らなかった、怖くて振り向くなんてとてもできなかったから、ギャリーが追いかけてきてくれてるのかもわかんなかったよ。寒いとか冷たいとか通りこしてどこもかしこも痛くなってきて、ギャリーの傍にいたくて、でも帰りたくなかった。誰もわたしを知らないところまで逃げていきたいとも、ここで病気になって倒れちゃいたいとも思った。路地裏で一人でずっと泣いてて、目が覚めたら病院にいたんだよね。

 

 

 

 あの日、初めてギャリーの涙を見ました。わたしの手を握りしめて泣いてるギャリーにびっくりしていたら、今度はイヴに思い切り頬をはたかれて……イヴが怒っているのを見るのも、初めてだった。どうしてこんなことしたの、私が……ギャリーがどれだけ心配したかわかってるのって。あれは怖かったな、でもすごく反省した。涙がぼろぼろ零れて、風邪で倒れたらギャリーは離れていかないと思ったって言ったらまた怒られたんだよね。こんどは、ギャリーにまで。

 

 エゴ?って言うのかな、とにかく、ギャリーはギャリーでわたしを連れ出したのが良かったのか悩んでたって知った。わたしが泣いたり苦しんだりするたび、自分の選択は間違ってたんじゃいないかって。自分がしたことは独善なのかって思ったら、もうわたしと顔を合わせるのも辛くなったって。

 

 ……わたしたち二人とも、馬鹿だったよね。わたしはわたしでギャリーに嫌われたって思って、ギャリーはギャリーでわたしに恨まれてるって思って、すれ違ってた。

 

 

 

 あのときは泣いちゃってちゃんと言えなかったけど、それでもギャリーはわかってくれたみたいだけど、今日は自分の言葉で言います。

 

 わたしはギャリーのこと、大好きです。ギャリーと一緒に暮らせて、すっごく幸せだった。ワガママで悪い子だったわたしの手を引いて、行きましょうって言ってくれたギャリーとイヴがいなかったら、今のわたしはいません。

 

 本当に、ほん、と……に、ありがとう……!

 

 

 

 

 

 あれからハイスクールに行って、その後は美大で油絵を学んで。ギャリーはいつも、メアリーの絵は他の誰のものにもない、メアリーの絵の魅力を持ってるって言ってくれてたね。あれでわたし頑張ろうって思えた。

 

 大学で世界で一番かっこいいと思える人に出会えたときは、どうなることかと思ったけど。二人でやっていくことを認めてもらえて、嬉しいです。でもイヴのパパと泣いてたの、知ってます。泣かせちゃってごめんね? ……うん。その分幸せになるから。大丈夫、彼はかっこいいだけじゃないのよ? わかってるくせに!

 

 

 

 

 

 今日という日を、大切なみんな――生まれて初めてできた友達や、そのパパとママ、たくさんの友達や先生がた、そして誰よりもギャリー、あなた――に祝ってもらうことができて、喜びに胸がいっぱいです。ギャリー、お願いだからそんなに泣かないで! イヴのパパも……わたしの初恋の人らしくかっこよくしててよ! イヴのママ、いつまでも綺麗な、わたしのあこがれの人でいてください。イヴ、“初恋は実らない”は嘘だったね。お互い幸せになろうね、絶対にだよ!

 

 ……アレ、これもしかして言っちゃいけないコトだった? やだ、イヴパパちょっと待って、待ってたらあっ……!

 

 

 

 

 

 えっと、とにかくわたしたち、幸せになりますっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハウリングを起こすほど高らかに謳われた誓いの言葉。お転婆な蜂蜜色の髪も、この日ばかりは淑やかに結い上げられて。

 

 泣き腫らした男二人が組み合うのを、傍らの細君と娘が呆れ顔で見下ろしていた。感動の涙が薫風に乾かされ、騒動と笑い声が蒼穹に吸われていく。

 

 

 

 晴れ姿の娘は生涯の伴侶と頬笑みを交わす。ふたり見上げた六月の空は雲ひとつなく、どこまでも果てしなく広がっていた。

 

 

 

初出:2013/02/27(pixiv)