よくもまぁ、あんなに無愛想な顔同士を突き合わせて食事ができるものだ。
教皇宮での仕事の帰り、いつものように磨羯宮を通りかかったアイオロスは何やら不穏な気配に足を止めた。覗き込んだ後輩の私室では、眉根を寄せた弟とシュラが無言のままに食卓の上のものを平らげている。
白身魚のテリヤキに味噌スープ、海藻のサラダ。それから艶々の炊きたてご飯。淡い黄色のふるふるしたものはなんだろう、よくわからないけれど和食の本で見たことがある、かもしれない。
二人の面白くなさそうな顔とは対照的に、卓上の食事はどれもこれも魅惑的。空きっ腹を抱えて書類と格闘していた身体が勝手に吸い寄せられて、アイオロスはふらふらと二人の間に入っていた。
「……兄さん?」
「……アイオロス?」
丸切り同時にこちらの名を呼んだ弟と後輩が、ちらりと視線を交わしては不機嫌丸出しでそっぽを向く。よくよく見知った二人という気安さで、行儀が悪いと承知しながらアイオロスは魚の切り身に手を伸ばした。
「今食事なのか? 一口、」
あ!とまたも同じタイミングで叫んだ二人が止めるより先に、テリヤキはアイオロスの口内へ。昼前から水しか飲んでいないからとにかく空腹で空腹で道端の草でも毟って食べたいほどで、だからその動きは最早黄金聖闘士二人の目にも留まらぬほどの速さだった。
甘じょっぱい味を想像していたアイオロスが、いきなり涙目になって蒸せ返る。
「大丈夫ですか、兄さん!」
「みっともないことをするからだ」
「兄さんになんてこと言うんだ!」
「事実だろう!!」
慌てて背を摩るアイオリアと、呆れつつコップの水を手渡すシュラ。優しい手つきに宥められ、舌を襲った衝撃を冷たい水で洗われて、ようやくアイオロスはまじまじと二人を見返した。うっすら涙ぐんだ目で彼らを見れば、きまり悪気に視線を逸らされる。
「……何を、作ったんだ?」
兄さんはこんなテリヤキ知らない。舌が痺れて喉が爛れる程にしょっぱくて黒い焼き魚は、完全に未知の料理だった。
こいつが。シュラが。
やっぱり同時に互いを指差し、二人はむすっと答えたのだった。
「砂糖と塩を間違えたんだ」
後はもう子供のような言い争いが続くばかりで話にならない。二杯目の水をコップに注いで耳を傾けるアイオロスの存在はまるで頭にないようだった。
「チャワンムシに関しては非を認めなくもないがテリヤキはお前が作ったではないか!」
「そもそも俺はお前が買い物に行く際に言ったぞ、“三温糖を買ってこい”と! お前が最初から間違えたのではないか!」
「俺のせいにする気か!?」
「三温糖なら間違えようがないから俺はそう言ったのだ! すべての始まりはお前のミスからではないか!」
「なんだと!?」
言わせておけば、といきりたつ弟も、同じ声量で怒鳴り返すシュラもどちらもやかましい。それをいちいち止めるほど元気ではないので、三脚目の椅子に腰掛けてアイオロスは改めて二人の夕食を見た。陶器のコップのようなものに入っている柔らかそうなこれが、きっとおそらくチャワンムシなのだろう。
好奇心に駆られて口をつける。
そしてすぐさま後悔した。
「うぇ……まずい、」
淡黄色のとろみは甘い。だが具は全体的にしょっぱい。言うなればプリンの中に塩気の効いた海老や茸や鶏肉が散らされている、そんな感じ。
三杯目の水をがぶ飲みしていると、不意に二人の視線を感じた。
「アイオロス……」
「兄さん、そんなに腹が減っていたんですね……」
盗み食いのような真似までするなんて。
憐憫の表情のままあっという間に何らかの合意に至った二人が文字通り光の速さでもう一膳ご飯をよそってくれて瞬き。それをどう捉えたのか、これには塩も砂糖も入っていないとシュラが苦笑する。
それから味噌汁、サラダ。さらにアイオロスの前にはどこからともなく出てきた缶詰。日本語で何やら書かれているのだからわざわざ日本で調達したか貰い物が、いずれにせよそれなりに貴重なものだろうに。
仕切り直しだ、と改めて座った二人に、それを指摘するタイミングを逃して。
「イタダキマス」
「イタダキマス」
日本風に手を合わせたシュラとアイオリアは相も変わらず顰めっ面でちびちびと食事を平らげている。
文句はないが会話もない、さりとて失敗作を捨てもしない。
つまりは、馬鹿馬鹿しくなるくらい平和な食卓。
「……いただきます」
その平和な日常の端っこに腰掛けたアイオロスは少しだけ笑って、ようやく自分の食事に手を伸ばした。
初出:2017/01/15(Privetter)