砲弾が炸裂する瞬間を、遠くから見ているしかなかった。
捨て置け、と血を吹き零す唇で哀願するのを、無理やり担いで陣に戻る。
両足が吹き飛び、内腑も衝撃にぐちゃぐちゃになったであろう身体はそれなのに重く、何度もたたらを踏んでは泥濘を踏みしめる。
雷を伴う強い雨がなければ溢れる血ですぐに居場所が知れ、彼の願いどおり瀕死の兵は路傍にうち捨てるより他なかったことだろう。
だからこれは僥倖なのだと。首筋に纏わりつく毛を一度だけ払いのけて、桂は唇を噛み締めた。
「ヅラ……と平蔵、か……後ろにいるのは……」
本陣に戻れば待ち構えていた幼馴染二人に囲まれる。決して口には出さないだろうが、心配していたらしい。桂の姿を認めた途端はっきりと明るくなった表情が、背中の人を認めて強張った。
「……高杉、布団を敷いて、水でも用意してやってくれ。それから銀時は皆を」
「布団だの水だの飯だの、そんなもんとっくに出してある。ホラ代われ」
「え……あ、ああ」
気丈に振舞っているつもりでも、沈痛な面持ちは隠せていなかった。いよいよ溢れてくる血も少なくなった同門の友を高杉が引き受ける。軽くなった背に足元がふらついたのを、咄嗟に銀時が支えてくれる。
膝が笑って、今更のように身体が震えて、歩き出した高杉を追うことができない。
「銀時、俺は大丈夫だから。早く皆を呼んでくれ」
「オメーのどこか大丈夫なのか言ってみやがれ」
呆れて肩を貸す銀時の、命の温みに涙が零れそうになって、桂は慌てて空を見上げた。
雨粒に打たれ、胸の苦しみを誤魔化す友を見ても、銀時は何も言わなかった。
堪えることのできない、熱い涙が頬を濡らした。
松陽を奪還せんと、天人から国を取り戻さんと、村を出て僅かひと月あまり。初めての友の死に、誰もが動揺していた。
年嵩の彼は明るく、ひょうきんで、癖の強い三人とも上手くやっていけるムードーメーカー。その少年の命が、今ここで尽きていく。
血がこびり付きかさかさに乾いた唇が、みず、と呟いたような気がした。桂が水差しを口元に持っていけば、それをほんの二、三口どうにか飲み下す。
最期にうっすら目を開いた平蔵は、何か言葉を探しているようだった。
同門の少年たちの顔を見て、なぜだか少し苦笑して。
たった一言。「ありがとう」と囁いた。
それきり目を閉じてしまった彼は、もうどんなに名を呼ぼうと目覚めることはなかった。
それから桂は――銀時も、高杉も――いくつもの別れを経験した。
折り重なる死者で地面すら見えない戦場で両断された友を見つけたことも、決して助からぬ重傷に苦しむ友に引導を渡したこともある。
いくつもの別れを、死を越えて。師の最期の言葉を聞いて。
ありがとう。そのうつくしい言葉の中に、時折今も桂は死を見る。
初出:2015/03/09