お土産

 

――いや、風邪を引くほど柔でもありませんし畳の上で……。


 そう言ってアフロを揺らす男と、狭い場所を分け合い眠った。


 背中に感じた人の温みは、あれは夢だったのだろうか。




 ころん、と寝返りを打った拍子に冷たい畳に頬が触れた。たまたま眠りが浅い頃合であったのか、思いがけず目が覚めてしまい斉藤は戸惑った。


 春近しとは言えど夜明け前のこの時間帯はまだまだ寒く、布団から出てしまった半身はじわじわ末端から冷え出す。


 あ、まずい、と思ったときにはもよおしていて、不承不承斉藤は布団から這い出た。


 寒い。


 廊下を踏む素足がすぐさま冷たくなって、けれど当直以外は皆――仕事に追われる副長も、副長を狙う一番隊隊長も、夜毎の自家発電を終えた局長も――寝入っているのは明らかだから、きしむ床板を鳴らさぬようゆっくり歩く。


――斉藤隊長。足が冷えます。


 つい先日まではこんなとき、さっと室内履きを出してくれる男がいた。


 彼が残したものは何もかも、怒り狂った副長が処分してしまったから、そんなスリッパ一つ今の斉藤のところにはない。


 夜の終わり。冷たくも澄んだ空気を吸い込んだはずの唇からは、なぜだか溜息が一つ零れ落ちた。


 

 


 柱――桂は、およそ怠惰とか堕落などと言った言葉とは無縁の男だった。


――なんだこれは。生活する場に対する敬意というものがいささかも感じられん。


 他の隊の若者に連れられ、初めて浴場に足を踏み入れたときの言葉がそれと聞かされている。隊長付きの副官とは言え、入隊したばかりの男に吐き捨てられ、その場にいた者は不快げに顔を顰めたという。それなのに、結局それからすぐ大掃除となり、警邏後の副長が見違えたそこに仰天したとも。


――まぁ……合格だな。他のどこを置いてもここは静謐でなければ。


 そんな偉そうな口を利きながら、道場の雑巾がけも率先して行っていた。朝稽古の前や後、気付けば半数以上の隊士がそれに加わっていたことを思い出す。


――己が職務を誇れ。それに相応しき自律した身であれ。邁進せよ。評価など、いつだって後から着いてくるのだ。


 尊敬の眼差しで見つめてくる隊士たちに、そう説いたのはいつだったか。あの黒目がちの目に一人ひとり射抜かれて、青年たちは聞き入って頷いていた。


 桂はいつも、正しいことしか言わなかった。


 他者にも己にも誠実でいろ。身の回りを清潔に保て。信念を持って刀を振るえ。


 その正しさを実行に移すとき、皆が少しばかり後ろめたくなる。そんなことまで見通していたのか。


 斉藤のこの感傷さえも桂小太郎は全て。




 用を足して自室に戻り、ほのかに温もりの残る布団のど真ん中に斉藤は寝転んだ。


 本当に、厄介なものばかり残されてしまった。


初出:2015/03/08

(「お土産」というよりも「置き土産」)