使命感

 自分よりやばいやつがいると、酔えない。

 

 泥酔し号泣しながら管を巻く男たちを持て余しながら、銀時はうんざりと煤けた天井を仰いだ。




 そもそも銀時は万事屋へ帰る途中だったのだ。今日も今日とてパチンコで有り金はすっからかんで、肩を落として歩くのを呼び止められたのが運の尽き。奢りますから、なんて言葉に釣られてこれだ。


「聞―いーてーまーすーかあぁ、坂田さんッ!?」

「うるせェェェェ! 聞いてるよモブ1号!!」


 最初はよかった。既に一軒目である程度飲んできたのであろう彼らはそれでもまだまだにこやかでご機嫌で、部外者である銀時にも次々と酒やら肴やらを注文してくれた。


 雲行きが変わったのは一時間ほど経ってから。次第に絡むような口調になっていき、当てこするような発言が増えた。しまいには一人が泣き出したのを皮切りにいい大人がおいおい泣くのだからたまらない。


 何故もっと逃げやすい場所に座らなかったのか。いい気になってど真ん中を陣取って飲んでいた自分を激しく責めても、今更詮無いことだった。


「あんなにっ、あんなに綺麗な人が、この混沌とした世の中にいるんですよっ!?」

「き、きっ、き……奇跡じゃないですか……!」

「見目だけじゃなくて魂も……違う、魂の清廉さを体現しているからこそ桂さんはあんなにお美しいんだ!!」


 湧き上がる党員たちを横目に溜息。知ってるよ、などと口が裂けても言うはずない。こうも容易く桂への思慕や憧憬を言ってのける男たちは、ようやく自分たちの内輪の話で盛り上がり始めてくれたように見える。


 今のうちに、帰ろう。立ち上がりかけたところで、両脇からがっちり掴まれる。相変わらず滂沱の涙に濡れるおっさんどもの顔を着流しに押し付けられて、殴り飛ばすのをなんとか堪えた。先程まであんなに喧しかったくせに。いまや彼らは静かに涙を零すばかりだった。


「坂田さん、私たちはですね……あの人の志のためなら、この命なんて投げ出せると思ってるんです」

「そーかよ」


 だがそれを桂はよしとしないだろう。同志だけではなく、江戸に住む――そして志士たちのことも戦争のことも忘れたかのように日々を生きる――無辜の民も、袂を分かった友も、志を同じくする者であれば幕府の人間でさえ、きっと護ろうとする。それがあの稀代の馬鹿だから。


「それをあの人が赦してくれなくても……。私たちはそういう気持ちで……あの人が描く新しい未来に殉ずる覚悟で、“今も”生きています」

「……それを、あなたにもわかってほしかったんです」


 いつしか宴席は水を打ったように静まり返っていた。党員たちが何を言いたいかくらい、銀時にだって理解できる。確かに過日のあれは、彼らにとって到底看過できないことのはずだ。己に非がないとは言え降りかかってきた将軍暗殺の嫌疑を、同じく無実の桂に擦りつけようとするなんて。いくらなんでも酷すぎる。


 幾対もの瞳が銀時の言葉を待っていた。


 それに答えようと口を開きかけたところで、すぱん!と襖が開け放たれた。


「まったく、何でお前らいつもの店で飲まんのだ……探したじゃないのもぉー」

「空気読めこのバカヅラァァァァァァァ!!」

「バカじゃないヅラじゃない桂だ! む、銀時ではないか。何故お前がここに……さては攘夷志士になる覚悟がついにでき、ぶふぉっ!?」

「あ、やべ」


 反射的に徳利を投げつけて黙らせてしまって、銀時は蒼ざめて周囲を見渡した。どれだけ目で詰られるかと思ったのに、何故だか男たちは苦笑していた。


 その視線の先では、桂は表情を緩ませている。


「なんだ違うのか……まぁいい。お前とこいつらとが友になったなら願ったり叶ったりだ。真面目で気のいい奴らなんだが、如何せん追われる身ゆえ友人などが作りづらいだろうと気になっておった」

「別に、そんなんじゃねェけどよ……」

「どうせお前は奢られる側だろう? 今後こいつらが依頼を持って行ってやった際にはしっかり働けよ」


 まさか料金踏み倒す気じゃねーだろうな。そう言いかけて、けれど銀時は全く違うことを口にしていた。


「……探し物とか、屋根の修理とか、知り合い料金くらいにはしてやるよ」

「なんだ珍しく殊勝だな。そうだ銀時! 早速一つ頼みがあるのだが……うちに通ってきていたミケ殿とクロ殿がいなくなってしまったのだ、探してくれ!」

「何でオメーに用事を言いつけられなきゃなんねーんだよ! 通い猫なんだろ、もっといいもん食わせてくれるうちが見つかったんだ、あきらめろ」


 そう言わず頼む、この通りだ。そう律儀に頭を下げる桂の表情は生真面目で、それでいてどこか柔らかい空気を纏っていた。全てに納得したわけではないだろう。けれど男たちにとって、今はそれだけで十分だったらしい。気付けば面々はそっと二人から視線を外し、めいめい話し始めていた。


 隣に座り込み、ミケとクロとやらの特徴を話す表情は楽しげだ。身振り手振りまで使って真剣に語るのを、銀時は黙りこくって眺める。


 胸中にある苦くもどかしい思いから目を逸らし、そちらが見えない振りをした。



初出:2015/05/10