※将軍暗殺篇の過去話前提
「もう一回、銀ちゃんもう一回やるネ!!」
「オイオイいいのか神楽ァ? 次は冷凍庫の雪見大福だぞ」
「もう負けたりしないアル! 銀ちゃんこそ負けたら苺大福10個だからな忘れんなヨ!!」
「かかって来やがれ。っと、その前に厠に行ってくらァ」
きっかけは新八が持ってきた子供用の碁盤と碁石。当の本人が親衛隊のシゴキだとか言って出て行ってしまった後も、二人は夢中になって遊んで――正確に言えば負け通しの神楽がムキになって勝負を挑んで――いる。そのまま勝負するのでは面白くないと言ったのは銀時のほうで、先ほどからあれやこれや巻き上げられっぱなしなのだ。
今度こそと意気込む神楽の耳に、無粋にもチャイムの音が飛び込んでくる。ごめんくださーい誰かいますかぁ、なんて間延びした声は確かに聞きなれたものだった。直に勝手知ったるこの場所まで、手土産を携えた桂が入ってくる。
「おおリーダー、連珠か。懐かしいな」
「レンジュ?」
「違うのか? 碁を打っているようには見えんが……」
並べられたままだった僅かな碁石を見て、遊びの名を言えば神楽は首を傾げた。何ソレ、ワタシが銀ちゃんとやってるのは“五目並べ”とかいうゲームアル。無邪気に告げられた答えに桂は思わず眉を顰める。
「リーダー、一度でも銀時に勝てたか」
「……まだだけど、これから勝って見せるアル」
不躾な質問に膨れながらも答える神楽の、明るい色の髪がきらめく。小さな頭にそっと手を載せて、桂は大仰に溜息をついた。
「リーダー、いいことを教えてやろう。五目並べには必勝法がある。それさえ知っていれば、先行の者が負けることはないのだ」
「銀ちゃん、いっつも自分から始めてたネ! ズルしてたアルか!!」
「まぁズルとまでは言わんかもしれんが、いささか卑怯であるとは……ってちょっとリーダー?」
ソファーから飛び上がった神楽はもう居間から消えていた。厠の扉を蹴破りかねない勢いで中の銀時を詰っている。
「銀ちゃん出てくるネ! ズルして酢昆布もアイスもチョコも巻き上げたアルな!!」
「なんだと銀時、貴様リーダー相手にそんな汚い真似をしていたのか!」
「ちょ待て待てウンコの切れが悪くなるだろうがっつーかなんでヅラが来てんだよ!」
「ヅラじゃない桂だ!」
出て来いコラァと息巻く神楽に、そこに直れと叱り飛ばす桂。なんて間が悪いときにコイツが来たものか、なんて思わず愚痴を零して、銀時は尻丸出しのまま天井を仰いだ。
「いいか、何を巻き上げたかは知らんが。ここまでの勝負は無効だ、まったく小ずるい手を使いおって……」
「なんだよ、小さな菓子ぐれぇでがたがた言うなよヅラァ」
「ヅラじゃない桂だ! それはこっちの台詞だぞ銀時」
ちょっとした出来心の可愛い悪戯がこんな風に白日の――というか、このやたらにうるさい幼馴染のもとに晒されてしまうとは。くどくどと母親のように説教を続ける桂の言葉を聞き流して、銀時は視線を横に流した。細長い箱の包装紙をびりびり剥いだ神楽が、当たり前のように中身のカステラに頭から噛り付いている。
「オイ神楽、お前何一人で食ってんだ」
「子ども相手に阿漕なやり方をする奴に渡す土産などないわ」
腐れ縁の冷たい反応に、思わず反駁が飛び出して止まらなくなる。
「ンだよそれ、っつうかアレだぞオイ、俺もガキの頃この洗礼は受けてっからな。他でもない松陽に」
「何、松陽先生から?」
「そーだよ。俺も大福とか団子とか、一通り掻っ攫われてんの。高杉もヤクルトとかプチダノンとか持ってかれてんの。婆ちゃんに鍛えられてて碁が馬鹿強かったお前だけだよ、被害を免れてんのは……って、何アホヅラ晒してんだよ」
目を丸くした桂はたっぷり五秒ほど固まっていた。そうしてようやく、アホヅラじゃない桂だ、なんてどうしようもなくずれた言葉を紡ぐ。しみじみと続いたのはどこまでも優しくて穏やかな声。
「そうか、松陽先生がそんなことをやっておられたのか……」
「あ……」
そう言えば、初めてこんな風に松陽を思い出したかもしれない。胸の奥をざわつかせ、ぎりぎりと痛ませることもなく。万事屋に僅かな沈黙が降りて、ややあって最初に話し出したのは桂だった。
「伝統ならばしかたあるまい。すまんなリーダー、これはどうやらある種の通過儀礼であるらしい。さっきの勝負は無効試合にはせん」
「そんな、」
「ただし」
反論の声を遮って桂はにやりと不敵に笑う。続けられた言葉に慌てたのは銀時だ。
「奪われたものは奪い返さんとな。どうだリーダー、俺と手を組んで銀時と勝負するというのは」
「ふざけんな馬鹿ヅラ! 大体それこそ卑怯だろうが二対一なんてよ、」
「ただいま帰りましたー」
「空気読め新八ィィィィィ!!」
「いきなりなんでだよなにがだよオイ!!」
帰った途端に詰られ反射的に突っ込む新八に思わず神楽が吹き出した。これでタッグバトル成立だな、と腕を組む桂の頭を銀時がはたく。痛いぞ銀時、なんて恨めしげに言うからもう一回。
いずれこの日の出来事も、優しい“思い出”になるのだろうか。
その思いはとても愛おしく幸福で、だがどこか切なく、銀時の胸を焦がしていく。
初出:2014/01/05