※将軍暗殺篇の過去話前提
スーパーにドラッグストア、個人商店など十店舗を巡り、もろもろの買い物を済ませる。トイレットペーパーやティッシュからサラダ油や醤油や味噌に石鹸、それから安くなっていた電球。ついでに米まで買ってしまったから流石に腕が千切れそうで新八は顔を顰めた。
「やっぱ買いすぎたかなあ……でも久しぶりにちゃんと給料もらえたし、たまには姉上にもっと贅沢してもらいたいし……」
嗜好品を買うほどの楽しさはなくとも、買い込んだものが生活の糧になると思えば気持ちも上向く。早く帰ってお通ちゃんのライブDVDでも見よう。塞ぎこんだ曇天の下、荷物を抱えなおして足を速めたそのとき、不意に後ろから声を掛けられた。
「新八君じゃないか。買い物帰りか?」
「あ、桂さん!」
振り返ればそこにいたのは雇い主の腐れ縁。歩み寄ってきた桂に当然のように手を伸ばされて新八は瞬いた。
「重そうだな。少し持とう。まったくあの男は子どもたちにばかり家事を押し付けおって……」
「あ、いえ違うんです! これはうちに買って帰るもので……ちょっと買いすぎちゃっただけなんですよ」
何しろようやく給料が入ったもので嬉しくて、とは言わない。けれど新八の言外の思いを桂はあっさりと汲み取ったようで、軽く溜息をついて米袋を引き受けた。
「……あいつのだらしなさにも困ったものだ……新八君、腹に据えかねたら出勤拒否くらいしてやってもいいんだぞ」
「はは……考えときます」
かれこれ二十年は付き合いがあるという古馴染みに言われても説得力なんて欠片もない。けれど下手に突っ込んで電波スイッチを入れてしまっても困るから、曖昧に頷いた新八は桂と連れ立って自宅へと向かっていった。
空からはいよいよ白いものが舞い落ちてきている。
***
――ちょっと、桂さん酷い顔色ですよ。
――そうか? いつもこんなもんだろう。
――そんな訳ないでしょう! ほらここ座って、もっとあったまってください。
上がっていってください、お茶でもどうぞ、なんて言葉に甘えたらこれだ。雪雲の立ち込めた空の下では気付かなかったものの、蛍光灯の下に晒された顔の青白さに新八は仰天したらしい。古い火鉢の傍を陣取るようにして桂は座らされていた。底冷えする古い家屋の中では、確かにここが一番暖かい。じんわりと身体に広がっていく温みに、桂はいつしかまどろんでいた。
こんな風に一等地を独占したことはない。幼いころはよく場所の取り合いになったものだ。一度雪が積もれば大騒ぎしながら外に駆け出して暴れまわるのに、それまでは寒さにめっぽう弱かった幼馴染二人を思い出す。
まとめて三人、先生に拳骨をくらい寒い廊下に正座させられたこと。ようやく雪が積もった庭に駆け出して夢中になって遊んだこと。晋助が腿の辺りまで池に落ちたこと。銀時が屋根から落ちてきた雪に埋もれたこと。たくさん並べた雪ウサギを踏み壊されて本気で怒ったこと。
火鉢の前に一人で陣取って、微笑みながらそれを見ていた松陽先生。
目を開ければ恒道館の庭には誰もいない。そんなことはわかっている。けれど、今だけは懐かしい夢を見て眠りたい。そっと身体に何かがかけられたのを感じたところで、桂の意識は柔らかく優しい闇に包まれていた。
初出:2014/01/11
あんまりタイトルに添えてなくてすみません……。