身を焦がす

 

 目の前で、鼻血を垂らした銀時がぶすくれていた。

 にこやかに青筋を立てる師の向こうから、握り飯を盆に乗せた桂が歩み寄ってくる。

 

 視界の先で馬鹿笑いする坂本を銀時が呆れて見ている。

 相変わらずせっせと握り飯を作っている桂がこちらを認めて声をかけて、何事か仕事を言いつけた。

 

 もう、桂は戻らないつもりだろう。一人でも多くの仲間を逃すべく、賢明に刀を振るって駆けずり回るその背中が、不意にくずおれて消えた。

 

 不吉に空を覆う烏に、地に蔓延る男たち。

 噛みしめたられた桂の唇から零れる紅い血。

 振り向いて笑った松陽の白皙。

 師の首を、跳ね飛ばした、銀時の。

 色のない涙。

 

 

***

 

 

「……っ、」

 

 鬱陶しい春の雨に舌打ちして、高杉は静かに頭を振った。

 

 こんな風に古傷が疼く日は、左目のほうがよく“視える”。

 

 紅桜の一件以降初めて地球に降りたものだから、柄にもなく感傷なんぞに浸っていたのかもしれない。

 

 過日の抗争で死んだ鬼兵隊の者が何名かすら高杉は知らない。おそらく河上か武市あたりが報告したであろうその数字は、全く頭の中に残らなかった。

 

 ただ一つ覚えているのは、桂の行動によって百振の紅桜が失われたということばかり。

 

 だがそれも春雨の後ろ盾が得られた今となってはどうでもいい。

 

「……くだらねェ」

 

 ましてや、沈みゆく船ともに海に沈んだ岡田似蔵など。

 

 

 

 仲間だろう、などと詰ったのは桂だった。だが高杉にとっての岡田は、岡田にとっての高杉は、仲間などには未来永劫なるべくもなかった。

 

 ちょうど高杉晋助が吉田松陽の“仲間”たり得なかったのと同じように。

 

 あれは高杉のために生き高杉のために死んだ。

 

 己が偶像――昏く燃える灯を護らんがため、その輝きを強めるため、火種となって燃え尽きることを選んだ男だ。

 

 その生き方を愚かと嗤うか、献身だと涙するか、或いは気狂いのそれだと怖れるか。そんな他者の評価こそ、高杉にも死んだ岡田にもどうでもいい。

 

 けれど時々、高杉はこんな妄執に囚われる。

 

 

 

――己もまた、師という火の中にくべられて燃え尽きたかった、なんて。

 

初出:2015/03/29