べらべらと良く回る舌を持っていやがるくせに、肝心なことは何一つ言いやしない。
そんなのは別に今に始まったことじゃないし、“夜明け前”だってやっぱり桂とは殆ど碌に言葉を交わさなかった。
最も闇深く凍えるときに大立ち回りを演じて見せて。この腐れ縁はそのまま本当の“暁”になって、人々に拝まれては担ぎ上げられている。
「……こんなに日も高い時分から寝てるなんて、いいご身分だなヅラァ」
「ヅラ、じゃ、あ……な、」
白夜の太陽のように空に貼り付けにされたまま、いよいよこうして倒れるまで。
がりがりに痩せた――まだ痩せられるほど余分が残ってたなんて驚きだ――幼馴染を見て、銀時は盛大に溜息を吐いた。
長く美しかった髪は綺麗に切り揃えられて、けれど艶を失ってリネンの上に広がっている。血の気の失せた白皙は明らかに病人のそれで、乾いた唇から止まらぬ咳は聞いているだけで胸を悪くしそうなほどだ。
寝具と病室の白が、そこここに散らばる紙の白が、目に突き刺さって痛い。
面会謝絶も同然。仕事なんてもってのほかと聞かされていたけれど、そんな重病患者に平然と書類を持ってくる輩がいて、それを当たり前に受け取る馬鹿がいる。
銀時が来る少し前まで身体に鞭を打って仕事をしていたのだろう。そのまま体力の限界が来てまどろんでいたのか。
「……もうダメだよ、オメー」
「ぎ、んと、きっ……!?」
「黙ってろバカヅラ」
舌噛むぞ、なんて小さく揶揄して痩せた身体を担ぎ上げる。書簡も報告書も草案の数々も当たり前のように全て踏みにじって、銀時は勢いよく病室を飛び出した。
「オイ貴様! 何を!?」
「応援を呼べ!」
駆け寄ってくる男たちを蹴り飛ばし、振り払い、殴りつけて吹っ飛ばし、騒然とする院内を銀時は駆ける。何をする、降ろせと懸命に抗う、児戯のような抵抗を抑え込むのなど屁でもなかった。
「長谷川さん、出してくれ!」
「おう!」
「長谷川さんまで……!」
病院前ロータリーで拾ったタクシーの運転手は見慣れた顔で、混乱に桂は声を荒げていた。
「何を考えているんだ! 早くあそこへ戻らねばどれだけ仕事が、」
「知るかよ、ンなもん」
超スピードでかっ飛ばされたタクシーがようやく停車したのは、見慣れた――けれど今の桂にとっては懐かしい――万事屋の前。
瞬いた桂が言葉を失くしている。狭い車内から手を引いて出して、軽い身体を銀時はそっと抱き上げた。
ずかずかと階段を登り足でガラス戸を開ければ、子どもたちの声が飛んでくる。
「おかえり、ヅラ!」
「おかえりなさい、桂さん!」
賑やかな出迎えの声に紛れ、低い囁きが吹き込まれる。
「……お前が、戻ってくる場所はここじゃねぇのかよ」
***
――あんなところにいては治るものも治りません。お願いです、坂田さんのところで養生なさってください。
――「帰りてぇ?」 じゃあ“合意でない”とそれだけ言やぁいい。その一言で万事屋は国家の英雄を狙った第一級のテロリストだ。俺たち真選組が全力で掃討してやる。
――そういがりなやぁ。ほがぁにたごっちょってよう言うぜよ。金時んくがいやなら快援隊に来るきか。
――痴話喧嘩に巻き込むんじゃねェ。
誰に電話してもまともな答え一つ得られない。万事屋の黒電話から思いつく限りの人に電話し続けた桂は、ついに万策尽きて受話器を置いた。
「諦めてくれた?」
寝そべってジャンプを読んでいた銀時にそう訪ねられ、返事の変わりに桂はゆるりと頭を振った。
「エリザベスを呼んでくれ」
「言っとくけど、あのペンギンお化けも今回の計画には賛成してるから」
「そうじゃない、官邸にある荷物を引き払わねばならんだろうが」
なんだそういうこと。答えるでもなく独り言ちた銀時が、和室から風呂敷包みを一つ持ってきた。
着慣れた着物と羽織。書簡がいくつかに、ごく僅かな身の回りの品。そして愛刀と、師が遺した教本。
必要なものが全て、過不足なく入っている。
それらを検めている桂の背に、呆れた声で銀時が話しかけた。
「昔っから荷物が少ねェやつだよ」
思い出しているのは、悪ガキ三人で師の後を着いて歩いたあの晩のことだろうか。或いは戦時の陣移動のときか。
「お前は馬鹿だな、銀時」
「あ? お前にだけは言われたくねぇんだけど」
そうじゃない。背負い、背負われ。抱え込んで、抱えられ。
銀時。俺はずっと、昔から――。
それを言葉にすることはない。微笑んで立ち上がった桂は、柔らかい風呂敷を銀時の頭に引っ被せた。
初出:2015/02/23