聲 中編

 

「う……ぐっ、」

 

 身体の奥が燃えるように痛む。安息の眠りすら奪う苦しみに苛まれて、カインは恐る恐る瞼を持ち上げた。

 

 薄く目を開けたところで必死で部屋の気配を探る。セシルがここにいないとわかって、ようやく落ち着いて息を吐くことができた。

 

 部屋は失神する前とほとんど変わっていない。瀟洒な調度品にぱちぱちと優しく爆ぜる暖炉。黒檀のローテーブルには彫り込みの美しい硝子瓶が立てられていた。視線を落とせば、小水や汗や血で見るに耐えない有様だったはずの寝台はすっかり綺麗にされている――糊のきいたシーツに横たえられたカインは拘束されたまま、一切の傷の手当を放棄されたままだというのに。

 

「な……!?」重い頭を懸命に持ち上げ身体の具合を検分しようとして、カインは小さく息を飲んだ。覚えのない歯型や鬱血に傷ついた身体からまともな衣服は奪われ、代わりに下半身には襁褓があてがわれていた。

 

 あくまでも縛めを解く気はないということなのだろう。屈辱のあまり視界が歪む。

 

「ちくしょう……!」

 

 どれだけ眠っていたのかはわからない。けれどその行為を意識してしまった身体はふるりと震え、カインを急かし焦らせた。

 

 時計もなく太陽も昇らないこの部屋で、時を知る術はない。こうしている間にもセシルが重い扉を開け顔を出すかもしれなかった。あのような醜態を具に観察されて、排泄物まで味わわれるくらいならば、いっそ今――。

 

 「っ……ん、ふぅ……」

 

 左肩に頬を押し当てる。肌触りの良い布の下の、ささやかな水音さえ拾えてしまえる静寂をカインは憎んだ。こんなときまで汚辱を長引かせたくなどないのに、下肢に力を込めれば身体は引き裂かれんばかりに痛んだ。搾り出した尿が布地に広がっていくのがどうしようもなく気持ち悪い。尻穴の傷に水分がじくじくと浸みて、いっそ死んでしまいたくなる。

 

「は……く、うぅ」

 

 随分と時間をかけて全てを排泄し切ると、どうしても涙が肩口に流れた。せり上がる嗚咽で震えた喉も無惨なほど傷ついていると知った。声を殺すことすら辛い。

 

「っふ……う、うぇっ、く……うう……!」髪の一筋から脚先まで無力感に浸されて、カインは一人泣きじゃくった。

 

 

 

 

 

――カイン、起きて……。ほらカイン! そんなに寝たら、夜眠れないだろ……。

 

「うぅ、ん……」

 

 懐かしい言葉をかけられて微睡みの中カインは微笑んだ。花摘みをして遊ぶセシルとローザを見守って、気づけば大樹の下でうたた寝していた幼い日々。日が傾く頃になって心配気に肩を揺するのがセシルで、いくつもの花輪でカインを飾り立てるのがローザだった。

 

 ならば今、さらりと髪を梳いているのも彼女だろうか。

 

「ローザ、か……?」

 

 返ってきたのは低く冷たい苦笑で。その響きに一気に現実に引き戻される。

 

「お前はどうあっても僕を認めてはくれないみたいだね……カイン」

 

「セシル……」

 

 その名を呼ぶのが恐ろしくてたまらないなんて、そんな日が来るなんて思いもしなかった。恐怖と痛みでかさついた声にセシルは薄く笑って、ポーションを口移しに一口与えてくれた。

 

「っふ……」ほんの少しの恵みの水を健気にカインは飲み下す。徐にわななく唇が開かれた。「もう……たくさんだ! こんなことをして何になるんだ……!?」

 

 襲い来る苦難を待ち受ける双眸は悲痛な決意に燃えていて、カインは親友から僅かにも瞳を逸らさなかった。

 

 奇妙な沈黙。それを破ったのはセシルだった。

 

「何か勘違いしてないか、カイン」

 

 ふい、と踵を返してベッドサイドから離れたセシルが机上の瓶を手に戻ってきた。宥めるように頬を擽る手の、その優しさが気色悪い。

 

「僕は別にお前を傷つけたり苦しめたりする心算じゃなかった。だけどカイン、お前はどうなんだ……バロン王国の誇り高き竜騎士団長が何故、国王陛下に逆らう? どうして僕を捨てて国を出て行こうなんて思える? 何もかもお前の不実が招いたことじゃないか」

 

「セシル、それはちが、」

 

「違わないだろ! お前がかつて兄さんに心を預けていようが体を開いていようが、そんなことはもうどうでもいい。だけど今は……今はお前は僕だけのものじゃなくちゃいけないんだよ! そうじゃないかだってお前は王の剣で、そして僕はこの国の王なんだから」

 

「いい加減にしろ!!」 先ほどまでセシルに対して抱いていた恐怖の全てを忘れてカインは声を荒げた。憤怒のあまり視界は赤く染まり、激情に駆られて強く引いた手首からは再び血が流れ出していた。鉄の拘束さえなかったならば、腑抜けた横面に拳を叩きこんでいただろう。

 

「確かに俺の犯した罪は決して赦されるものではない、だがそれとこれとは話が別だ。俺自身は誰の所有物でもない。カイン・ハイウインドを支配するのはこの俺一人だ! 目を覚ませセシル、“王”が私的な意思や感情でもって個人を支配することの恐ろしさを、お前は誰よりも知っているはずだ……そうだろう!?」

 

 項垂れるセシルに掛ける言葉はいつしか縋るものになっていた。

 

「セシル、大丈夫だから……これを解いてくれ」

 

「……ない」

 

 呼びかけは届いたのだろうか。小さな呻き声を聞き取ることができず、カインは思わず眉を顰めた。硝子瓶を握るセシルの右手が細かく痙攣している。「セシ、ル?」

 

「お前をここに留めておけないなら、王の地位に意味なんかないじゃないか……!」

 

 ほっそりとした顎や形の良い鼻梁を伝い、はたはたと涙の粒が落ちてはシーツに染みていく。

 

「っう、く……!」

 

 気がつけばカインも泣いていた。

 

 確かに太陽の方を向いて、誇りを胸に気高く生きていた筈なのに。かけがえのない深い友愛と尊敬を、互いに抱きあって切磋琢磨してきた筈なのに。どこで道を違えてしまったのだろうか。

 

 舌先に歯を立てて声を堪えても、止め処もない落涙がひたすらに頬を濡らす。

 

 熱い雫を拭う手つきだけは、それでもやはりどこまでも優しかった。

 

「好きだよカイン……お前をこの手に抱くためならば、僕は狂人にでも悪鬼にでも墜ちられる」

 

 ごめんねと愛してるを繰り返す唇が、カインのそれに合わせられた。

 

「ふぅっ……ん、」

 

 筋張った掌が上体を這い回っても、もはやなに一つ抗う術がなかった。脇腹を掠めて下りていく手が下肢に触れても、身を強張らせるくらいしかカインにはできない。恥部を覆い隠してくれていた布が殊更ゆっくりと剥がされていく。

 

「僕がいない間にお漏らししちゃったんだ……我慢できなかった?」

 

「っ……」

 

 直向きに輝いた紫紺の双眸が隠しきれない情欲に潤む。あどけなさとどす黒い欲望と、相反する二つを内包した瞳が歪に眇められるのを目の当たりにして、カインは深い諦念に身体の力を全て抜いた。

 

 節くれだった指先が昨晩ずたずたに傷つけた秘所に触れようとして、思い直したように離れていく。

 

「そうだカイン、昨日は苦しい思いばかりさせてすまなかったね」

 

「は……?」

 

 襲い来る痛みを覚悟して待ち受けていたカインが、唐突な言葉に目を瞬いた。その鼻先で見せつけるようにセシルが小瓶を振る。先ほど握りしめていたものだ。やたらと細かい装飾がなされた蓋が開くと、甘ったるい匂いがそこらに広がった。

 

「わかったんだよ……苦痛ではお前を真に壊すことはできない」

 

「なに、が、言いたい?」

 

「さあ。心配しなくても、今晩は痛いことは何もない」

 

 小瓶が小さく傾けられる。掌にのろのろと滴り落ちていく中身は随分ととろみを持っているように見えた。硝子瓶をサイドボードに置いたセシルが、器用に片手で右足の拘束を解いてカインの腰を持ち上げる。得体のしれない液体がまとわりついた指が一本、窄まりの皺を労るように撫でつけた。

 

「う、ふぅ……」恐れていた激痛はなかった。それだけに疼く傷跡を宥める指先の動きを繊細に感じ取ってしまい、わけのわからない怯えにカインの身は竦んだ――暴かれていくのだ、こんな不浄の場所を。

 

 つぷ、と不埒な指が孔を開いて内部にもとろみを塗り込み始めた。掌で温められたものが尻穴の中にじわじわ流し込まれていく。その後を追うようにして中指が内壁の傷を摩りながら侵入してくる。ぴりりとした痛みと裂けた場所に液体が浸透していく不快感に、知らず粘膜がひくついてセシルを締め付けてしまう。喉の奥で微かに笑われると、羞恥のあまり吐き気がした。

 

「っう……く……」

 

 掌と肉壺に丹念に熱を分け与えられたとろみが、いつしか卑猥な水音でカインを煽り立てていた。ぬちぬちと重く響くそれに聴覚を犯されながら、三本に増えた指に中を拡げられる。――熱い。意思が及ばなくなりつつある身体は、セシルの動きを一つ一つ繊細に拾い上げてはカインを責めた。

 

「ふっ……ひぃん、んぅ……んあぁッ!」

 

 微かに血の臭いがする。甘い香りに紛れたそれは粘膜が傷つけられているという確かな証拠のはずなのに、どこからも痛みは訪れなかった。全身を支配し意識を絡め取っていくのは目も眩むほどの快感で、セシルの指が中を抉るたびに足先から脳天まで淫靡な痺れが駆け抜けた。放置されたままのペニスが寂しげに蜜を垂れ流していることに、快楽に翻弄されるカインは気づいていない。

 

「や、やめ……もっ」

 

 気持ちがいいのと同じくらい……それ以上に恐ろしかった。淫猥な刺激が身体を作り変えると同時に思考までも犯されていく。剣を振るう騎士の武骨な指を三本も咥え込んで、それでいてなお物足りないなんて。そんなことが赦されるはずがない。この行為が伴うものは、身を引き裂く苦痛と汚辱、そして悲しみでなければならないのだから。

 

「抜け……ゆび、抜けっ……!」

 

 絶え間なく注がれる快感に恐れをなしたカインが不自由な身体を懸命に捩らせたとき、それは起こった。

 

「っひ!? あっ、やあぁあああッ!」

 

 感覚の鋭敏になりすぎたしこりが、意図せず指の腹に擦り寄って勝手に押し潰れる。噴き上げた劣情が勃起から漏れ出す前に、咄嗟にセシルの左手がその根元を戒めていた。数瞬だけぴいんと伸ばされた脚がすぐさま暴れて解放をもぎ取ろうとするのを、軽く抱え直してセシルは簡単に御してしまった。

 

 抵抗を押さえ込んだまま、指の腹で凝ったそこをじっくりと解す。きゅうきゅう中が蠕動して快楽を貪るのを感じ、酷薄な悦びにセシルの身体は熱くなった。

 

「そう、ここ……ここか」

 

「あ、ひあっ、ふぁああっ! ゆびっ、ゆび……やめろぉ……!」

 

 柔らかく収縮する肉壺で、熱に緩み切った怪しげな液体がぐじゅぐじゅと喧しくカインの全身をけたたましく煽った。空気を内包し泡立つそれが尻たぶをぬめらせては敷布にゆっくりと流れ落ちていく。そんな繊細で些末な動きにさえカインは可哀想な程に怯え、いやらしく身をくねらせた。

 

「やああっ! いやっ、だ……ゆびぃっ……!!」

 

 認めてはいけない。襲い来る感覚を否定しようとして健気に頭を振っては唇を噛むカインのいじらしい反抗は、最早瓦解を目前としていた。喘ぎまじりの懇願を垂れ零しそうになっては、粉々に砕かれた矜恃の欠片に縋り付く。逐情を切望する肉の切先は小さくもはくはくうち震え、淫らな涙でセシルの左手までぐっしょりと濡らした。

 

――もう、耐えられない。

 

「セシルっ、もっ……! ゆび、やめ、」

 

 離して、イカせてくれ、と哀願するよりも早く、思うままに肉壁を弄んでいた右手が引いていった。「ふあぁっ……あ……」ちゅぷりと名残惜し気な音を立ててしまった肛を恥じることもできずカインが戸惑いに視線を彷徨わせると、熱い吐息を漏らしたセシルが張り付いた金糸の上から首筋を舐った。

 

「指が嫌だったんだろ? だから抜いてやったんじゃないか」

 

 べたつく指先が汗塗れの身体を這い回って脇腹を擽る。左手に一層強く根元を握り込められて、奔流を押し戻される苦痛にカインは呻いた。

 

「ひぐっ! っちが、ひだりて、も……離してくれっ……!」

 

「うん、いいよ」

 

「っえ……?」

 

 あまりにも呆気なく要求は受け入れられて、勃起を押さえる手は去っていった。それどころかセシル自身まで身を起こし、ベッドサイドからカインを見下ろす。涼やかな目に全身をくまなく検分されて視線の行き着く先が火膨れでも起こして痛む気さえした。「み、見るなッ!」

 

 強い痛みで俄かに正気づいてしまった肉棒は、下腹を叩かんばかりに反ってはいるがそれだけだった。漏れ続ける先走りが染みた金色の翳りが眩い。剥き出しの亀頭、そのとば口がくぱくぱ慄いている。

 

「イキたい?」露骨な問いにカインは答えられなかった。上気した頬を隠す手立てもないままに、潤んだ瞳でセシルを睨み上げる。「ふうん。“まだ”か……」

 

 別段落胆するでもなくセシルが懐から出したのは、カインもよく見知ったものだった。暗闇の中ですら仄かに輝く、命の温みを持った緋色の尾羽――不死鳥の尾だ。前触れもなく褥に現れたそれに、カインが思わず眉根を寄せる。しっとりと淡光を放つ一枚羽根は、この昏い寝室と赦されざる行為に酷く場違いに見えた。

 

 薄く微笑んだセシルが、カインの青玉の前でそれをひらひらと振って見せる。訝しむ表情を気にも留めず、首筋にするりと振り下ろした。

 

「ひゃん!」

 

 犬のように鳴いて首を竦めたカインに、紫紺の瞳が残虐に歪められる。顎を掠めた尾羽が恥じらいに噛み締められた唇の上を往復する。

 

「昔からお前は嫌がってたもんな、身体にさわられるの……どこまで耐えられるだろうね?」

 

「やめ……っふあぁ!」

 

 静止の言葉も聞かずに滑り下りた羽根が鎖骨を擽る。汗を吸いながら胸板を這うそれはすぐさま寂しげにうち震える乳首に寄せられていく。一度も愛撫されていない場所が、慎みの一つもなく乳輪ごと勃ち上がって刺激を待っていた。

 

「うあぁっ……! は、ひィ……やめっ、」

 

 しなやかな一枚羽根は簡単に枝別れしては元の形を取り戻す。柔らかい毛の一本一本に敏感な先端を撫で回され、意思に反し痩身が仰け反って悶えた。さわさわと頂きから胸筋全体に吹き寄せる感覚に、カインは酷く狼狽えて叫んだ。

 

「やめろッ! っは……ふ、やああぁ!」

 

「カイン、くすぐったい? それとも、気持ちがよくてたまらない……?」

 

 肌に触れるか触れないかの場所を緋い尾羽が掠め下りる。臍に潜り込んだそれに浅いところを舐めるように愛されて、カインは奇妙な――笑い声とも泣き声とも取れるような悲鳴を張り上げた。

 

「ひゃ、ははっ、あ……ひっ……! やぁ……やめ、いやだっ!」

 

 元より身体に触れられることは好きではなかった。ただ軽く叩かれたり撫ぜられたりするだけで怖気が走るのだ。ましてや、このように意地の悪い奉仕を受けて逃れることが叶わないなど。柔らかい羽先に臍の窪みを擽られたまま、セシルの指先に脇腹を這い回られる。先ほど僅かに癒された喉が再び裂かんばかりに、カインは暴れ、泣き叫んだ。

 

「も、いやああああっ! あ、は、ははっ……ひあぁ、」

 

「“いや”なんだな……?」

 

「ひいいッ!」

 

 しなやかな羽毛が次に振り下ろされたのは絶頂を渇望する切先だった。びくびくと震えるそこはとっくに限界を超えているのに、直接的な刺激の欠乏故に快楽と苦痛をひたすらその内に溜め込んでいる。つぅ……と小さな穴の周りを羽根が回れば、薄暗い部屋の澱んだ空気を悲痛な絶叫が劈いた。とば口からは淫らな粘液が溢れ出して尾羽の緋色を濃くする。セシルは責めの手を僅かにも緩めなかった。肉欲の象徴を思うままに弄び、絶え間なく快感を注ぎ込む。張り詰めた双球を袋の上から摩ると、いよいよカインの哀願も一層の真剣味を帯びることとなった。

 

「やぁっ、やめ……くれ……! も、つらい……あた、ま、おかしくなる……おか……っひ、なる……つらいぃ、くるし、」

 

 涙と喘ぎの間で健気にも紡がれる言葉はあまりの悲壮に常人の胸を張り裂かせかねないものだった。誇り高い騎士の哀れな告解をただ一人聞いたセシルはしかし、その無惨な有様に喜色の笑みすら浮かべるのだった。

 

 虚ろな双眸に視線をやって尋ねる。「やめてくれ? こんなに気持ち良さそうなのに?」そうじゃないだろ、と。続きを促す手が羽根で肉竿を擽り回す。

 

「はひっ……お、おねが……後生、だから! イカせて……イカせてくれぇ……!」

 

「そう……イキたいんだなカインは……」

 

 さもそれが新しい発見であるかのように独り言ちたセシルは、カインの中を狂わせたとろみを再び掌に零していった。汗と先走りの液に濡れそぼる一枚羽根に丹念にそれを塗りつけていくのに、カインが気づかなかったのは幸せだったかもしれない。

 

 反り返って筋を立たせるペニスの先端にそっと尾羽の付け根を押しあてる。セシルの左手が照準がぶれないように竿の中程をしっかりと掴むのを、カインは酷い胸騒ぎと共に見つめていた。

 

「な、に……? なっ、」

 

「傷つけたい訳じゃない。動くなよ」

 

「っひ! や、やめ、いやだああぁっ……!」

 

 とぷとぷとカウパーを垂れ流す小さな出口を塞ぐように、尾羽が尿道に侵入してくる。後孔を用いた性交渉が存在するということくらいは、カインも知識としては知っていた。けれど前の、こんなにも狭い道を広げるような行為には全くの無知で、気の毒なほどに無防備だった。

 

 溢れ出ることを止めない快感の雫が、それでも無理矢理に押し戻されていく。セシルの手が羽根を軽く引いては押し込みを繰り返すと、どうしようもない痛痒にカインは身悶えして叫び狂った。繊細な一本一本の毛先が径を撫で回しては弄ぶ苦しみに敏感な場所を掻き毟って泣き喚きたいのに、無慈悲な拘束故に叶わない。強く引いては暴れたせいで、手首足首はますます血を滴らせ見るも無惨な有様となっていた。

 

「やめ……お、ねが……やめてくれっ」

 

「どうして。カインはイキたかったんだろう?」

 

「ひぎっ、い、やぁああーッ!!」

 

 笑いながらセシルが羽根を奥深くまで捻じ込んだとき、ペニスを捕らえた手を振りほどかん勢いでカインの身体が仰け反った。毛の一筋一筋を纏め上げる硬い羽軸の先が、勃ち上がったものの根元を内側から刺激している。びくびくと脈打つ男根は明らかに吐精のためにもがいているのに、塞がれた出口からは僅かに白濁が漏れただけだった。

 

 白目を剥いたカインが垂れ零した唾液を啜って、セシルは耳元に囁いた。

 

「ほら……気持ちよかった?」

 

「いやっ、いやぁ……! ゆる、ひてぇ……」

 

「ゆるしてって! 言ったじゃないか、僕はお前を憎んでなんかいない……初めからずっと赦してる、僕のカイン」

 

「ひああっ! や、やめっ、いやだっ……!」

 

 汗塗れで小刻みに震える身体を、騎士の手が滑り降りていく。先ほどまでと同じように右脚を抱え上げて、疼きにひくつく窄まりに再び潜り込む。そそり立つ雄はますます太く脈打ち、熱くうねる肉はセシルの指を歓待しているのに、血の滲むカインの唇だけは拒絶の譫言をひたすらに繰り返した。いやだ、やめろと啜り泣く声は哀れで、どうしようもなく惨めで、けれどセシルは満足しなかった。

 

「お前はいつになったら……僕を求めてくれるんだろうね……」

 

「……ひっ! ……っは、あぁ…………!」

 

 愛おしさと同じだけの憎しみを込めて、先だって発見したしこりを思いの儘に弄くり回す。声も出せずに仰け反っては腰を揺らめかせるカインを見て、セシルは唇の端を吊り上げた。

 

 聖騎士にはどこまでも不釣り合いな、歪な笑い。

 

「ここ、前の根元と一緒に突かれるとたまらないんだって?」

 

「うぅっ……い、あぁ……!」

 

 男根に突き刺さったままの尾羽を繰り回しながら、秘所の感じる場所を押し潰して細かく揺する。拒否の言葉も、哀願すら吐けないまま、カインはただこの苦しみから逃れようと頭を振った。腰が勝手に持ち上がっては、痙攣しながら寝台に落ちる。吐精という終着に辿り着けないまま、カインは幾度も絶頂を極め心身ともに堕とされていった。

 

「ひいいぃッ! あーっ、や……やぁっ、やぁ……」

 

「もう言えるだろ、カイン? お前はどうしたい……僕にどうしてほしい?」

 

 きゅうきゅうと責め具を締め付ける尻穴から指を引き抜いて、とろみに塗れた指先でゆったりとセシルはカインの下唇をなぞった。弛緩した舌にそっと触れると、縋るものを見つけた唇が訳もわからず濡れた指にしゃぶりつく。慄く舌が液体を丁寧に拭って武骨な指に吸い付くのをセシルは止めはしなかった。

 

 すっかり唾液がまぶされた右手をカインから取り上げて、べたべたの肌に這わせていく。

 

「ねぇ。カイン……?」

 

 圧倒的に優位なはずのセシルこそが怯え、懇願する声で虜囚となったカインを呼んでいる。微かに震えたその声に引き寄せられるようにして、カインはようやく屈服の宣言を果たした。

 

「セシル……お、ねが……イカせてぇ……! 精液っ、出し、たい……!! は、ね……取って……!」

 

「どこの?」

 

 汗ばみ赤らんだ頬にさらに朱が差して、艶やかなエナメル質が下唇を噛み締めた。何かを堪えるようにカインが固く目を瞑ってしまうと、金の睫毛に絡んだ雫がはらはらと落ちては流れ頬を這う。

 

「あそ……こ、の……」

 

「それじゃわからない」

 

「……んっ……の、」

 

「聞こえない」

 

「……っふ、くぅ……うぇっ、」

 

「いいよ、ほら。教えて」

 

セシルの左手に優しく金糸を撫でられる。羞恥や苦しみ、そして否定しようのない快楽に子どものようにしゃくり上げながらも、唇に寄せられたセシルの耳元に、ついにカインは聞くに堪えない淫猥な言葉を吹き込んだ。

 

「っふ……はは……」蒼穹を統べる誇り高き竜を、とうとうこの腕の中に堕としたのだ、と。その歓喜の涙の一粒が、カインに触れることなく寝台に染み込んでいく。

 

 セシルの手がゆっくりと張り詰めたものに伸ばされるのに、最早カインは汚辱を感じる余裕はなかった。これで、やっと昇り詰めることができる。そう思って安堵の息を吐いたのに、そそり立つ肉を一度撫で上げただけで硬い掌は去っていってしまった。驚愕に見開かれる青玉を覗き込んで、唐突にセシルは言い放った。

 

「嬉しいよ」穏やかな微笑みと共に紡がれるのはあまりにも残酷な言葉。「お前がここまで堕ちてきてくれて……でも」

 

――ずるいじゃないか。僕はずっとここで待っていたのに。お前は一日たりとも苦しむことがないなんて。

 

「な、に……言って……」

 

 もがくカインの右脚を手際よく固定し直す。あっさりと寝台から離れたセシルの美しい白銀の髪が、不吉に赤い暖炉の火に照らされていた。

 

「すぐに楽になんてしてやらない。お前にも僕の孤独を知って欲しいんだよ、カイン」

 

「待て……セシル! 待ってくれ……!」

 

 踵を返したセシルは決して振り返ろうとはしない。

 

「おやすみカイン……眠れるものならば、だけど」

 

 呼び止める声も虚しく。

 

 扉は固く、閉ざされた。

 

 

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初出:2013/06/26(旧サイト)