手折られた薔薇 後編

 

「い、いやぁ……行かないでぇ……!!」

 

 悲鳴のような哀願に、少年はドアノブに伸ばした手を止めた。殊更ゆっくりと振り返る。またあの、薄い頬笑みを浮かべている。

 

「なぁんだギャリーさん、怒ってたんじゃないんですね。もっと素直に言ってくれないとわかりませんよ?」

 

 ギャリーのそばにかがみ込み、猫撫で声で囁く。口調は優しいが求めていることは一つだ。ギャリー自身に、懇願させようとしていた。言ってはいけない。掻き消えそうになる最後の理性が警鐘を鳴らしていたが、耳を貸すのはもう無理だった。

 

「か、ゆいの……。んんぅ、は、はぁ……さわっ、て……かいて……」

 

 ともすれば叫び出しそうな唇から何とか意味のある言葉を絞り出す。羞恥よりも屈辱よりも、やっと楽になれるという思いのほうがずっと強かった。うっすらと水の膜を張ったギャリーの瞳に、しかし少年は答えない。子供に言い聞かせるようにゆっくりと、彼は言った。

 

「あのねぇギャリーさん。それじゃどこをどういう風に触ってほしいのかちっともわかりませんよ。それに触ってとか掻いてとか、それが人にものを頼む態度ですか」

 

「っひゅ……う、うぅ……なんで、な……で……。あぁ、あ……わか、な……」

 

 失敗したな、と少年は独り言ちた。理性と本能の間で揺れるギャリーを侮辱し、快楽に屈服させる。徐々に性欲に支配されていくその過程で、彼がイヴとは不釣り合いだと教えてやるつもりだったのに。少しばかり時間を掛け過ぎた。今のギャリーはイヴの写真に囲まれたこの場所でもあっけなく白濁を撒き散らしそうだ。

 

 だが、こうなってしまった以上仕方ない。ビデオさえあれば、ギャリーに痴態を思い出させることなど簡単だ。イヴに見せて彼の本性を暴いてもいいし、ギャリー本人の脅迫にだって使える。部屋の四隅に少年は目をやる。四基のビデオがよく働いていることは既に確認済みだった。

 

 それに。少年は今一度ギャリーをまじまじと見る。憎いとばかり思っていた眼下の男も、こうして見るとなかなかどうして悪くはなかった。イヴを惑わせるだけあって、もとより顔のつくりは整っているのだ。媚薬の効果もあって、潤んだ瞳や熱い吐息がコケティッシュな魅力すら孕んでいた。

 

 下腹に熱が集まっていくのを少年は感じた。今はただ、この男で遊ぶのもいい。

 

 少年はまず、ギャリーの拘束を解くことにした。これだけ蕩けているのだから、ロープを切ったところで暴れることはおろか立ち上がることすらできそうにない。ハサミもナイフもないので、ポケットに忍ばせていたライターで手足のロープを焼き切った。

 

「いいですよ、ギャリーさん。何をして欲しいか上手に言葉にできないなら、行動で示してくれても」

 

 少年の言葉が聞こえていたのかはわからない。けれどギャリーは彼の望む行動をとった。迷わずに両手をベルトにかけ、抜き取ろうと奮闘する。少年の予想通り、長時間縛られて痺れ切った手には碌に力も入っておらず、また冷静にベルトを外すだけの理性も消え失せているようだ。いよいよ追い詰められたギャリーは服の上から張り詰めたものを揉み込み始めた。

 

「や、ああ、あんっ……きも、ち……いぃ……」

 

 自慰とも呼べない行為。それでも焦らされ続けた身体は歓喜に震えた。ひたすらに両手を使って性器を嬲る。がくがくと揺れ動く身体や止まらない涙、閉じることもできない唇から溢れる唾液が壮絶な快楽を物語っていた。

 

 擦り上げる手が速くなった。ギャリーの声が切羽詰まって、呼吸の仕方を忘れたように波打つ。ズボンのそこは、こちらからでもわかるほど濡れていた。

 

「あっ、あっ、あっ……もっ……ひあっ、あ、あああ――っ!!」

 

 びくびくとギャリーの身体が跳ね、ズボンの染みが色濃くなった。一度達しただけでは治まらず、ぐちゅぐちゅいやらしい音をさせながら再び陰茎を弄くり回す。はふはふと荒い息を吐くギャリーの背中に少年は覆い被さった。腕を取り後ろに捻り上げると、喘ぎ交じりの抗議が上がった。

 

「んぁあ、やぁ、いやぁ! ……まだ、まだかゆいのぉ!!」

 

 触りたい、出させてと足をばたつかせて暴れるギャリーに対し、少年の熱は高まる一方だった。だが身も世もなく泣き喚くギャリーを抑えつけて事に及ぶのは骨が折れる。先程の縄はもう使えない。少年はギャリーのコートを剥ぎ取った。

 

「ギャリーさんったら暴れるんだもんなぁ。このコート。ぼろぼろだしもういいですよね」

 

 無論ギャリーの返事など聞いていない。少年は薄いコートの端に噛みつき、思い切り引き千切った。そうしてできた紐でギャリーを後ろ手に拘束する。

 

「ふう。これでやっと、ギャリーさんで遊べますね」

 

「あっ……はやく、さわ、て……」

 

「でもまずは僕も気持ち良くしてもらおうかな」

 

「えっ……?」

 

 一刻も早く直に触ってほしくて、腰を突き出して強請るギャリーに少年は気付かないふりをした。タンクトップを引き寄せて上体を起こし、不覚にもその痴態で興奮した勃起を取り出す。微かに開いた唇に擦り付けると目線が戸惑いに揺れた。

 

 口調や振る舞いから、男を咥え込んでばかりいると思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。快楽に素直なくせに、それに怯える。存外に初心で更に煽られた。

 

「ほら。早くしないといつまでもこのままですよ」

 

 まさかフェラチオも知らないってことはないでしょう、と畳みかけると、ゆるゆるとギャリーの口内に少年のものが収められていった。薄い唇が雁首を食むように刺激してくるのは悪くなかったが、少年は“それ以上”をギャリーに求めた。

 

「下手ですねぇ。そんなんじゃ、いつまでたっても気持ち良くなれませんよ」

 

「はっ……っふ、むぅ……んん、ん――!!」

 

 頭を押さえ込み、ぐいと引き寄せる。喉の奥まで突かれたギャリーがくぐもった呻き声を上げたが、その程度で許しはしない。呼吸を取り戻そうと必死で暴れる舌が皮肉にも少年を刺激していた。傍から見れば、ギャリーが少年に夢中でしゃぶり付いているようにしか見えないだろう。

 

 自身を舐めまわすギャリーを見下ろしながら、少年はそっと足を持ち上げた。一度放ってなお張り詰めた股間に、ゆっくりと足を下ろす。

 

「ぷはっ、あ、あ、ああぁ……んむぅ――!」

 

「お口がお留守ですよ」

 

 不意に訪れた刺激に髪を振り乱すギャリーの口に、再びペニスを押し込んだ。足での刺激も止めずに続ける。苦しさと快感とで喉の奥が震えて、少年を飲み込もうと誘っていた。先端を愛撫するその動きに、少年は限界を悟った。

 

「っう……!」

 

 勢いよく自身を抜き取り、ギャリーの顔を精液で汚す。緩やかにウェーブがかかった藤色の髪にも、同じ色の泣き濡れた瞳にも、喘ぐことと酸素を取り込むことしかできなくなった唇にも、すっと通った鼻梁にも、びちゃびちゃ白濁が降り注いだ。それはぽかりと開け放された唇から口内にも入り込み、赤い舌の上を飾った。

 

 靴底の刺激により、少年が達すると同時にギャリーも二度目の精を放っていた。それにも関わらず耐え難い疼きは収まらず、ギャリーは腰を少年の足に擦り付けた。

 

「お、おねが……まだかゆいの……!!」

 

「そうですね。僕も気持ちよくしてもらったことだし、今度はギャリーさんを気持ちよくしてあげますね」

 

 そう言って少年が手を掛けたのはズボンのベルトではなく、じっとり湿ったタンクトップだった。

 

 少年はギャリーの腿の上に腰を下ろした。タンクトップをずり上げて、小さな、けれど腫れ上がった乳首に触れる。ぴくぴく震える身体を捩らせるギャリーが最早愛おしい。

 

「っあ! はぁ、あぅ、ち……ちが……ひいっ!」

 

「何が違うんですか、ギャリーさん」

 

「そこ、いやぁ……! も……した、さわって……はうっ!」

 

「何言ってるんですか。ここも触って欲しがってますよ

 

「い、ああ、あ……かゆ、い!」

 

「二回も出したんだからマシになったでしょう。ここだけでイケるか、試してみましょうね」

 

「ふぅっ、うくっ……いや、も……いやぁ!!」

 

 突き回される乳首から快感が引きだされ、ギャリーを翻弄する。幼子のように泣き喚く声も可愛らしく少年の耳を擽った。まずは左の乳首を爪先で捻り上げた。芯をもったそれはこりこりと固い。右には爪を立てて捏ねる。思いの外弾力があった。

 

「あんっ、うぅ、ああっ……やめっ」

 

「男の人なのにここも気持ちいいんですね。さっきも靴底でイっちゃうし、やっぱり変態じゃないですか」

 

「ち、がう……ふぁ、も……はなしてぇ……んぁ!」

 

 左右を襲う異なった感触に仰け反ってむずかるギャリーを、少年は右腕で抱き寄せた。途端に寂しげに震える左側に唇を寄せて吸い付く。口に含んだまま舌で舐め回す。新しい刺激にギャリーは強く反応した。

 

「だ、め、だめぇ!! なめな……で……あっ、あっあっあぁ!」

 

 ギャリーの全身の震えが強くなる。激しく脈打つ鼓動が唇から少年を狂わせた。一層強く吸い上げて、根元を歯型が残る程に強く噛み締める。同時に右側を爪先で押し潰すことも忘れなかった。

 

「やっ、いや、いやっ……だめえええええッ!!」

 

 びくびく跳ねる身体といやらしい声がギャリーの絶頂を伝えた。少年の腕の中で啼き悶えるギャリーは酷く淫媚だった。

 

 しかし流石に三回も熱を吐き出すと、少しは身体の熱も収まるのだろう。余韻冷めやらぬ吐息交じりの声で、それでもギャリーは少年に話しかけた。 

 

「……っは、もう……満足でしょう? はやく、自由にしてちょうだい……」

 

「そうですね、あなたがイヴに相応しくない変態だってことが改めてよくわかりました。あなたもそれに気づいてくれたと思います。でも、ギャリーさん」

 

「これ以上、何がしたいの……!」

 

「身体はまだ辛いでしょう。もう少し遊んであげますよ」

 

 確かここ、痒いって言ってましたよね。にやにやと笑う少年がズボンのベルトに手を伸ばした。未だ全身を苛む疼きや痒みに気付いていない訳ではなかったが、わずかにでも正気を取り戻した身にあのような屈辱が耐えられるはずもない。とは言え再び快楽のポイントに触れられてしまえばもう抗えない。

 

 ギャリーは全力で身を捩り、少年を振り落とした。勢い余って壁際近くまで転がってしまったが、幸い足の拘束は解かれたままだ。うつ伏せた状態から膝を曲げて立ち上がろうとして――後ろから少年にのしかかられた。

 

「なんだ、こっちに欲しいんだったらそう言ってくださいよ」

 

 耳元で囁かれて初めてギャリーは気が付いた。自身が男を誘う煽情的な体勢になっていることに。羞恥と怒りで顔が紅潮する。もう一度少年を振り解こうとして、緩やかに頭をもたげるペニスを撫で上げられた。咄嗟に叫ぶのを何とか堪えたとはいえ、膝が笑うのは止められようもなかった。

 

「やっぱりここ、苦しそうですよ」

 

「……離れ、なさい、よ……この、ヘン……タイ……」

 

「その変態にさっきから無様に喘がされてるのはあなたじゃないですか」

 

 ズボンのベルトが抜き取られ、遠くに放り投げられる。バックルと床がぶつかる乾いた音さえ、ギャリーには絶望的に響いた。下着ごとズボンを引き下ろされると、吐き出したものが糸を引いているのがわかった。

 

「いっぱい出しましたもんね、うわぁいやらしい眺め」

 

「その手を離し……ふぁっ! んッ、んん、っあ!」

 

 壁際に寄ってしまったことで、イヴに見られているような気分になる。本物ではなく写真のイヴだとわかっているのに、惨めな自分が情けなくて顔を床に押し付けた。

 

 それなのに。精子に塗れた場所を握り込まれると、声が抑えられない。痒みがぶり返して辛い。もっと弄ってほしい。無意識に揺れ始めた尻を、身を起こした少年が平手で打った。

 

「ひっ!」

 

「案外堪え性がないなぁ。そんなに気持ちよくても、今は触りませんよ?」

 

 言葉通り少年の手はすぐにペニスから離れ、後ろに向かっていく。気が付いたギャリーが制止しても遅い。少年はたっぷりと掬い取った精液を後孔に擦り付け、押し入った。

 

「――――ッ!」

 

 痒みも疼きも消え失せるほどの痛みに、ギャリーは声もなく仰け反った。もう枯れ果てたと思った涙が勝手に零れ落ちる。ずるずると下がっていく腰を、少年が無理やり持ち上げた。

 

「まだ人差し指だけですよ? もっと頑張ってくださいよ」

 

「うるさい……さっさと、ぬきな、さ……」

 

 息も絶え絶えなギャリーが振り向いて睨み付けてくると、少年はますます楽しくなった。そんなことをしたって自分を煽るだけなのに、どうしてこの大人はわからないんだろう。そう思うままにくすくす笑うと、ギャリーの視線が強くなった。けれどまた中を蹂躙すると瞳は潤み涙が溢れる。それがどうにも面白くて、玩具を見つけた子供のように少年はギャリーで遊んだ。

 

 指をできる限り奥に突っ込んで何度も突く。根元から回して中を拡げる。関節で曲げて感触を楽しむ。そうしているうちに、ギャリーの息が上がってきた。徐々に指を増やしても痛がる素振りもない。

 

「……ッはぁ……ふぅ、ん、んぅ……」 

 

「気持ちいいんですか?」

 

「な、にをバカ、な……あ、あぁ……ひゃん!」

 

 腹部側に指を折り曲げながらゆっくりと引き抜いていくと、ギャリーの反応が変わった。子犬のように鳴き、ふるふると震えている。何かいいところに触れたのだろう。少年は指先に触れたしこりを衝動に従って何度も強く引っ掻いた。少し大きくなった膨らみを刺激すると、それに合わせてギャリーの身体が跳ねる。

 

「いやぁあぁ! そこ、いや、あっ、あ、あんぅ……だめえぇえ!」

 

 余程気持ちがいいのだろう、ギャリーは我を忘れて叫んでいる。指を抜こうとしているはずの尻が挑発的に揺れていた。引き締まった腹にぴたりとついた性器が、四回目の吐精が近いことを示している。

 

「いや、だめ、じゃないでしょう。正直に言えない人にはお仕置きですよ」

 

「ひぃあ、あん、やっあん、っきもち、いっ……いいっからぁ……も、ぬい……!」

 

「よく言えました。じゃあ、ご褒美ですね」

 

「え? あああああああ――ッ!!」

 

 ずん、と太いもので刺し貫かれて。薄くなった精液が腹に飛び散る。中に咥え込んで、絶頂に達して、身体は限界なのに更に萎えかけのペニスを揉み込まれる。視界が明滅し、ギャリーの意識が遠くなった。

 

「ほらほら、一人だけで楽しまないでくださいよね。僕は一回出したっきりなんだから」

 

 少ない精液を先端に塗りたくられ、同時に最奥を深く突かれる。媚薬の効果は薄れてきているはずだが、煽られ続ければ火は消えずに燃え上がる。少年の精液をアヌスで受け止めて、ひたすらにギャリーは揺さぶられ、喘がされた。

 

 イきすぎて、辛いのに。ギャリーは五回目の絶頂が近づくのを感じていた。

 

 

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初出:2012/05/19(pixiv)