「それは夢という名の、」の続き
※欠損とかグロとか
※えろくはないかもしれない
※今までになく悪趣味になってしまったので本当に全てを許せる人向け
※全部アレだからセーフ
※まじで心が広い人向け
目を見開いた瞬間、夢だとわかった。
「っあ……あぁッ……!」
趣味の悪い拷問器具の並ぶ地下牢。脳に流れ込んでくる凌辱の記憶。この世界での支配と苦痛、悍ましい快楽の恐怖。
目覚めている間にはすべて忘れていられるそれが、ここでは確かにシュラの心身に刻まれている。
「あら、やっと“起きた”の? かわいい山羊座さん」
甘やかな女の声が一糸纏わぬシュラの肌を擽る。反射的に振り返った場所で、夢を司る神の一柱が、嫋やかに微笑んでいた。
伸ばされた白く細い腕を、反射的に振り払って飛び退る。痛ぁい、とわざとらしく眉根を寄せて、赤くなった肌を女はこれ見よがしに摩っている。
あらゆる抵抗は全て無駄だった――当然だ、ここは神が構築・支配する領域で、そこに押し込められているシュラには聖衣の加護すらないのだから。小宇宙を高めることすら満足にできぬ空間で繰り返し屈辱を刻み込まれて、それでも一人の闘士として、シュラは屈する訳にはいかなかった。
重い身体を引き摺るように立っていることを悟られぬよう、表情を硬く引き締める。生命力を犠牲にする覚悟で身体に巡る小宇宙を燃やし、闘気の全てを右腕の一本に集中させる。
「……もう、貴様らの好きにはッ――!?」
聖なる輝きを持つ剣が生み出した斬撃は、実体のない澱んだ闇をも引き裂いて。
ひゅ、と微かに喉が鳴る。
次の瞬間じめついた石畳の床に落ちていたのは、シュラ自身の右腕だった。
「なっ、ん……っ!?」
経験したことのないほどの激痛が精神と正気を音を立てて軋ませる。無様に喚き散らすことだけは免れたものの、左手を痛みの源にやって、シュラは小さく息を呑んだ。
掌が虚しく宙を掠め、それから血を噴出させる肉にぶつかる。そこでようやく、目の前に転がるものが、己の誇りだと理解できた。
「っ、ぁ……!」
叫びだしたくはない。こんなところで情けない姿を見せるのだって。だがあまりのことに頭が真っ白になってしまったのも事実で、だからシュラは、敵陣の真ん中で周囲に気を配ることを忘れてしまった。
気が付いたときには全てが遅い。
「っぐ、あぁあッ!」
背中から襲った衝撃に容易く吹き飛ばされて石の壁に叩き付けられる。体勢を立て直そうとしたところで首を掴まれ持ち上げられて、シュラの身体が宙に浮いた。
「ん、ぅ……っぐうぅ……!」
一本しかない腕を、己を締め上げる雄の手に伸ばす。獣のように長く獰猛な爪が肌に食い込み幾つもの傷を作ったけれど、その痛みさえ感じられない。
急速な酸素不足のせいで視界が極彩色に明滅して、男の姿がいくつもの残像になって網膜に焼き付く。神と言うよりは寧ろ野獣の残虐さを持った目が嗜虐の悦びに眇められる。
こんな相手に屈したくない。鉛を流し込まれたように不自由な身体を懸命にもがかせて、シュラは懸命に目の前の相手を睨み据えた。
「……気に入らねぇ」
“その目が不愉快極まりない”と失神すら赦されずに嬲られたのはいつの夢の中でだったか。首を締め上げる腕の力が強くなる。不随意に跳ね上がる両足がそんな抵抗にもならぬ動きすらできなくなるほんの一瞬前、いきなり石畳に落とされた。
「がっ、あ……! っ、ぐぅ、」
咳き込むこともままならない。指の痕がくっきりと残っているであろう喉を残された左手で掻き毟って、シュラは酸素を体内に取り込もうと奮闘していた。
「だめよ、イケロス」
鈴を転がすような女の笑い。窘める声の中には優しさの欠片も入ってはいない。
この子は、ね。
睨み上げたシュラの目を見下ろして、夢を司る神の一柱は、うっそりと唇を吊り上げて微笑むのだった。
「先代より壊れやすいみたいだから、もっとやさしくしてあげなくちゃ」
ぼやけた視界の片隅では、自分の腕だったものを女が実に楽しそうに愛でている。じめつく石の上で最奥を暴かれ揺さぶられながら、シュラは聞くに堪えぬあられもない声を上げさせられていた。
「あッ、ひぃぁあっ、やぁ、っん、うくぅ……あっ、あ、ああぁああーッ!!」
碌に止血もされていないというのに、腕から溢れ出る血はいつしか止まっていた。とは言え痛みが消え去ったわけではないが、その激痛をも上回る性の悦びにシュラの身体は最早屈服させられている。
ぴゅ、ぴゅくん、と半勃ちの雄が辛うじて白濁を数滴零す。すっかり汚れきった腹を更に濡らして、シュラは目を固く瞑ってかぶりを振った。
まだ、哀願の言葉だけはどうにか押さえこめている。だがそれも時間の問題だということも、肉体に覚え込まされてしまっている。それでも此度は、これ以上は神の悪意に屈しはしないと、ゆるりと姿を現した黒曜石はまだ輝きを失ってはいなかった。
「チッ……」
こういう目をした存在こそめちゃくちゃにして毀してやりたいのだけれど、あまり手酷くするなと――まぁ、今更過ぎる気もするが――パンタソスからは言われている。それに結局自分のやりようではこいつを完膚なきまでに叩き壊すのは不可能なのだと、イケロスと呼ばれた夢神は曲がりなりにも理解していて、だから女の嫋やかな手に肩を引かれたときもあっさりとその場を譲ってやった。
「そらよ、パンタソス」
獲物を嬲る猫の目を眇め、女は己の名に応えて嗤った。魂を共有している夢神に対して、今更特に言うこともない。贄の前に立つすべらかな肢体、その中心にはグロテスクな雄がそそり勃っている。あまりにミスマッチな醜悪さは何度でもシュラに吐き気を催させる。
作り物めいた微笑が、逃げ場のない山羊を見下ろしている。ぐずぐずに蕩けた媚肉に楔がゆっくりと打ち込まれて、シュラの中を穢していく。
それがどんなに虚しい抵抗か思い知らされてなお、唇を噛み締めずにはいられない。この行為で声を上げてしまうのはそれこそ四肢を断たれるような屈辱だった。
「ッ、ん、ぐぅ……あ、っぐぁあッ……!」
「どうしたの? イケロスのおちんちんを挿れてもらってたときみたいに、もっとめぇめぇ啼いてくれていいのに」
「だ、まれ……うぁっ、ひぃ……! んぁあっ、あ、っあ、」
恐ろしい質量が肉を穿ち、最奥の更に先にまで侵入を試みる。夢の中の凌辱で雌の快感を覚えさせられてしまった肉体はそれほどの無体にさえ感じてしまって、シュラの脳裏には無数の星が散った。
ぐぷん、とそんな奥までも暴かれ犯されてしまって、涙までも押し出されて溢れるのが悔しくて堪らない。傷一つない白魚の手に零れた雫を掬われて、シュラは懸命に女を睨み上げようと奮闘した。
激しい抽送は必要なかった。勃起の全てを収めた凌辱者がゆっくりと腰を回すだけで、腹の奥をぐちゃぐちゃに捏ね回される悦びが身体を打ち据える。どれほどシュラが拒もうと内壁のうねりは快感を詳らかにしてしまって、心身ともに山羊が肉の奴隷に堕ちつつあるのは誰の目にも明らかだった。
「ひィ、あぅっ、あぁんッ、あぁあああっ……! く、そぉ、いや、やめ、ぇっ……あっああああぁっ……!」
「ん……っふ、」
仰け反ったシュラの、白い喉が晒される。背を曲げてそこを繰り返し甘く噛みながら、夢神の一柱は最奥の先に滾りを注ぎ込んだ。女の熱っぽい声に耳朶を撫でられて、倒錯した快感と汚辱に眩暈がする。
「っ、あ……ふぁ、ぁ……?」
侵入していたものをさっさと抜き去られてしまって、息も整わぬうちに瞬き。幾度も吐き出させられ続けたせいでシュラは咄嗟に絶頂に手が届かなくて、頂点を目前とした肉体の切ない疼きが身体に残り続けていた。
ほしい、などと言えるほどには堕とされていない。けれど切実な希求は押さえ込むには膨れ上がりすぎてしまっていて、シュラの身体の中を荒れ狂う熱が矜持を滅茶苦茶に灼いていく。
イかされてすぎて泣いて慈悲を乞うた――乞わされた——ことならばこれまでにもあった。だが思えばこんな風に絶頂へと至る道半ばで放り出されたことはない。
「そんな泣いちゃいそうな顔をしないで、聖剣使いさん」
美しい女の顔をした残虐な神が、唇の端を吊り上げて嗤う。
もしかしたらこの悍ましい夢の神は、このためにこそ今までシュラに肉欲を忍ばせるような責め苦を与えてこなかったのかもしれなかった。
「ちゃんと気持ちよくしてあげるから、ね?」
「……っ、ひ!?」
固く冷たい肌と爪。日向のバターのようにぐずぐずの肉筒に節くれ立った指が無遠慮に埋められていく。
無骨な手指は爪を丁寧に削られたすべらかな手では、断じて。
「ひ、ぁ……あ……?」
嘘だ、そんなこと有り得るはずが、有り得ていいはずがない。霞む目とおかしな体勢では自身の下肢を視認することができなくて、だからシュラは自然と都合のいい妄想に逃げ込んでいた。
「ッ、あ!? ひぃあぁああっ!」
切実な逃避さえも赦さぬとばかりに、“それ”で肉壁を抉られて。注がれていた白濁をたっぷりと纏わせたものを、女は酷く楽しげに掲げて見せた。
「山羊座さんは発情した畜生だから、何を挿れても感じてくれてうれしいわ」
切り落とされた腕。かつて聖なる剣であったはずのそれはただの肉塊になり果てて、汚辱と征服の証を指の先から滴らせている。
「あ、ぁ……あぁああ……っひ……!」
あまりのことに息ができない。瘧に罹ったように全身が震えて止まらない。
そんな、いや、いやだ。嫌悪のあまり肌が粟立っているというのに、絶頂を求める身体は持ち主を容易く裏切るのだった。
「いや、っあ、いや……いやいやいやぁああっ……!」
不自由な身体で精一杯ミミズのようにのたうつけれど、それがシュラにとって何になるだろう。許容できないほどの快楽を無理やり干させられて、屈辱も絶望も何もかもが肉の悦びの前に流されていった。
「やぁっ、やめぇっ……も、ゆる、して……ッ、ああっあ、あ、ひぃああぁっ……!」
もう、これ以上は。歯を食い縛ろうにも嬌声を垂れ流すしか能がない場所にそんな力を込められるはずもなく、汚辱から逃れる術が贄にはない。熱い涙と飲み下せない唾液で顔をぐちゃぐちゃにして、弱く黒髪を揺らすだけのことしか、結局今のシュラにはできなかった。
男神との交わりでいくら放たされていても、刺激を与えられれば肉体は解放へと駆け出した。本来ならば止血の一つもされていない状況での凌辱など、失血死に終わっていてもおかしくはないというのに。最も穢らわしい形で神の加護を受けた肉体には失神すら赦されず、シュラはただ、その瞬間へと追い込まれていくだけだった。
「っあ、やぁ……いや、やらぁッ、っく、ぅうっ……い、くぅ、っうぅうぅ……!」
「あら、こんなにぼろぼろ泣いちゃって……本当に何度犯してあげても初心な子」
嘲笑とともに頬に口づけまで落として女が責めの手を速めていった。戦女神に仕える最高位の戦士のそれとは思えぬ甲高い喘ぎの合間を、淫靡な水音が埋めていく。
一際奥を冷え切って硬直した指先で暴かれたとき、遂にシュラは抗えぬ激感に捩じ伏せられてしまった。
「いく、いくイくイく、っも……イっちゃ、ぁ……! あぁ、ぅ、っあ……あぁあっあああぁーッ!!」
「ふふ……あれだけイケロスのおちんちんにイかせてもらったのに、まだこんなに出るのね」
「ひ、ぎィっ!? いあっ、あぅぁ、あ……い、ま……イって、ぇ……!」
女が論って嗤うほどに射精の勢いはない。それでもぴゅくぴゅくと力なく精を零している雄の先端を汚らしいものか何かのように摘まれて、シュラは無様に短く叫んだ。痛みが快楽を変換する回路が完全に組み上がっている肉体は、そんなことでさえ感じてしまう。
「っう、くぅう……く、うぅ、ぇ……!」
ようやく短くも永遠に感じられる吐精が終わり後孔を占めていたものが抜かれてもシュラは不自由な肢体を投げ出しているばかりだった。余韻というには激しすぎる快感に時折身体が跳ね上がる。逃げは戦士として恥であるとか屈辱であるとか、そんなことはもう考えられない。
ただこの夢が終わることだけを願って固く目を閉じたのに、残酷なる神々はそんなことさえも赦してはくれなかった。
「……シュラ、」
「ッ、ぁ……!?」
ただ一人、シュラが淡い想いを寄せていた人の声。拷問具に成り果てた右腕が、かつて命を奪った人の声。もう二度と聞けぬはずの、優しくて温かくて大好きなそれ。
反射的に目を開けてそちらを見上げてしまって、けれど涙に霞む視界に少しだけ救われた。それでもそこに立っていたのは、見紛う筈のないあの人で。
「やめろっ、やめてくれッ……!」
「シュラ、苦しかったな、シュラ……」
「そ、の……その姿で俺に触れるなぁっ!!」
彼はこんな汚泥の中にいてはいけない人だった。穢れなき高潔な魂は死してなお、地上の最も清らかな存在の傍らになくてはならないものだった。
「お前はなぜ……そうも私を拒むんだ?」
「ちがう、きさまは……ちがう……ッ!」
その姿かたちを模した紛い物とて、淫獄で辱めを受けるべきではないというのに。
「シュラ……目を開けて私を見なさい。大丈夫だ、何を恐れることがある?」
「だまれ、だまれだまれっ、その声で俺の名前を呼ぶなっ……! っ、ひ!?」
「……愛している、シュラ」
温かい腕が凌辱の限りを尽くされた身体を抱き上げる。頑なに目を開けず喚いているシュラに苦笑したその人の気配が伝わってきて、シュラを束の間の幸せに引き摺りこもうとする。
泣きすぎて腫れた目尻や食い千切られた唇に繰り返しキスが捧げられる。そこから広がっていく温もりが、毒となってシュラを犯す。
「だめ、だ……こんな、こんなっ……!」
「何故」
黄金の射手の問いかけに、甘ったるい嘲笑が重なった。耳元を擽る女の声が粉々のシュラの矜持を更に念入りに擂り潰す。
「貴方が望んだことじゃないの。もういや、いやだって泣き叫んで」
「ち、がう……」
「“たすけて、たすけてアイオロス”って、」
「ちがうッ!!」
邪神の唇からその名が紡がれて、シュラは絶叫して目を見開いた。
途端視界に飛び込んできた穏やかな笑顔に、思考の全てを塗り潰されて。
「……シュラ」
「ぁ、いや、あ……っ、ん、むぅうっ……ん、ふぁ……んむぅ、ん……!」
そっと唇を吸い上げられて、最後の抵抗さえ奪い上げられる。けれどその口づけは哀しいほどに心地がよくて、シュラという人間を毀していった。
犯されつくした身体がなおも反応してしまう。あれほど固く閉ざされていたはずの心までもが開かれて、まやかしに番い始めてしまう。
「ほんと、モルペウスは意地が悪くて山羊座さんがかわいそう」
「あっ、ん……ロス、ロスっ、アイオロス……!」
「甘い夢のあとの現実ほど、辛酸を極めるものはないのに」
「ロス、もっと……さわって、おれのこと……めちゃくちゃにっ、あっ、あぁう、ひぁぅ……!」
うっとりと幻影を見上げる黒い瞳は、今や幸福の涙に潤んでいた。零れた最初の一滴を掬い上げ、夢神の一柱がくすくすと嗤う。
「でもいいわ、今だけは溺れなさい」
囁きを掻き消すほどの感じ入った嬌声が淫らの地獄に響き渡る。
贄はただ、束の間の幸せに咽んでいた。
「……ラ、シュラ……っ、」
「んっ、ぐ……うぁ、っ、う……?」
「シュラ、起きなさい……シュラ!!」
「ひ……っ、あ……!」
遠慮がちに肩を揺すっていた腕が、寝台の人を強引に抱き上げて強く揺さぶる。ようやく眠りの底から引き摺り上げられて、シュラは荒く息を吐いた。
薄い夜着はぐっしょりと汗に濡れて肌に張り付いている。間近で見下ろす人の気遣わしげな視線にぶつかって、山羊座の青年が繰り返し瞬く。呼吸が落ち着くまで根気よく汗だくの背を擦りながら、招かれざる訪問者は年下の同胞に声をかけた。
「……また、魘されていた」
「サガ……なんで……?」
いつもよりも幼い口調。手渡された水を震えた手は殆ど零してしまったから、改めて水差しから水を注いで、サガが手ずから飲ませてやる。弱く抗っているのを黙殺すれば、やがて諦めたようにシュラはそれを受け入れた。
「……何故、わざわざ磨羯宮へ」
そうしてコップの水を干してしまってから、もう一度同じ問いを唇に乗せる。深夜とはいえ不用意に出歩いているサガを詰る響きがそこにはあって、双子座の僭王は思わず苦笑させられていた。
その笑いをどう捉えたのか、シュラの視線が鋭くなる。
「笑いごとではないだろう! 貴方は自分の立場がわかっているのか? 万が一俺達以外の人間に見咎められたら……」
「お前は、また……」
「……っ?」
白皙を真っ向から見詰め返す。常ならば取りつく島のない冷徹さを乗せている頬が今は薄桃色に染まっていて、瞳から零れ落ちたもので濡れている。両頬を掌で包み込んで、サガも同じ言葉を繰り返した。
「魘されていた」
「……いつもの、ことだ」
「夢の内容は」
「それも覚えていない! いつものことだ!」
もういいだろう、とサガを押しやって寝台から降り、冷たいシャツを脱ぎ捨てる。シュラの言葉に嘘はない。夜毎夢などと言う曖昧模糊としたものに苦しめられながらもその正体すら明らかにできていないことに一番苛立っているのが当人であると、サガはよく知っていた。
目立たぬ衣服を身に纏った青年が、サガを促して立ち上がらせる。
「貴方に心配をかけていることは済まなく思うが、俺に対する気遣いは無用だ。頼むから軽率な行動は控えてくれ」
「シュラ……」
「行くぞ。この時間ならばまだ人目もあるまい」
“教皇”を教皇宮へと送るべく、シュラはさっさと歩き出してしまって、サガは何も言えなくなる。ただ脳裏に浮かぶのは、かつて戦った夢神の、身の毛のよだつ呪詛の言葉で。
――哀れなる贄には、夜毎その身を狂わす淫夢を。
――英雄には、正義を貫く拳を緩めさせる妄執を。
――そして神の化身たるお前には、“英雄”を殺す一振りの“凶刃”を……!
妄執により英雄は果てた。凶刃により簒奪を完全に成功させ、神の化身と傅かれた双子座の青年もまた消え失せた。
今でも、山羊座は夢で魂を踏みにじられ続けている。
「……サガ?」
「なんでもない。行くか」
彼が狂うのが先だろうか。
或いは、この首が真の正義によって落とされるのが。
初出:2017/04/14(pixiv)